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2 武王の最期
チオニでは武王の捜索が続いていた。ヤーマスッドが東を、ヌガロゴブが西を、レグリが南の都を、それぞれが姿を求めて歩き回ったが、武王は見つからなかった。
王宮の秘密の部屋ではドノスが苛立ちながら「武王捕縛」の一報を待っていた。ヘウドゥオスがいつもの通り音もなく前に立つとドノスは堰を切ったように話し出した。
「ヘウドゥオス様、武王を捕えたのにあいつらが間抜けなために逃げられた。どうすればいいでしょう?」
「慌てる必要はない――それとも何か、この都にお前を快く思わぬ勢力が存在していて、そこと武王が繋がる事態でも恐れているのか、名君よ」
「……そんな反乱勢力の話は聞いた試しがない。貧民街の件にしても誰にも気づかれてはいないはずだ」
「では心配ないではないか。それとももうすぐここにやって来る覇王の軍を気にしておるのか?」
「やはり来るか。ならば尚更の事、早く武王の決着を付けねばならん。ヘウドゥオス様、あなたならば武王の行方をご存じでしょう?」
「その気になればすぐにでも見つけるが――発見したならば私の好きにしても構わないか?」
「……」
「そこにいるイノシシの化け物のようにお前の” Mutation ”の実験には使えないという事だ」
「……今は一刻も早く武王の件を片づけねばなりません。やむを得ません」
「では任せてもらおう――もう一つだけ言っておく事がある。わしがお前に会うのはこれが最後。此度の戦いでお前が命を落そうが、無事生き延びようが、わしにはもう関係ない。達者でな」
ショックのあまり放心状態のドノスを残してヘウドゥオスは部屋を出ていった。
ヘウドゥオスは王宮を出てゆっくりと歩いた。
「結局、ドノスは失敗作。あ奴には何も期待できない。だがあの小心者がここを生き延びれば、未来の世界で何かの役割を果たすかもしれんが、所詮は脇役。ナインライブズを呼び出すほどの力など持っておらんわ」
尚も「時間の無駄だった」とか「この世界の人間は」といった文句を並べ立てながら都を歩き、聖なる樹の前で歩みを止め、空に届きそうな木の幹を見上げた。
「……なるほど、そういう事か」
ヘウドゥオスは周りの人に構う事なく、ひらりと空に飛び上がった。
どこまでも高く上がっていくと、やがて決して地面に落ちてはこない常緑の葉に囲まれた樹の先端が見えた。
「誰にも見つけられないはずだ――ユグドラジルよ。これが物言わぬお前の意志か?」
ヘウドゥオスの問いに答えるかのように子供の顔くらいの大きさの葉がかさかさと動き、幹の先端が見えた。
一歩、幹の中心に近づくと、そこには武王の姿があった。武王はすでにユグドラジルに下半身を半分以上取り込まれた形になり、目を瞑り、安らかな表情をしていた。
「武王、いやカムナビよ。お前が望み、ユグドラジルがそれを受け入れたのだな。面白い――期待はずれのドノスよりもお前の行動に心打たれるとは、全く我らは予想外の出来事に弱いな」
ヘウドゥオスは樹から離れた。
「さて、そろそろ元の世界に戻ろう。はるか未来に起こるであろう事件の種を仕込めただけで良しとせねばならぬか――ただ帰る前に、あいつもおとなしくさせておかねばな」
ヘウドゥオスは東の都の方を見渡し、珍しくにやりと笑った。
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