2.3. Story 1 開明王ドノス

3 Mutation

 三日後の夜、ドノスは再び部屋を訪れた。
「ヘウドゥオス様、私は、私はどうすればいいのでしょうか?」
「どうするもこうするもないであろう」
 相変わらずヘウドゥオスの表情はわからなかった。
「しかし」
「お前は人の恐怖の叫び、断末魔の喘ぎ、所詮その中でしか生きられない人間なのだ。いっそ覚悟を決めるのだな」
「覚悟を決める?」
「まずは軍備を整えよ。表向きは閃光覇王や起源武王の攻撃から星を守る、で構わない。都の民が怯えるほどの武力を身に付けるのだ」
「それでどうすれば?」
「他の星に攻め入っても構わん。大量殺戮も可能だぞ。まあ、それでは暗黒魔王と一緒だな」
「私を暗黒魔王と同列に扱わないで下さい」
「あれは早晩、駆逐される。お前にはもう少し賢く振る舞ってほしいものだ。表向きは開明王のまま、裏でお前の大好きな人殺しをやればいい」
「そ、そんな」
「無理をするな。ハンナの首を絞めた時のあの感触が忘れられないであろう。しかもそれ以外にもお前は無意識下ですでに何人か殺している。『都で頻発する殺人』についてはお前も頭を悩ませていたではないか。良かったな、犯人がわかって」
「ああ……」
「だがこれからはただ殺すのでは面白くない。お前にはとっておきの秘術を授けてやる」

 
 ヘウドゥオスが立ち上がり、ドノスも慌てて立ち上がると、いつの間にか西と南の都の間の貧民街にいた。
「どうだ、ここの人間であればいくら消えた所で露見はせん」
 ヘウドゥオスは貧民街の奥に行き、何かを担いですぐに戻った。それは以前、物乞いをした少年だった。
「……死んでいるのですか?」
「いや、眠っているだけだ。さあ、城に戻るぞ」

 
 ドノスは再びヘウドゥオスの部屋に戻っていた。
「ここからが本番だ。わしの神秘学とは、人の神秘。それを可能にするのがわしの力を封じ込めたこの石、” Mutation ”だ」
 ヘウドゥオスは右手に血のような深紅の色をした鶏の卵を一回り大きくしたような石を持っていた。
「その石で何を?」
「この石を持ちながら、この小僧に向かって変わってほしい姿を想像し、『Mutation』と唱えるのだ。やってみろ」
 ドノスは震える手で深紅の石を受け取った。
「ああ、この小僧の目を覚ましてやった方がお前の嗜好には合っているかもしれんな。眠ったままではつまらんだろう」
 ヘウドゥオスが少年の目を覚ますと、少年はしばらくぼんやりとしていたが、やがて騒ぎ出した。
「やい、てめえら。何しやがんでぃ。放せ、おいらを帰らせろ」
「さあ、念じ、そして唱えろ。騒がれて困るのはお前だぞ」
「くっ……”Mutation”!」

 深紅の光が部屋を包み、少年の体が奇妙に捻じ曲がった。次の瞬間、少年の体は青と緑の混じった液体に変わり、びしゃっと床にぶちまけられた。
「愚か者め。念じ方が中途半端だからこんな結果になる」
 ヘウドゥオスは液体に変わった、かつては人の形をしていた物を見下しながら冷ややかに言った。ドノスは体の震えを止める事ができずに歯をがちがちと鳴らした。
「何事も慣れだ。もう何人か試せば、その内立派な怪物が生まれる」
 ヘウドゥオスは小さく笑ってから、床に零れ落ちた液体を指先一つで跡形もなく消し去った。

 

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