目次
2 クシャーナ
デルギウスたちのシップが《歌の星》の近くに到着した。
「先生、あれが都のようです」
「うむ。パレイオンの話通りであればあの山の上の宮殿が悪の巣窟だが、まずは辺りの様子を探ろう」
デルギウスたちは慎重に都の周りを飛び、岩山の頂上から死角になっている谷の窪地に小さな集落を発見した。
「先生、あそこに集落が」
「近くに着陸しよう」
デルギウスたちはシップを降りて集落に入った。そこにはとても家とは言えないような貧しいバラック建ての小屋がいくつも立ち並ぶ光景が広がっていた。
すぐに何人かの男たちがばらばらとやってきた。男たちは口々に何かを叫んだがデルギウスたちには理解できなかった。
一人の浅黒い肌の青年が男たちをかき分けて前に進み出た。青年は理知的な顔をしていたが、目には憂いを湛えていた。
「あなた方は?」
「これは失礼致しました。《青の星》のパレイオン殿から惨状を聞き、お力になれればと思ってやってきた次第です」
「パレイオン……先日亡くなったこのダドリヤ難民キャンプのリーダーのツキウスがよく口にしていた名前です。という事はあなた方も《青の星》から?」
「私たちは聖サフィの導きにより、《鉄の星》から参ったデルギウスとアンタゴニスです」
「サフィ――それは私の夢に出てきた聖人……これは失礼をしました。私の名はクシャーナ、ツキウス亡き後、このダドリヤのリーダーを務めております」
「あなたも《青の星》の出身ですか?」
「さあ、何代か前にはそうだったかもしれませんが、私はこの星の生まれです」
「ツキウス殿は亡くなられたのですか?」
「先般、ツキウスは仲間を率いて万物の宮殿に攻め入ろうとしたのです。岩山を越え、警護を倒して、あの憎むべき専横貴族たちにあと少しの所まで迫ったのですが」
「こう言っては申し訳ありませんが、勝算なきまま攻め入るのは賢いやり方ではありませんね」
「私は反対して行きませんでしたが、彼には彼なりの考えがあったのだと思います。貴族たちと彼らを取り巻く護衛は大した数ではありませんでした。ツキウスとその仲間たちは悪くても相討ちぐらいにはなると踏んだのではないでしょうか」
「予期せぬ事態が起こったのですか?」
「はい。命からがらに逃げ帰った者に聞いた所、護衛を倒し意気揚々と進むと目の前に一人の男、ヤバパーズと言う最近やってきた用心棒が現れたのだそうです。ヤバパーズはいきなり斬りかかりました。ツキウスは剣を避けたのですが、ヤバパーズの刀身から炎が噴き出し、ツキウスはその炎に焼かれてしまったそうです――それから後はもはやリーダーを失った集団、いいように蹴散らされて敗走しました」
「そういう事でしたか――実は私に一つ考えが浮かんだのですが」
デルギウスの言葉にクシャーナは先を促した。
「今から宮殿を攻め専横貴族を追い出しましょう。向こうも、そんな短期間で再び攻めてくるとは思いもしないでしょう」
「しかしまたあの岩山を越えていくだけの気力が皆にあるかどうか」
「それについては心配及びません。私たちが乗ってきたシップで宮殿の近くまで皆さんを運びます」
「おお、そんな便利なものがあるのですか――早速皆に準備をさせましょう」
クシャーナは数百人いる難民キャンプの人々の中から六十人ほどを選び出した。
「これだけいれば完全に制圧できるはずです」
「何回かに分けてシップで運びます。どこかに身を隠せる場所はありますか?」
「宮殿の西側の真下に一か所だけ岩山の窪みがあります。そこに待機して全員で攻め入るのは如何でしょうか――ただ途中で見つかる可能性も高いので危険ですが」
