2.6. Story 1 カウントダウン

4 狂った処断

 チオニの王宮は異様な雰囲気に包まれた。
 ヤーマスッドたち将軍が《起源の星》の武王とツォラ将軍を捕縛して連れ帰ってきたのだ。
 イソムボはこの知らせを聞き、すぐにドノスの下に参じた。
「ドノス様。一体どういう事でしょうか。ヤーマスッドたちに何をお命じになったのですか?」
「一体何の事かな」
 ドノスはいつもの通り快活な好青年の微笑を見せながら答えた。
「勅命であれば今すぐに撤回して頂きたい。あの愚か者たちの独断で行った事であれば、あ奴らを処罰して頂きたい」
「イソムボ、何をカリカリしているのだ」
「ドノス様。事の重大さをご理解されておられますか。これは《起源の星》に対する宣戦布告、いや、すでに戦争を仕掛けているのと同じですぞ」
「それで?」
「……ですから此度の行動の理由が理解できません。《起源の星》が私たちに何の危害を及ぼしたと言うのでしょうか」

「あのね、イソムボ」
 ドノスは微笑みを浮かべたまま言った。
「魔王はいなくなったけれど、武王、覇王、そして公孫威徳に私、このまま発展を続けていけば、いずれは衝突するんだ。しかも今回の魔王封印で武王、覇王、威徳の結びつきは強くなり、私は孤立した。彼らは次に私を滅ぼそうとする――私はこの星の民を悲しませる訳にはいかない。滅ぼされる前に滅ぼすのは当たり前だろう?」
「そ、そんな……ドノス様、間違っていますぞ。そんな事をして良いはずがない」
「これから捕えた罪人たちを訊問しなくちゃならない。話があるなら後で聞こう」

 
 ドノスは城内に最近造られた地下牢に降りた。
 暗く湿った廊下の途中にヤーマスッドが立っていた。
「我が王よ。お待ちしておりましたぞ」
「様子は?」
「武王は厳重に縛り上げた上でヌガロゴブとレグリが付きっきりで見張っております。ツォラについては」
 ヤーマスッドは楽しそうな声で自分の前の扉を指差した。
「かなり深手を負っております。もう長くはないかと――」
「ああ」
「どうなされますか?」
「ん、何の事だ?」
「この客人たちの処置でございます。おっつけ大挙して兵が押し寄せてきましょう。早々に決着を付けた方がよろしいかと申し上げているのです」

 一瞬ドノスには目の前のヤーマスッドが気持ち悪い別の生き物に見えた。この男は自分の秘密を知っている、夜な夜な都に出て人体実験のための材料を物色しているのを。そして今、ツォラ将軍という格好の素材が目の前に横たわっていると舌舐めずりする自分の心の奥底を――
「ああ、そうだな。ではツォラから片付けるとするか」
 ドノスはヤーマスッドの顔色をちらっと伺いながら牢屋の扉を開けた。

 
 廊下よりも暗い部屋に目が慣れるとツォラが横たわって呻いているのが見えた。ドノスは扉を閉め、誰も入ってこないのを確認し、話しかけた。
「ツォラよ。喜べ。これからお前を蘇らせてやるぞ」
 ツォラは返事にならない呻き声を上げた。
「だが別の人生だ。今、私の頭の中にあるのは獣人としてのお前の人生――さあ、楽にしてやろう」
 ドノスは深紅の石を取り出し、精神を集中させた。深紅の光が牢屋を満たし、次の瞬間、ツォラのこの世の物とは思えない断末魔の叫び声と共に、ドノスとツォラは城の一番奥の部屋に飛ばされた。

「……ふふふ。気分はどうだ、ツォラ将軍」
 ドノスは勝ち誇った表情でツォラを振り返ったが、そこに立っていたのはドノスのイメージした通りの全身を針金のような毛に覆われたイノシシに似た獣人だった。
 獣人は牙をむき出し、口から涎を垂らしながら、ドノスに近寄った。
「ま、待て。私はお前の主人だぞ――待て」
 獣人の動きが止まり、背後からヘウドゥオスが静かに姿を現した。
「大分、上達したようではないか」
「ヘウドゥオス様」
 ヘウドゥオスはかつてツォラだった獣人の頭を撫でながら言った。
「これからこのように力のある者を転生させる機会も増えるだろう。その時に注意せねばならんのは誰が主人かを明確にする事だ。さもないと造り出したお前自身が食い殺されてしまうぞ」
「はい」
 その時、扉の外からヤーマスッドの声がした。
「我が王、先ほどの叫び声に驚いてヌガロゴブたちが目を離した隙に武王が逃走致しました。ヌガロゴブたちに追跡させておりますが、何卒、陣頭指揮を」

 ドノスが弾かれたように部屋の外に出ると、何食わぬ顔でヤーマスッドが立っていた。
「ヤーマスッド、お前、どうしてここに?」
「さあ、何の事でございましょう」
 ヤーマスッドはにやにや笑っていた。
「……どうやらお前を見くびっていた。ただ者ではないな」
「どうでも良いでしょう。早く武王を捕まえないと大変な事になりますぞ」
「あ、ああ、そうだな。ヤーマスッド、お前に一つ頼みがあるのだが」
「イソムボでございますか?」
「うむ、良きに計らえ」
「御意」

 ドノスとヤーマスッドが並んで城を出ようとするとイソムボが走ってきた。
「ドノス様、最早これ以上騒ぎを大きくするのはなりませんぞ」
 ドノスはイソムボを無視して城の外に出ていった。取りすがろうとするイソムボの前にヤーマスッドが立ちはだかり、その肩に優しく手を置いた。
「イソムボ様。あまり邪魔をされると反逆罪に問われますぞ」
「ヤーマスッド、貴様こそドノス様に取り入って何を企んでおる」
「我が王よ。どうもイソムボ様は言う事を聞く気がないようですな」
 ヤーマスッドはイソムボの肩を片手で掴んだまま、先を行くドノスを振り返った。ドノスは足を止め、背中を向けたまま、右手をゆっくりと上げ、そのまま下した。
「御意」

 ヤーマスッドは肩を押さえたまま、『焔の剣』でイソムボの腹を抉った。イソムボは瞬間、何が起こったかわからないような表情を見せた。
 やがて腹に刺した状態の剣から炎が吹き出し、イソムボの体は紅蓮の炎に包まれた。
「ヤーマスッド、貴様……」
「可哀そうにな。娘をドノスに殺され、今またお前もその男の命により倒れるのだからな」
「ぐっ、まさか……」

 

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 Chapter 7 Despair

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