目次
2 シロンとケイジ
「おお、これがチオニの都か。すげえでかいな」
ドロテミスがシップから見える光景に感動して叫んだ。
「あまりはしゃぐなよ。他の星の方もいるのだからな」
覇王が静かに言い、ツクエも言葉をかけた。
「田舎侍と思われるのはお前だけでたくさんだ」
覇王のシップが都の西のはずれのポートに着陸し、別のシップで先に到着していたスフィアンがすぐに迎えに現れた。
「お疲れ様でした」
「我らは田舎者ゆえ、スフィアン殿に迷惑をおかけしなければいいのだが」
「いえ、それは私たちも一緒です。銀河一の都、チオニには足がすくみます。では西の都に宿屋を取ってありますので参りましょう」
「スフィアン殿。慣れていないとおっしゃられたが、斯様な段取り、どなたがやられたのか?」
「全てカクカの考え。今回の鼎談にしても、覇王殿は西の都、武王殿は東の都、我が星の威徳は南の都に宿泊する手筈になっております。事前に会って、あらぬ疑いをかけられても困りますので、司空殿の城内で初顔合わせになりますな」
「なるほど。全ては明日の楽しみという訳ですか」
翌朝、覇王たちは西の都から城内に入った。中心にそびえる樹の大きさに圧倒されていると一人の男がやってきた。
「これは閃光覇王殿の御一行ですな。私の名はイソムボ。司空の家臣でございます。他の王はすでにお着きでございます。どうぞこちらに」
イソムボはにこやかに覇王たち一行を見回したが、シロンの顔を見た途端、凍り付いたように動かなくなった。
「イソムボ様、どうされました?」
スフィアンが様子を心配そうに覗き込むと、イソムボは弾かれたように顔を上げた。
「いえ、何でもございません。さあ、こちらに」
覇王たちが広間に入ると長方形のテーブルを挟んで三つの人だかりができていた。案内をしていたイソムボが覇王に言った。
「右手にいらっしゃる四名が武王殿一行、真ん中が威徳殿とカクカ殿、前方が《享楽の星》の将軍たちです。我が王も間もなく来られると思いますので、どうぞ左手にお座り下さい」
イソムボに促され、スフィアンは真ん中に、覇王たちはテーブルの左手に向かった。
すると前方のテーブルに座っていたヌガロゴブが「けっ、どいつもこいつも田舎臭えのばっかりだぜ」と聞こえよがしに言うのが耳に届いた。
腰かけようとしていたドロテミスがこの言葉に反応してぴくりと動きを止めると、ツクエが即座にそれを押し止めた。
「止めておけ。ドロテミス。弱い奴ほど良く吠えると言うからな」
今度はツクエの言葉にヌガロゴブが反応した。
「ああ、何か言ったか。客だろうが何だろうがやってやんぞ」
レグリはにやにや笑い、ヤーマスッドは我関せずといった具合で爪をいじっていた。たまらず真ん中の席に座っていた立派なあごひげを生やした中年の男が割って入った。
「お二方ともお止め下され。今回の鼎談も元はと言えば拙者がお願いした件。どうしてもおやりになると言うのであれば、拙者がお受けいたそう」
ヌガロゴブは不満そうに席に座り直し、気まずい沈黙が流れ出した頃、イソムボが司空ドノスを伴って広間に入ってきた。
「皆様、お待たせ致しました。《享楽の星》の指導者、ドノスよりご挨拶がございます」
紹介を受けたドノスがウェーブのかかった髪を掻き上げ、若々しい声で話し始めた。
「皆様、この度は斯様に一同にお集まり頂き、感謝の念に堪えません。元々は《念の星》の公孫威徳殿のご提案とご尽力により、この機会に漕ぎ付ける事と相成りました」
先ほどケンカを買って出た男が小さく頭を下げ、ドノスは話を続けた。
「目的は《魔王の星》の脅威に如何に対応するかが主たる議題ではありますが、今後も継続して斯様な会談の場を設けていきたいと強く願っております。将来的には《巨大な星》や《祈りの星》といった更に遠くの星にも声をかけていきたい。それが恒久的な銀河の平和につながるものと信じて止みません」
その後、公孫威徳が状況を説明し、各勢力が援軍を出す事で合意した。覇王の軍からはシロンが、武王の軍からはケイジが援軍として赴く手筈となったが、司空については未だ軍が整備されていないという理由から出兵は見送る事になった。
話が一段落した所でイソムボが口を開いた。
「聖樹の下に宴会場を設置いたしました。皆様、そちらでお食事、ご歓談にお移り下さい」
繁栄の象徴、聖樹の下でパーティが始まった。初めは勢力毎に固まっていたが、やがて四人の王、イソムボやモデストングたちの実務者同士が歓談を始めた。唯一将軍たちだけはなかなか打ち解けようとしなかった。ヤーマスッドたち司空配下の将軍たちは会場に姿すら見せていなかった。
「やはり武人はこういう場は苦手だな」
ツクエがぼそりと言い、シロンはたまらず笑った。
「へえ、ツクエにも苦手があるなんて面白いね」
「ふん、そんな事よりスフィアンがこっちに来るぞ。中にはああいう武人もいる」
