2.3. Story 1 開明王ドノス

4 開明王の変貌

 恐怖の人体実験を行った翌日からドノスの様子が再び以前と同じに戻った。積極的に都の人々の生活を考え、行動をした。イソムボは自分の心配が取り越し苦労に過ぎなかったと胸を撫で下ろした。

「ドノス様、またピエニオス商会の者が来ておりますが、如何なさいますか?」
 ある日、イソムボが来客を伝えにきた。
「ピエニオス商会か。会ってみるか」
「何と。ではシップを購入なさるおつもりですか?」
「ああ、都の民を守るためには軍備が必要だ。綺麗事ばかり並べ立てても閃光覇王や起源武王が攻めてきたら、ひとたまりもない。ましてやそれが暗黒魔王のような者だったら皆殺しだ」
「ドノス様がそこまでおっしゃるのでしたら。私も都の不可解な犯罪が収まらないのは、この星に自衛の組織がないせいだと秘かに思っておりました。懸命なご判断かと存じます」
「手練れの者を雇って、安全な都を作り上げれば、皆、安心すると思う。それに……ハンナの事もあるしな」
「ドノス様。そこまで娘の事を」
「当り前じゃないか」
 イソムボはドノスが意味ありげに笑ったのに気付かずに部屋を出ていった。

 
 やがてイソムボがピエニオス商会の人間を連れて戻った。
 ピエニオス商会は《古の世界》の脱出用シップを造ったピエニオスが《巨大な星》で興した星間移動用のシップの工房だった。
 彼の死後、商売の才覚に長けた弟子の一人が跡を継ぎ、他の星にもシップを売るビジネスを始めた。
 何しろ、自らシップを駆り、遠い星まで売りに行くので説得力があった。閃光覇王、起源武王、暗黒魔王、近隣の星では皆、ピエニオス商会からシップを購入した。数少ない例外の一つが《享楽の星》で、商会は売り込みに来る度に門前払いを食らっていた。
 当惑気味の商会の者を前にして、ドノスはとりあえず五隻のシップを注文した。

 
 ほくほく顔のピエニオス商会の人間が帰ってからイソムボが言った。
「先ほど言われていた軍備の件ですがどうなされますか?」
「実は、視察中にこれはと思う人間、何名かに声をかけてあるんだ。その者の下に兵を集めればいいと思う」
「これはまた手際の良い――それはヘウドゥオス殿の入れ知恵でございますかな?」
「イソムボ、何を言うんだい。ヘウドゥオスは学者だよ。そんな事に頭が回る訳ないじゃないか」
「左様にございますなあ。私とした事が考え過ぎでしたな」

 
 翌日、三人の男が城に通された。イソムボはその人相の悪さに何か良くないものを感じたが、黙って城に上げた。
「イソムボ、紹介しよう。右の人間はヌガロゴブ。『山壊斧』というこの世に切れないものはない斧を使う」
「よろしく頼まあ」
 ヌガロゴブはいかにも教養のなさそうな、ひげもじゃの大男だった。
「真ん中がレグリ。『毒爪拳』という拳法の使い手」
「へへへ」
 目の光が尋常でない小男がレグリだった。
「そして、左がヤーマスッド。何だっけ、えーと、神速……」
「『神速足枷』にございます。我が王よ。イソムボ殿。よろしくお願い申し上げます」
 唯一、ヤーマスッドという男だけが頭が良くまともそうに見えた。

「ヤーマスッド殿は剣を佩いてらっしゃるが、その神速足枷とは剣技ですかな?」
「いえ、こちらの剣はある者が私に託してくれた由緒ある剣。まあ、家宝のようなものでございます」
 ヤーマスッドは小さく笑ったが、その笑顔を見た瞬間にイソムボは冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じた。
 この男、まともかと思ったが一番危険かもしれない。

「イソムボよ」
 ドノスは急に青ざめたイソムボを訝しげに見た。
「この三人に将軍になってもらうので部屋の用意を。後、都の辻々に志願兵のお触れを出しておいてくれないかい」
「は……御意」

 
 三名の将軍はそれぞれ部屋をあてがわれ、イソムボから王宮の案内を受けたが、すぐに飽きたヌガロゴブとレグリは途中でどこかに消えてしまった。
「全く。あのような方を将軍として迎えねばならんとは」
 イソムボがため息をつくと、一人残ったヤーマスッドが同意した。
「イソムボ殿も気苦労が絶えませんな。あの方たちは大方、女に会うか、酒を浴びに行ったのでしょう」
「……ヤーマスッド殿は所用がないのですかな」
「別段、これといって」
「案内は中止致しましょう。私は少し疲れました」

 
 ヤーマスッドは都の中心にある樹に近付いた。空を覆わんばかりに枝と葉を伸ばし、都の繁栄を見守っていた。
 樹の影から一人の男が音もなく進み出て、ヤーマスッドに話しかけた。
「ほぉ……ヤーマスッドと呼べばいいのかな?」
「おや、あなたにお会いするとは――」
「ここではヘウドゥオスという名で城におる。お主もドノスの将軍になったようではないか」
「神秘学者ヘウドゥオスはジュカ様でしたか。何故、またこのように酔狂な真似を?」
「その前にわしの質問に答えてもらおうか。何故、お主は他人の造った箱庭におる。それは固く禁止されているはずだが、お主のいる宇宙では違う規則だったかな?」
「ジュカ様、いや、失礼致しました。ヘウドゥオス様、私は何もあなた方Arhatsの主権を脅かそうなどという大それた考えを持っている訳ではございません。ただただ己の欲望に忠実に生きているだけでございます」
「ふん、お主もこの銀河の不確定要素だと言いたい訳か。面白い。だが妙な真似をしたら容赦はせんぞ。わしのように心の広い者ばかりではなく、アーナトスリのような乱暴者もいるからな」

