2.4. Story 1 聖樹の下

3 スフィアンの懼れ

 聖樹の下での会合が終わり、招待客たちは城を後にした。ドノスは血色が戻り、先刻の非礼を詫び、城門まで見送りに来てくれた。
 一行は一旦、西の都から《魅惑の星》に戻り、その後シロンだけが《念の星》に向けて出発する予定だった。
 シロンたちが宿屋に戻ろうと歩き出した時、スフィアンがやってきた。
「覇王殿。シロン殿の道案内がありますゆえ、私もご一緒に《魅惑の星》に向かいます」
「おお、かたじけない。シロンはどこでも人気者だな。だが司空殿はお前を見た途端に具合が悪くなったようだが、どうしたのだろうな」
「我が王よ。どうやらイソムボ様のハンナという娘御に私が瓜二つだったようです」
 シロンの言葉にスフィアンが眉をしかめた。
「何だって、シロン。本当にそうなのか。君がハンナという娘さんに似ているというのは?」
 シロンは初めて見るスフィアンの激しい剣幕に驚いた。
「どうしたんだい、スフィアン。そんな怖い顔して」
「……いや、何でもない。何でもないんだ」
「変な奴だなあ」

 
 覇王の屋敷に戻り、シロンが旅支度を整え、久しぶりにドードと話しているとスフィアンがやってきた。
「シロン、ちょっといいか?」
「ああ、ここじゃあだめかい」
「だってドードは人の言葉がわかるんだろ。愛の語らいを聞かれたくないじゃないか」
「ちぇ、相変わらず下らない事を言う奴だ――じゃあドード、すぐに戻るから」

 
 スフィアンはシロンと月の下をぶらついた。
「何だい、用事ってのは?」
「ああ、思い切って言うよ。おれと結婚してくれないか?」
「……ん、意味がわからない。誰が誰と結婚するんだ?」
「おれとシロン、君が結婚するに決まってるだろ」
「お前は本当にぼくを怒らせたいみたいだな」
「冗談なんかじゃないんだ。それとも君は誰か好きな男がいるのか?」
「いや、別にいないけど」
「だったらいいじゃないか。おれと結婚しよう」
「そういうもんじゃないだろ。お前、頭大丈夫か。何で急にそんな事言い出したんだ?」
「わかった、わかった。急過ぎるのは認めよう……だが考えておいてくれよ、なっ」
「――おい、スフィアン、おかしいぞ。理由を言え」
「それは……」
「何があるかは知らないが、理由を言うまではお前とは口を聞かないからな」
 シロンは踵を返して去った。

 
 シロンのシップとスフィアンのシップが長い旅を終えて《念の星》に着いた。
 ポートに着くとスフィアンがシロンを迎えに来た。
「お疲れ様。何事もなく着いてよかったな」
「……」
「何だよ、まだ怒ってるのか――わかったよ。後で理由を話すから、とりあえず明都の都督庁に行こう」

 明都は海に面していて街中には紫色の小さな花が咲き乱れていた。沖には無数の岩の柱がにょきにょきと天に向かって伸びていた。
「明都にようこそ。あの紫の花はメイトズオウだ」
「ふーん、きれいだな」
「『菫のシロン』にそう言っていただけると光栄だな――さあ、あそこが都督庁だ」
 重厚な木でできた二階建ての都督庁の建物に入り、まずスフィアンはカクカの部屋に向かった。スフィアンは部屋の扉を開け、中の人物と二言、三言話をしてからシロンに言った。
「カクカが帰っているから話を聞こう」

 スフィアンはシロンにカクカを紹介した。シロンが予想した通り、チオニでイソムボたちと話をしていた男がカクカだった。
 鼻の下に薄いひげを伸ばし、眠たそうに目をしばたかせている風采の上がらない小男が口を開いた。
「詳しい話は明日のはずだ。何をしに来たんだ?」
「いや、魔王の件ではなく司空について聞きたいんだ」
「ふむ」と言ってカクカはシロンをちらりと見た。「あらかた察しはついたが、この話は推測の域を出ていない。それでいいのか?」
 カクカの言葉にスフィアンは頷いたが、シロンには訳がわからなかった。
「では話すとしよう」

 
 ――《魔王の星》を討つ事に相成ったが、魔王を討つためには人手が足りない。特に武人がな。
 そこで他の星に支援を求める事にした。《巨大な星》や《祈りの星》には、然るべき人材がいないようだった。やはりここは強大な武力を持つ《魅惑の星》、《享楽の星》、《起源の星》に助けを求めるべきだという結論に達した。
 《魅惑の星》と《起源の星》については問題なく助けてくれると踏んでいたが、問題は《享楽の星》だった。最近になり、突然軍備を強化し始めた星で、色々とわからない事が多い。果たして援助要請に応えてくれるのか。
 私は身分を隠して《享楽の星》に赴いた。そこで都の住人から情報を集め、こんな情報が寄せられたのだ。
 司空ことドノス王は表向き、民を第一に考える名君だが、実は殺人者だ。家臣のイソムボという者の娘のハンナが行方不明となっているが、実はドノスが殺したのだと――

 
「証拠でもあるのか?」とスフィアンがカクカに尋ねた。
「目撃者がいた。聖樹の下でドノスとハンナが話をしている姿を見たらしい」
「それだけで殺人者とは断定できないじゃないですか?」
 シロンが反論した。
「ああ、その通りだ。だから樹の下での会合の時に奴をよく観察していたのだ――私の見立てではドノスはかなり精神的に不安定だな。それにあの取り巻きだ」
「イソムボ以外はまともではないな。おれは特にヤーマスッドは危険だと思った」
「うむ。あのような者たちを取り立てる司空は正常ではないと思う――ところでシロン、君が司空に会った時の印象はどうだったい?」
「……挨拶をするとすぐに『気分が悪い』と言われて中座されたので」
「イソムボによれば『シロンはハンナと瓜二つ』なんだそうだ」とスフィアンが付け加えた。
「ふーむ。やはり司空がハンナの失踪に何らかの関連があるのは間違いなさそうだなあ」
「カクカにしては歯切れが悪いな。もっと他にも気付いた事があるんだろ?」

「……ここから先は本当に推測でしかない。おそらく司空はそれ以外にも殺人を犯している。殺人狂かもしれん」
「やはり」
「最近チオニには難民が多く流入している。いなくなっても誰も気にかけないような人間は幾らでもいる――だが私が心配なのは、シロン、君だ」
「ぼくが?」
「司空にとってハンナは特別な存在だ。そのハンナにそっくりの君が現れたんだ。気にしない方がおかしいだろう」
「それが何か?」
「どうやら君にははっきりと言わないとだめらしいな。司空は君を狙っていると考えた方がいい」
「えっ」
「ここにいるスフィアンは君を守りたいがためにバカを言ったかもしれないが、それは君を心配しての事だ」
「うっ、カクカ、何でそれを?」
 絶句したスフィアンを見てカクカは笑った。
「お前のやりそうな事くらい予想がつく」
「そうだったのか、スフィアン。ぼくをそこまで……」
「おい、止めろよ、シロン。しんみりしないで、いつもみたいに鼻で笑ってくれよ」
「スフィアン、許してくれ。そこまで心配していてくれたなんて――だが答えはノーだからな」
「はっはっは」とカクカが高笑いをした。「これでスフィアンも心置きなく《魔王の星》攻めに集中できるというものだな」

 

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 Chapter 5 暗黒

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