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2 リーブリース
リーブリースは眠れぬ夜を過ごしていた。
その男は突然に城にやってきた。大量の血を浴び、それが乾いたような赤黒い鎧兜を身に付けていた。城門を開けさせると慣れた足取りで玉座に座した。
男は鎧ははずしたが、兜は決してはずさなかった。言葉を発する事もなく、無言で城内を歩き回った。
リーブリースはその男が城の主、シュバルツェンブルグの変わり果てた姿だと直感した。もしそうでなかったとしてもリーブリースは今まで通りその男に仕えただろう。
数日後、その男は二人の男を城に招き入れた。イットリナとブルンベというこの星に巣食う害虫、嫌われ者の残虐な盗賊たちだった。
家臣たちは恐れ、気味悪がり、ほぼ全員城を去ったが、リーブリースはそうしなかった。この男がシュバルツェンブルグ王である可能性が残っている限り仕える、それが先々代の王から仕える自分の役目だと思った。
男は二人のならず者とその一味を従え、行動を開始した。《巨大な星》のピエニオス商会からシップを買い付け、他の星に攻め入るようになった。話を聞くと、その星を征服するのではなく、文明を滅ぼしているようだった。
だが不思議な事にこの星の領民には決して手を出さなかった。
そこでリーブリースは目を瞑る事にした。
いつの日からか、男は暗黒魔王と呼ばれるようになった。
元々、別の魔物の伝説により《魔王の星》と呼ばれる星だったので、領民たちは暗黒魔王という名に違和感を覚えなかった。
自分たちには害を及ぼさないためか、名君として褒め称える者までいる有様だった。
リーブリースは「間違っている」と考えるようになった。自らの文明と異なるからと言って他の星の文明を滅ぼして良い訳がない。こんな傲慢な行為はいつか罰を受けるに違いなかった。
魔王の不在中、リーブリースに来客があった。カクカという名の風采の上がらぬ小男だった。
カクカは《念の星》から来たと言った。《念の星》と言えば、シュバルツェンブルグ王がまだ王子だった頃、よく一緒に遊んでいたスフィアンという少年が修行に赴いた先だったのを思い出した。
あの時、王子は泣きながらスフィアンとの別れを惜しんでいた。もうあの頃には戻れない、何もかもがあまりにも変わってしまったのだ。
カクカは魔王の所業を綿々と語り、封印するために力を貸して欲しいと言った。
リーブリースに主君を裏切る気はなかったが、カクカの話す協力の方法を聞く内に気持ちが動いた。
カクカの提案する方法とは、魔王の力の源である鎧をどこかに隠すというものだった。
リーブリースはかつて一度だけ鎧を片づけようとした事があった。何気なく手を触れた瞬間に体中の力が抜ける気がして、へなへなと床に崩れ落ちてしまった。
あの鎧を魔王の目の届かない遠くまで運ぼうとすれば、その途中でおそらく命を落とすだろう。
だがそれであれば主君より先に死ぬ事ができる、そう考えたリーブリースはカクカの頼みを受け入れた。
カクカは城下に広がる町に狼煙が上がったその日が決行日だと帰り際に言った。
それ以来、リーブリースは毎日城から町を見下ろしている。
主君が鎧をはずしているその隙に上手く事を運べるだろうか、それを考えると気が狂いそうだった。
城に知らせが入った。正体不明のシップが一隻、隣の滅亡した星、《明晰の星》に着陸したという。イットリナとブルンベは意気揚々とそちらに向かった。
留守を預かるリーブリースがエリオ・レアルの町を見下ろすと、細い狼煙が上がっていた。
決行の時が来たのだ。