2.8. Story 2 夜闇

3 シロンとスフィアン

 チオニの北の都ではスフィアンたちが必死になってシロンを探していた。
「どうだ。カクカ、いたか?」
「いや、見つからない。やはり王宮か」
「こうなったら仕方ないな。ケイジやツクエたちもいつ合流するかわからないし、おれたちだけで王宮に乗り込もう」
「うむ、胸騒ぎがする」
「行くぞ――おい、ドード、どうした。大丈夫か?」
 昼寝だと思って道端で寝転んでいたドードの様子がおかしかった。目がとろんとして、息使いが荒かった。
「これは……レグリの仕込んだ毒に侵されたようだな」
「ドード、お前はここでケイジやツクエたちを待っていてくれ。おれとカクカで王宮に向かうから」
 スフィアンの言葉にドードは立ち上がり、よろよろとした足取りで歩き出した。
「お前も一緒に行ってくれるのか。だが無理はするなよ。お前の役目は無事シロンを救出して運び出す事だからな」
 ドードは悲しげに吠え、スフィアンたちは王宮に向かった。

 
 王宮の警備は手薄だった。スフィアンの『爆雷』で兵士たちを蹴散らしながら、容易く城内に侵入した。
「おれが部屋を調べる。カクカは外の様子を気に留めていてくれ。ドードはここで休んでいろ」
 スフィアンは慎重に城内の部屋を調べて回った。そしてシロンとツォラが戦った部屋にやってきて、暗がりに倒れている化け物に息を呑んだ。
 化け物はまだ微かに息があるようで、スフィアンの姿を認めると途切れ途切れに何かを言った。
「……その……扉の向こう……シロンが」
「何、シロンに会ったのか。お前は何者だ?」
「……ツォラ……」
 化け物はそこまで言って、一つ大きく痙攣するとそれきり動かなくなった。
「ツォラ将軍だったか。お労しや。確か扉の向こうと言ったな。急がねば」
 スフィアンはドノスが開けっ放しにしている空間の歪みに入った。
 いくつもの扉を越えて、ようやく一番奥の部屋にたどり着いた。

 
 背中を向けたドノスがぶつぶつと何かを言いながらしきりに首を振っていた。
「こっちのハンナとこっちのハンナ……どっちがハンナなんだ?」
 スフィアンは背後から思い切りドノスを突き飛ばした。ドノスは暗い部屋の壁に頭からぶち当たって気を失った。
 気を落ち着けながら、ドノスが見比べていたものをゆっくりと見下した。ベッドが二つ並んでおり、そこにはドノスが呟いていた通り二人のハンナが眠っていた。
 左手のハンナは蝋のように白い頬のハンナ、右手のハンナはまだ頬にわずかに赤味が残っている――こっちがシロンだ
「……シロン、シロン。目を覚ませ。助けに来たぞ」
 シロンの胸に耳を当てたが、鼓動は聞こえてこなかった。

 
 壁際のドノスが呻きながら目を覚ますのに気付いたスフィアンは、ドノスに近寄り、両手で首根っこを掴んで立ち上がらせ、何度も乱暴に揺さぶった。
「おい、ドノス。お前、シロンに何をした?」
「な、何もしていない。気が付いたらこの部屋に彼女が寝ていた……く、苦しい」
「嘘つくんじゃない。じゃあ何故シロンは起きないんだ?」
「本当に私じゃないんだ。きっとヘウドゥオスがやった事だ……頼むから手を放してくれ」
「くそっ」
 スフィアンは忌々しげに首を締め上げた両手を緩めた。
「こっちのシロンによく似た女性がハンナか?」
「そうだ」
 ドノスは首を押さえながら咳き込んだ。
「永遠に私のものとなったハンナだ」
「お前、どうかしてるぜ」
 スフィアンは怒りに拳を震わせ、『爆雷』を撃とうと身構えた。

「待て。空間の歪みでそんな拳を撃てば元の世界に戻れなくなるぞ」
「構わん。皆で一緒に『死者の国』に行こうぜ」
「ひ、ひぃ。お、お助けを」
 ドノスは情けない声を上げて部屋の隅に逃げ出した。
「どこまでも見苦しい男だな。シロンを助けてくれれば見逃してやっても構わんぞ」
 スフィアンが構えていた拳を降ろすとドノスはにやりと小さく笑った。
「だから私ではないと言っているだろう。ふふふ」
「何がおかしい?」
「私はさらに別の空間に退避する。せいぜいここで愛しのシロンと仲良くやってくれたまえ。では」
 部屋の隅のドノスの姿が突然に消えた。スフィアンは慌てて部屋の隅に駆け寄ったが、すでにドノスは移動した後で、扉も見つからなかった。

 
 スフィアンは部屋の脱出を後回しにして眠っているシロンに近付いた。
「……シロン。何故、眼を覚まさない。死んだなどとは言わせないぞ」
 目の前のシロンはいつもの菫色の鎧兜を着ていた。
 シロンの頬に自分の頬を寄せると、ひんやりとした感触が伝わった。

「……もういい。ここに二人でいよう」
 スフィアンはベッドに腰掛け、シロンの体を抱き上げ、髪の毛を撫でた。
(スフィアン。それでいいのかい?)
 闇の中に突然に声が響き渡った。
「――誰だ?」
(僕はワンデライ。Arhatさ)
「創造主が何の用だ。シロンを生き返らせてくれるとでも言うのか?」
(ある意味、そういう事になるかな。君はこれからシロンを連れてここを出て、北の都の『夜闇の回廊』に向かうんだ)
「……もう少し詳しく話してくれ」

 

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