「Arhatsの寛大なご処置に感謝致します。それよりもここで何をなさっているのですか?」
「あまり言いたくはないが失敗作の矯正だ。ドノスは元々、光であるこの樹に対する闇の存在として造り出したのだが、どういう訳か開明王などと呼ばれる名君になってしまった」
「ほお、それでドノス王の闇の資質を……Arhatsには考えられない失態ですな」

「だがお主に会ってその原因がいよいよはっきりした。お主、どうやってここに来た?」
「それがドノスと関係あるのですか?」
「いいから言え。お主がヤッカームという名で《古の世界》にいたのはアウロから聞いておる。問題はその後だ」
「《巨大な星》に……『凍土の怒り』の力を引き出せないかと思いまして」
「ふむ。なのに今佩いているのは炎の精霊の剣、ニワワの剣ではないぞ」
「……ヘウドゥオス様もお人が悪い。ご存じでしょう。私は《巨大な星》でサフィという小僧に剣を奪われました。もはや人の形を取る事もできなくなった私はサフィのシップに忍び込み、この星まで来た。この『焔の剣』はその時に奴から奪ったのです」

「やはりサフィか」
「ほんの茶番でございます。勝負は最後に勝てば良い、それまでは転生を繰り返し、時を待つのが私の流儀です」
「ずいぶんと気の長い話だな――だがあいにく、わしはお主など心配していない。それよりもこの星に撒いた邪悪の種が何故上手く成長しなかったかを考えておった」
「……ドノス王を造った時の失敗も、あのサフィめの仕業だと?」
「うむ。お主、何か覚えて……いや、無理か。瀕死の状態だったからな」
「はい。傷はまだ完全には癒えてはおりませんが、このように表に出られるほどには回復致しました」

「――これ以上原因を追究しても仕方ない。これからの事を考えるとするか」
「で、私の御沙汰は?」
「ここから追い出すのは簡単だが、どうせならお主にも協力してもらおうか。ドノスを完全に闇に目覚めさせる」
「と言いますと?」
「あいつには何度か闇を見せており、後一歩の所まで来ておる。いつまでも年を取らぬハンナ、それを見てどうなると思う?」
「自分だけが老いてやがて死ぬ、という懼れを抱くでしょうな」
「その通りだ。不死に対する欲望を押さえきれなくなれば、矯正はほぼ完了だ」
「どうぞお好きにおやり下さい。傷も完治してはおりませんし、肩慣らし代わりに適当に暴れれば退場しますので」
「それで構わん。では期間限定の共闘といこうではないか?」

 ヘウドゥオスが手を差し伸べたが、ヤーマスッドはそれには応えなかった。
「ジュカ様。嘘をついておられますな。たとえドノスの矯正に成功したとしても、そのような事くらいではナインライブズは発動しないのをもうお分かりになっている。また失敗のようですな」
「それを言うな。思い通りにならないから面白いのだ。お主と同じで最後にナインライブズが出現すればそれでいい。今は種蒔きの時だ」
 差し出されたヘウドゥオスの手をヤーマスッドはようやく握り返した。

 
 ドノスは二つの恐怖に苛まれていた。一つは自分が生来の快楽殺人者なのではないかという恐怖、もう一つが今しがたヘウドゥオスに指摘されたばかりの、自分はやがて老いさらばえて死ぬという恐怖だった。
 ヘウドゥオスは言った。”Mutation”を極めれば、それを定期的に自分の肉体に対して施し、永遠の若さと命を得る事が可能だと。
 もはや躊躇はならない気がした。自分が永遠の若さと命を保てば、この星は今以上に発展するだろう。そのための尊い犠牲は仕方ないのだ。何も考えず、人に金や物をせびるだけの人間と自分を比べれば、どちらがより大切にされるべきかは明白ではないか。
 自分はただこの星だけを考え、あらゆるものを犠牲にしている。人を愛する事もせず……自分にあるのは永遠の若さを保ち続けるハンナだけだ。それに釣り合うために自分も永遠の若さを手に入れなければならなかった。

 気が付けばドノスは西と南の都の間の貧民街まで歩いていた。ヘウドゥオスと同じようにフードをすっぽりと頭からかぶり、街の中に足早に入っていき、おあつらえ向きに物欲しげな一人の女が道端で立っているのを発見した。
 その後は簡単だった。女と話をつけ、みすぼらしい小屋に通された。頃合を見計らって精神を集中すると、いつの間にか女と一緒に王宮の一番奥の部屋に戻っていた。
 何が起こったのかわからずに恐慌状態に陥った女をベッドに縛り付け、変化後のイメージを頭に描いた。そして深紅の石を取り出し”Mutation”と呟いた。
 目の前の女はみるみる原型を失い、代わりにそこに出現したのは人間の顔に鳥の胴体を持った生物だった。
 ”Mutation”はほぼ成功だった。ドノスは荒い息を吐きながら、ベッドで気絶しているおぞましい生き物を見た。
 この化け物の処分をどうしようか。南の都をさらに南に行った所にある森にでも捨てておけばいいだろう。

 
 翌日からのドノスは上機嫌だった。《享楽の星》は永遠の青年王の下、発展を続けるのだ。閃光覇王も起源武王もやがては死ぬ。最後の勝者となるのは自分だった。
 夜には生贄を求めて都を彷徨った。まだ自らの肉体に”Mutation”を行うには時期尚早だった。自分の顔に皺ができるようになってからでも遅くはない。それまでに術を完璧なものにしておけばいい。

 

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 Chapter 4 鼎談

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