2.5. Story 1 暗黒魔王

4 瘴気

 リーブリースは生きた心地がしなかった。時間だけが虚しく過ぎたが、玉座の魔王は一向に席を立とうとしなかった。
 どうにかして魔王を王の間から遠ざける方法を考えたが、怪しまれない良い方法は浮かばなかった。
 そんな時に幸運の鳥が舞い降りた。東の見張り塔にいた盗賊の男が降りてきて不作法に言った。
「おう、町に怪しげな狼煙が上がってんだが、ありゃ何だ?」
 魔王は男の言葉に席を立った。傍らに置いてある鎧を身につけるべきかどうか一瞬迷った後に、リーブリースをちらっと見てから、王の間を出ていった。

 これを逃したら二度とチャンスはない、リーブリースは魔王が部屋を出るとすぐに行動に移った。侍従の間に隠しておいた大きな布包みを運び込み、包みをほどくと現れたのは『魔王の鎧』そっくりに作られたハリボテの鎧だった。
 これでも数秒はだませる、持ってきた布で本物の鎧をくるみ、両手で抱え上げた。
 次の瞬間、リーブリースは片膝を床に着いた。力が入らない、これが鎧の発する瘴気、持てる力を全て奮い起こして魔王が去った東とは逆の西に歩き出した。
 二、三歩進むと足がもつれて転びそうになり、王の間の入口で遂にへたり込んだ。
 両手で抱えるのをあきらめ、布で鎧を背中にくくりつけた。そのまま這うようにして城の廊下をじりじりと進んだ。
 早くしないと魔王が戻ってくるが、とても城外に持ち出すのは無理そうだった。リーブリースは下に向かう階段ではなく、西の見張り塔に向かって這っていった。

 どのくらいの時間が経ったろう、もう魔王は戻っているかもしれない、リーブリースは残った力を振り絞って立ち上がり、塔の扉を激しくノックした。
 扉を開き、迷惑そうな顔を覗かせた盗賊の男がリーブリースの変わり果てた顔を見て、凍り付いたように立ちすくんだ。
「あ……」
 男を押しのけるように見張り塔の中に入り、見張り塔の小窓までにじり寄った。
 小窓にたどり着いて荒い息を漏らした。ここまでだ、これ以上は無理だ、後はカクカに上手くやってもらうしかない。
 リーブリースは鎧を背負ったまま窓から身を投げた。

 
 威徳、カクカ、スフィアンが城門に到着した。城の周囲には堀が巡らされており、跳ね橋が上がったままになっていた。
 スフィアンは、幅五メートル近くはあろうかという堀を飛び越え、詰所にいた盗賊二人を打ち倒し、跳ね橋を降ろした。跳ね橋の歯車を回している時に、堀の西側から何かが流れてくるのに気付いた。
 堀に飛び込み、子供の頃に散々迷惑をかけた恩人の遺体を地上に引き上げた。
「リーブリース殿ではありませんか――お労しや」
 スフィアンは呆然とした表情で堀から戻った。

 跳ね橋を渡ったカクカが感極まった声で言った。
「おお、リーブリース殿。約束を守って下さいましたな。後は我らが約束を果たす番、どうか見ていて下され」
 鎧を背負ったままのリーブリースの遺体を見えない場所に隠し、威徳、カクカ、スフィアンは城内になだれ込んだ。

 
 王の間では魔王がにせの鎧を床に叩きつけ荒れ狂っていた。威徳が一歩前に進み出て言った。
「魔王よ、今日がお主の年貢の納め時だ」
 魔王は兜をかぶったまま、威徳の方を向いた。
「たとえ鎧がなくとも貴様らに負けはせん」
 地獄の底から響いてくるような低いしわがれた声がした。
「何だ、しゃべれるのか」
 カクカが驚いたように言った。
「貴様らはこの兜と鎧の恐ろしさを知らん。これは邪龍たちの血と恨みが染み込んだ、呪いと疫病と破壊を招く死の防具だ」
「邪龍だと――夢のような事を言うな」
 威徳が静かに言った。
「……貴殿はおれの幼馴染のシュバルツェンブルグではないのか?」
 スフィアンがかすれた声で尋ねた。
「シュバルツェンブルグ……誰だそれは。余は暗黒魔王。はるか未来の邪龍の志を継ぎ、世界を破壊せんとする者だ」

「なるほど、相手にとって不足はないどころか、我々では歯が立たん。鎧がなくてもこの瘴気とは――だがこれを見ろ」
 威徳が懐から鶏の卵を一回り大きくしたくらいの大きさの透明の石を取り出した。
「何だ、それは?」
「これより、お主をこの石に封印する。我らの精神力とお主の瘴気のどちらが勝っているかの戦いだ」
「面白いな、やってみるがよい」

 
 威徳たちは三方から魔王を取り囲むように立った。威徳に従い、カクカとスフィアンも言葉を唱え出した。
「この世界を造りし、Arhatsよ。我らに力を与えたまえ。願わくは最上位に坐するレアよ。我らにその力を見せたまえ」
 威徳の手に持つ透明の石が柔らかな琥珀色の光を放ち始めた。魔王の動きが止まり、金縛りに遭ったように体が硬直した。
「……ぐっ、貴様」
「言ったろう。お主をこの石の中に閉じ込める。さあ、レアよ」
 石から茶色の光が飛び出し、魔王の体を包み込んだ。魔王の体はじりじりと石に引き寄せられていった。
「くそっ――だが余は死なん。石の中で生き続け、この世界に仇なしてやる」
「元より承知。さあ、おとなしく石の中に入れ!」
 威徳の叫びと共に、茶色の光が王の間を満たし、光が消えた後には魔王の姿も消えていた。
 威徳が手に持った石を落しそうになり、慌てて両手で持ち直した。石は透明ではなく琥珀色に変わっていた。
「くっ、持っているだけで魔道に飲み込まれそうになる」

 
 王の間にシロンとケイジが到着した。
「全て終わったか」
 ケイジの問いかけに威徳は頷いた。
「後はこの魔王を封じ込めた石と鎧の封印だけだ」
「その良くない空気を発する石に魔王を封じたか?」
「うむ。これだけ瘴気を放つとなると、この王都エリオ・レアルには封印できんな。都の向かいにジャウビターズという山がある。鎧はそこに封印しよう」
「石はどうしますか?」とカクカが尋ねた。
「これほどとは思わなかった。別の方法を考えねば――さあ、もうここには用はない。外に出よう」

 一行は城外に出てリーブリースの遺体から『魔王の鎧』を取り外した。
「では私たちでジャウビターズ山に向かい、この星の戦後処理を行う。ケイジ殿とシロン殿には世話になった。改めて《魅惑の星》と《起源の星》に礼に伺おう」
「お気遣いなく。鎧が他人の手に渡らないように厳重に封印して下さい」
「かたじけない」
 威徳は石を持ち、スフィアンはリーブリースを背負った。鎧は威徳の部下が慎重に木にくくりつけ、二人がかりで運んでいくようだった。
「銀河の英雄たちよ。また会いましょう」
 威徳たち一行はジャウビターズ山に向かって歩き出した。

 

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 Chapter 6 崩れたバランス

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