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2 凍れる魂
シロンは飛び去るハルピュイアを見送ってから、改めて自分がいる場所を見回した。
「どうやらここは西の都のはずれのポートのあたりだな」
意気揚々と東に向かって歩き出したががこの様子を偶然二人の男が見ていた。
「ジュカ様、これは面白い物に出会いましたな」
「シロンという小娘か――」
ヤーマスッドはシロンの名を大声で呼んだ。
振り返ったシロンの目にヤーマスッドとジュカの姿が映った。
「む、貴様はヤーマスッド」
「ほお、一度お会いしただけなのに名前を憶えていて下さるとは光栄です。ですがその名もとうに捨てました」
「訳のわからない事を――隣にいるのは草が探していた男だな?」
「可哀そうに。わしに会ってしまうとは」
ジュカは笑いながら言った。
「どいつもこいつも意味のわからぬ事を」
シロンが剣を抜くとヤーマスッドはおどけた仕草で両手を上げた。
「おやおや、折角一命を取り留めたのにそんなに死に急ぎたいですか。では『神速足枷』を見せてあげましょう」
ジュカはヤーマスッドを制すると一歩前に出た。
「まあ待て。弱き者の力というものを体感したくなった――シロンとやら、かかってくるがよい」
シロンは慎重に摺り足で間合いを詰めた。ジュカはまるで隙だらけのように見えたが、それでも踏み込めなかった。
シロンは意を決するとジュカ目がけて飛び込んだ。
すれ違いざまにシロンの『スパイダーサーベル』が顔面を捉えた。ジュカの右の頬に一直線の切り傷が浮かび、そこから一筋の鮮血が流れ落ちた。
「ジュカ様!」
ヤーマスッドが駆け寄ろうとするのをジュカは制した。
「――見事な剣筋。お前は創造主に傷をつけた最初の被創造物となった。誇るがよい」
向き直り、もう一太刀浴びせようと構えるシロンにジュカが言った。
「だがその代償は払ってもらわねばならん――そうだな。ハンナは永遠に覚めない眠りにつかせたが、お前には『魂の結晶化』がふさわしい。今ここでお前の魂は肉体を離れるが、魂は『死者の国』に向かう事なく、いつまでもこの世界を彷徨うのだ」
「戯言を言うな」
「永遠に彷徨うというのも無慈悲な話――そう、ドノスの息の根が止まった時に結晶化は終わり、お前の魂は解放される。これでどうだ」
再びシロンが剣を突いた。ジュカは何事もなくこれを避けると、シロンの額に自分の掌を当て、一言、二言何かを呟いた。
「あっ……」
シロンは短い叫びを残して仰向けに倒れた。
すぐにヤーマスッドが尋ねた。
「ジュカ様、殺したのですか?」
「説明しただろう。魂を結晶化しただけだ。こいつは生きているが魂は二度とこの肉体には戻れない。生きているどころかいつまでも魂だけの状態で生き続けるのだ」
「それはまたご無体な」
「ふん、さて、この肉体を使ってもうひと遊びするか――ギーギ、もう一度だけ力を貸してくれ。この娘の体をドノスの下に送りつけてくれないか?」
「……ジュカ様、それは」
「これでできそこないのドノスが少しでも気力を奮い立たせてくれれば儲けものではないか」
「あなたというお方は――」
ヤーマスッドの言葉の途中で倒れているシロンの周辺の空間が歪み出し、体が静かに歪みに飲み込まれていき、やがて跡形もなく消え去った。
「ドノスはさぞや喜ぶであろうな」
「ジュカ様、悪趣味ですな」
「そうではない。この情けない実験の幕引きが見えたのだ。シロンの恨みがどのような形を取ってドノスに襲いかかるか、今からその日が楽しみでならんわ」
ジュカは大笑いと共にその場からかき消すようにいなくなり、残ったヤーマスッドはシップ置き場に急いだ。
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