「夜の闇に乗じて行動すれば見つからない――早速、第一弾の戦士を運びます」
宮殿では相変わらずの饗宴が繰り広げられていた。モクンバは中央でふんぞり返り、ロシュトンはノームバックが攫ってきたばかりの女の腰を撫で回していた。
ヤバパーズはこの騒ぎには加わらずノームバックと一緒に窓際に立って静かに酒を酌み交わした。
広間の馬鹿騒ぎに露骨に嫌な顔をし、何気なく窓の外を見たヤバパーズは奇妙な光景を目の当たりにした。ヤバパーズはノームバックの袖を引っ張り小さな声で言った。
「おい、面白い事が始まるぞ」
「何だ……ん、あれは。すぐにモクンバに知らせんと」
行きかけたノームバックをヤバパーズが引き止めた。
「まあ、待て。今回の奴らは今までとは違う。シップを使っている所を見るとお前が《青の星》で会った二人連れかもしれん」
「なるほどな。若い方は腕が立ちそうだった――と言う事は」
「ここでどんちゃん騒ぎをしている奴らの最期だ」
「お前、こいつらを守る気はないのだな」
「ああ、モクンバを締め上げて石の在処を白状させる。お前も金目の物でも手に入れて、とっとと手を切った方がいい」
「そうだな。上得意がいなくなるのは痛手だが、ありったけの金銀財宝を頂いて暮らしの足しにするか」
ヤバパーズとノームバックが笑い合っていると宮殿の入口で騒ぎが始まった。すぐに広間の扉が乱暴に開かれ、デルギウスたちがなだれ込んだ。
「何事だ、狼藉者め」
「私の名は《鉄の星》のデルギウス。理由あってクシャーナ殿の決起に力を貸す事となった。覚悟しろ」
拳を構えたデルギウスを見て、窓際にいたヤバパーズは「ひゅぅっ」と短く口を鳴らした。
「驚いたな。《鉄の星》の王が乗り込んでくるとは」
「あいつらだ。《青の星》にいたのは――知り合いか」
「いや、知り合いではないが最近有名な男だ。『全能の王』などとほざいておる」
「強そうだな」
「ああ、素手でここに乗り込むくらいだ。さて、ノームバック、どうする?」
「お前の計画に乗ろう。運べる限りの財宝をあさって、おさらばだ」
「よし、私もモクンバを絞め上げる。では約束通り《青の星》で会おう」
「おう」
ノームバックは剣を抜いたまま、じりじりと広間の奥に下がって、ヤバパーズは広間の中央で立ち上がった姿勢のモクンバに近寄った。
「モクンバ殿」
「おお、おお、ヤバパーズ。この狼藉者どもを皆殺しにしてくれ」
ヤバパーズはそっとモクンバに耳打ちした。
「この者どもを相手にするよりもモクンバ殿の身の上の方が大事。残りの方々がどうなろうと知った事ではありません。どうか私の傍を離れずにいて下さい」
「ヤバパーズ。この礼は必ずする。頼むぞ」
戦闘の幕が切って落とされ、食器が舞い、悲鳴が響き渡った。デルギウスたちは怠惰な生活に慣れ切った貴族たちと忠誠心の全くない護衛たちを次々に打ち倒した。
「先生、私はあのヤバパーズという男を――他の奴は任せました」
「うむ、気をつけろよ」
年にも負けず、鉄の棒を振り回すアンタゴニスが返事をする中、デルギウスは拳を振るいながらモクンバに近付いた。
「お前が貴族の長だな」
「見慣れない小僧め。他所の星で悪さをするなど無礼千万だ」
「その言葉、そっくりお前に返そう。《青の星》の人々を攫い、奴隷としてこき使っているお前にな」
「口の減らない小僧だ。ヤバパーズ、やってしまえ」
ヤバパーズは剣を抜き、モクンバの前に立つと、デルギウスに向かって言った。
「《鉄の星》の王、デルギウスよ。その名は聞いているぞ」
「それは好都合だ。そこをどけ」
