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2 シロンの里帰り
シロンが《魔王の星》から戻った。ポートにはツクエが一人で出迎えに来ていた。
「ご苦労だったな、シロン」
「ツクエが来るなんて珍しいね」
「ああ、お前もすぐにわかるだろうがムスク・ヴィーゴの街はお祭り騒ぎでな。例によってドロテミスは飲み過ぎたという訳だ」
「何の?」
「街に着けばわかる」
王宮に着いたシロンたちの前にドロテミスが顔を見せた。
「悪いな、ツクエ。迎えに行かせちまって」
「気にするな。英雄殿の出迎えは名誉だ」
「へっへっへ。昨日まではお前の凱旋を歓迎するんで、それはそれで盛り上がってたんだけどな。昨夜それが別の祝いに変わっちまったって訳さ」
「……?」
「ヴィオラ様の所に行ってみろや」
シロンは菫色の鎧姿のままでヴィオラに会いに向かった。
「シロン。待っていましたよ。この度の活躍、非常に喜ばしく思っております」
「ヴィオラ様、ご機嫌麗しゅう」
「本当は真っ先にあなたにお伝えしたかったのよ。実は私、我が王の子を授かりました」
「えっ、それは。おめでとうございます」
「ありがとう。あなたの凱旋をお祝いするのを邪魔はしたくなかったけれど、喜ばしい出来事を隠しておく事もできなくて。本当にごめんなさいね」
「いえ、そんな。我が王のお世継ぎができた事の方が都の民にとっては朗報でございます」
「でもちゃんと見ている人間はいますからね――さあ、我が王の下に向かいなさい」
続いてシロンは王の間に向かった。
「おお、シロン。無事帰ったな。どうであった?」
シロンは魔王封印の話をした。覇王は黙って聞いていたが顔色があまり冴えないようだった。
「威徳殿が為された封印の技は最早、聖サフィの領域に近い。私もこの目で確かめたかったな」
熱心なバルジ教徒である覇王は青白い顔のままで熱弁を奮った。
「お前も疲れたろう。しばらく休暇を取るがよい」
「はい。《誘惑の星》に里帰りをしたいのですが。両親の命日が近いもので」
「そういう事であれば何をさしおいても帰るが良い。私はまたヴィオラの懐妊を知って里心が付いたのかと思っておった」
「あっ、申し上げるのが遅れました――この度はまことにおめでとうございます」
「うむ。由緒あるムスクーリ家の跡継ぎにして、覇王の子だ。生まれてくる子とはお前が一番年も近いだろうし、親しく接してやってほしい」
「かしこまりました」
シロンが王の間を下がり兵舎へと戻るとツクエとドロテミスがやってきた。
「おう、魔王は手強かったか?」
二日酔いが治ったドロテミスが尋ねた。
シロンはイットリナと剣を交えた時の話、ケイジの強さ、そして魔王の鎧の放つ瘴気の凄まじさを身振り手振りと共に話した。
「剣技だけでは勝てない相手もいるのだな」
ツクエの言葉にドロテミスも頷いた。
「おれたち剣士隊はあまり頭が良くないから、頭脳戦は苦手だ」
「おい、ドロテミス。一緒にするなよ」
シロンが言い、笑いが起こった。
「ところでシロン。休暇を取るんだろ?」
「ああ、里帰りしようと思うんだけど……」
「だけど、何だ?」
「我が王の顔色があまり良くなかったので心配だ」
「何だ、そんな事か。少し疲れているだけだ。あの方は簡単に倒れるような軟な体じゃない。心配するな」
「それならいいんだが」
翌朝、シロンは再び覇王の下へ向かった。
「我が王。一つお願いがあるのですが」
「何だ、シロン」
今朝も覇王の顔色は良くなかった。
「昨夜ドードに会いました。ドードは最近あまり調練が行われないので運動不足の様子。つきましてはドードを連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「……そうだな。一番親しいお前がそう言うのであればそうなのだろう。構わん。あいつを目一杯、鍛え直してやってくれ」
「御意」
シロンは故郷のトーントの裏手にあるなだらかな山の斜面の途中の草原に寝転んだ。
昨夜はヤンニが心尽くしの手料理を振る舞ってくれた。シロンが《魔王の星》の話をすると、嬉しそうな顔をしながらも「無理はしないでね」と心配してくれた。
ドードを初めて見たヤンニとチャルは怯えていたが、すぐに慣れてドードの頭を撫で、食事を用意するようになった。
大自然の中を思う存分駆け回ったドードがシロンの近くにやってきた。
(久しぶりだな。こんなに運動をしたのは)
「そんなに長い間、調練をしてなかったのかい?」
(お前、何もわかってなかったのか……まあ、ツクエやドロテミスも同じだが)
「そう言えばドード、初めて会った日にも言ってたね。『覇王に天下を取らせたいが』って――ねえ、我が王のお具合はよろしくないのかい?」
(テオの体は以前から悪かったが、最近は特に良くない。持ってあと十日)
「……」
覇王は王の間に姿を現さなくなった。
ツクエとドロテミスはヴィオラから容態を聞いた。普段通りの生活を送るようにとヴィオラが覇王の意向を伝えてから枕元を訪ねたが、死期の迫った姿を見て何も言えなかった。