スフィアンは陽気な笑顔で片手に酒の入ったグラスを持って近付いた。
「よお、皆さん、お楽しみかな?」
「別に」
酒を飲めないシロンが食事の皿を手にして答えた。
「そっけないなあ――実はシロンにケイジを紹介しようと思うんだ」
スフィアンがシロンを連れて、ケイジとツォラのテーブルに案内した。
「ケイジ殿。シロンをお連れしましたぞ」
スフィアンはそう言ってからツォラと話を始めた。
残されたケイジとシロンの間には沈黙が流れたが、やがてシロンが口を開いた。
「ケイジ殿。シロンと申します」
「ケイジだ。よろしく頼む」
「……その、ケイジ殿はどちらのお生まれですか?」
「実は記憶がないのだ。名前以外、何も思い出せない」
「……それは失礼致しました。得物はやはりその刀ですか?」
「ああ、そうだ。貴殿は小剣か?」
「はい」
「ふむ、まあ、上手くやっていこう」
ケイジが手を差出し、シロンが握り返した。
「ところで貴殿は思わぬか。これだけの手練が一堂に会している場合、誰か一人でも暴走すれば大変な事態に陥る。実は私は貴殿の所のツクエ殿と手合せ願いたいのを我慢している」
ケイジが顔色一つ変えずに言ったのを聞いてシロンは吹き出しそうになった。
「ケイジ殿、ツクエを紹介しますよ」
今度はシロンがケイジを連れて、ツクエとドロテミスのテーブルに戻った。ケイジをツクエに紹介し、二人は早速、互いの剣技の話を始めた。ドロテミスは大分出来上がっていたようなので、シロンはその場を離れ、一人で会場をぶらぶらした。
するとモデストングともう一人の痩せた小男と話をしていたイソムボがシロンの下にやってきた。
「失礼ですが少し話をさせて頂いてもよろしいですかな?」
イソムボの優しい声にシロンは思わず微笑んで頷いた。
「かの『菫のシロン』が斯様にお若い方とは夢にも思いませんでした」
イソムボの声にはどこか悲しげな響きがあった。
「まだまだ若輩者にございます」
「こんな事を申し上げてはシロン殿に失礼だとは重々承知しておりますが、シロン殿は私の娘、ハンナに瓜二つでございます」
「……よく女性に間違われますのでお気になさらないで下さい。そうでしたか。是非、そのハンナ様にお会いしたいものですね」
「それは無理でございます。ハンナは先日来、行方知れずとなっております」
「あ……無神経な事を言って、大変失礼致しました」
「シロン殿を見ているとまるでハンナを見ているような気持ちになって、思わずお声をかけてしまいました。こちらこそご無礼をお許し下さい」
「いえ、無礼だなんて――失礼ですがハンナ様はお幾つなのでしょうか?」
「ようやく五千昼夜を越えたばかりです」
「早くハンナ様の所在が判明するといいですね」
「そうですな――そうだ、我が王にもお会い下さい。我が王とハンナは実の兄妹のように仲が良かったのです。シロン殿を見れば驚かれると思います」
イソムボは尻ごみするシロンの腕を引っ張り、王たちと話に興じるドノスに声をかけた。
「我が王、よろしいですかな?」
「イソムボ、どうしたんだい?」
「こちらにおられるのが、覇王殿の将軍の『菫のシロン』殿です」
「……おお……ハンナ、ハンナではないか?」
ドノスはありえないほど取り乱し、覇王に向かって興奮して尋ねた。
「覇王殿。これはどういう事でしょうか?」
「どうもこうもありません。我が閃光剣士隊のシロンにございますが」
「ほお、『菫のシロン』というのはずいぶんと華奢な男だな」
武王が驚いたような声を出し、公孫威徳も同調した。
「だが覇王殿の剣士隊に推挙されるくらいだ。凄まじい腕前の持ち主なのでしょうな」
「……私は少し失礼する。どうか、皆様、ご歓談を」
一同が驚いて見ると、ドノスは青ざめた顔をして冷や汗をかいていた。ドノスは王たちに非礼を詫びるのもそこそこにその場を小走りで去った。
(一体、我が王はどうされたというのだ。そこまでハンナを……)
イソムボはそう思い、場を盛り立てるために殊更陽気な声を出した。
「どうも、我が王が中座致しましたが、皆様はそのままご歓談をお続け下さい」
一目散に城の一番奥の秘密の部屋に向かったドノスはもどかしげに鍵を取り出し、部屋の扉を開け、そこに生き人形となったハンナの姿があったのを確認して、安堵のため息を漏らした。
背後から声がかかった。
「驚いたな。ハンナにそっくりではないか?」
ドノスは驚いて振り返り、ヘウドゥオスの姿を確認した。
「私はまたてっきり、ヘウドゥオス様の術でハンナが蘇ったのかと――心臓が止まるかと思いました」
「何でもかんでもわしのせいにするな。それよりも良かったな。ハンナの代わりにシロンという生きたおもちゃが手に入るぞ」
「し、しかし、シロン殿は」
「男だからと言いたいのか。ふん、お前の目は節穴か」
「ではシロンは……」