「私はお前と戦う気はない。しばし時間をくれないか」
「何?」
「この男に聞きたい事があってな」
ヤバパーズはそう言うなり、モクンバを片手で背後から締め上げた。デルギウスは予想外の出来事に呆然とした。広間の様子をちらっと見るとまだ戦いが続いていた。クシャーナは逃げ惑うロシュトンに止めを刺したようだった。
「さあ、モクンバ。素直に答えないと痛い目に遭うぞ」
ヤバパーズはデルギウスに聞こえないような小声でモクンバに尋ねた。
「助けてくれるのではなかったのか」
「お前の回答次第だな」
ヤバパーズは右手に持った剣を振り上げて見せた。
「あわわわ。お助け……金なら幾らでもやる。それとも宝石か、女か」
「そんなものは要らん。石はどこにある?」
「……何の事やら」
ヤバパーズは振り上げた剣をモクンバの頬にゆっくりと近づけた。肉の焦げる匂いがしてモクンバの悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあ、熱い。頬が焼ける」
「正直に言えばいいのだ」
「わかった、わかった。お前の求めているのは紫の『貴人の石』であろう。それは――」
次の言葉を待ったが、締め上げていたモクンバの様子がおかしいのに気付きその手を離した。モクンバは力なく床に崩れ落ち絶命した。
ヤバパーズは周囲を見回した。少し離れた場所でクシャーナが分銅の付いた鉄の鎖を巻き取っているのが見えた。
「貴様、計画を台無しにしてくれたな」
ヤバパーズの怒りの声を聞き、デルギウスは雷に打たれたように正気に返った。見ればヤバパーズがクシャーナに向かっていこうとしていた。
「待て、ヤバパーズ。お前の相手はこの私だ」
「誰であろうと容赦はせん」
「クシャーナ、お前は下がっていろ。こいつは危険過ぎる」
デルギウスはクシャーナを下がらせ、自らがヤバパーズと向かい合った。
広間の戦いはすでにあらかた終わっていた。ほとんど無傷で戦いを終えたクシャーナの仲間たちもデルギウスとヤバパーズを遠巻きにして見入った。
「行くぞ」
ほぼ同時に二人が動いた。剣の長さの分だけヤバパーズの攻撃が早くデルギウスを捉えた。デルギウスが間一髪、体を低くして攻撃を避けるとヤバパーズはにやりと笑った。
「ははは、先ほどのを見ていなかったのか。くらえ!」
デルギウスの頭のすぐ上で刀身が炎を噴き出し、デルギウスに襲いかかった。瞬く間にデルギウスの体は炎に包まれた。
「ははは……何だと!」
確かにデルギウスは業火に包まれたが、その炎の下でいつの間に装着したのか鉄の鎧を全身にまとい、平然としていた。
「そんなものか。今度はこちらの番だ」
ヤバパーズはデルギウスの強烈なパンチを腹部に受けて蹲った。呼吸を整える間もなく、デルギウスの蹴りが首筋に飛んで、ヤバパーズはそのまま壁際まで転がっていった。
「くっ、貴様……」
「年貢の納め時だな」
デルギウスが壁際でぐったりしたヤバパーズを無理矢理立たせ、最後の一撃を見舞おうとした時、広間の奥の方から「火事だ!」という叫びが上がった。
「デルギウス、誰かが宮殿に火を放ったようだ。早く囚われの人々を救い出さないと!」
クシャーナが叫んだ。デルギウスはヤバパーズを荒っぽく壁に叩きつけ、走り去る途中でもう一度ヤバパーズを振り返った。
「ヤバパーズ、命拾いをしたな」
ヤバパーズはよろよろと立ち上がり、宮殿の奥に向かって歩き出した。
「ノームバックが上手くやってくれたようだ。だが覚えていろよ。私は執念深い性質でな。受けた痛みは決して忘れない。サフィ、デルギウス……孫子の代まで覚悟しておけ」