2.2. Story 1 力を求める者

2 ペトラムの勇者

「何ともすごい地形だな」
 武王の言葉に傍らのツォラとケイジは頷くしかなかった。

 武王、ツォラ、ケイジ、草の四人は《密林の星》に来ていた。
 武王たちが立っている場所は、緑の下草が茂る平原だった。武王が指差す先は左手に緑の海が広がっていた。一見すると今いる場所と変わらないようだが、濃い緑の大きな円がいくつも見えた。
 どうやら濃い緑の下は深い谷になっているようだった。どれほどの深さの谷なのだろうか、生い茂る緑のせいで今いる場所からは見通せなかった。
「『ペトラムの勇者』がどこにいるか――手分けして探すか。ツォラは北にある遺跡に向かってくれ。ケイジはこの谷を降りてくれ。草は余と一緒にこの平原で待機だ」
「お館様、遺跡とは?」
「うむ。誰が建てたかはわからないが古代の遺跡があるらしい」
「ほお」
「その古代文明を解明できれば、恐らくは封印の山の謎も――いや、何でもない。では二時ほど後にこの場所に再び集合だ」

 
 ケイジは眼の前に広がる濃い緑の波を見下した後、思い切ってその中にダイブをした。
 どこまで降りても地面に足が着かなかった。四方は切り立った崖なのだろうが、どちらを向いても緑の木々に覆われていて、まるで緑色の海の底に向かっているようだった。
 ようやく足が地面を捉えた。見上げれば、青い空はちっぽけな点となってぽつんと浮かんでおり、陽の光はほとんど差し込んでこなかった。

 付近を歩き回り、踏み固められた細い道を発見した。
 ケイジは緩やかな登りになっている道を進んだ。途中で谷から湧き出る小さな水の流れに行き当たった。おそらくこの近くで人が暮らしている、ケイジは辺りを探し回り、壁のような谷にはめ込まれた石造りの扉を見つけた。
 重たい扉は押しても引いてもびくともしなかった。ケイジはあきらめ、近くの木陰で人がやって来るのを待った。
 一人の褐色の肌色の婦人が頭に桶を乗せて現れた。水を汲みに来たのだろう、婦人は水を汲み終ると、石の扉の脇の太い木の穴に手を突っ込んでもぞもぞしていた。
 すると石の扉が静かに開き、婦人の姿はその中に消えた。

 
 ケイジが婦人に倣って扉の中に入るとそこは町だった。谷の中がくり抜かれ、大きな空洞が広がっていた。石でできた螺旋階段に沿うようにして町は空に向かって高く伸びていた。階段の途中の壁には灯り取りの小さな穴が開いており、階段が途切れた所の無数にある踊り場に民家が肩を寄せ合うようにして建っていた。
 ケイジは厳粛な面持ちで階段をひたすら上った。この最上部は自分がダイブした地上に近いだろう、おそらくそこにペトラムの勇者の本拠があるはずだった。

 降りた時の何倍もの時間をかけてケイジは最上部にたどり着いた。入口には不思議な石像が飾られていた。
 ケイジが石像を横目に中に入ると、石の回廊が緩やかな曲線を描きながら、更に上へと続いていた。すぐに武装した二人の上半身裸の兵士が回廊を降りてきた。
「何者だ?」
「『ペトラムの勇者』に会いたい」
「……そうはいかぬ。ナックヤックの手の者とも限らない」
「誰だ、それは?」
「ニニエンドルの守護を受けている証拠を見せろ」
「何を言っている?」
「しらばっくれるな」
「力ずくで通れという事か――仕方ない」

 
「騒がしいぞ」
 石の回廊の奥から一人の白髪の大柄な男が現れた。
「こ、これは将軍。この怪しい者を訊問しておりました」
「起源武王が来ていると聞いていたが、よもや一人で訪れるとは。なかなか面白い面相をしておるが腕はかなりのものだ。お前らではかすり傷一つ与えられん――名は何と言う?」
「ケイジと言うらしい。私の腕を見て取るとはあなたこそ何者だ?」
「おお、これは失礼をしたな。当然、知っていてここに来たのだと思っておった。わしの名はチェスカワン・ペトラム。この《密林の星》を守っておる」
「それは話が早い。ところでこの男たちがナック……何とか言っていたが」
「ああ、それか。ニニエンドルはわしらの守り神、そしてナックヤックは森を滅ぼそうとする邪神じゃ」
「なるほど。それにしても立派な建物だが、何故、地上からは入れない?いや、それよりも何故、木を刈らないのだ?」
「ケイジ殿。わしらは森と一緒に生きる者。森に住まわせてもらっているのだから、その邪魔をしてはいけない。自ら森を壊すような真似をしてはナックヤックと同じ」
「古代遺跡とやらもか?」
「……あれはわしらも知らん。わしらがこの星で生活を始める前からあったらしい。誰が、いつ、何のために、あの遺跡を建てたかは誰にもわからんのだ」
「チェスカワン将軍、話ができて良かった。帰るにはまた元の道を戻るのが早いのか?」
「……折角だ。わしと一緒に最上部まで行こう。そこからならすぐに地上に出られる」
「いいのか?」
「構わん。わしもケイジ殿と話をして感じ入る部分があった。武王殿にもお会いしたい」
「かたじけない」

 
 ケイジはチェスカワンの後を付いて回廊を更に上に進んだ。やがて目の前が明るくなり、地上に出た。
「飛び込んだのがあちらだからずいぶんと歩いた計算になるな」
 ケイジははるか南に小さく見える平原を見て言った。
「うむ、この場所こそが中心だが、ここに来るのは容易い事ではないのだ。わしら以外ではケイジ殿が初めてだ」
「それは――」
 ケイジが言いかけた時、一人の兵士が息を切らして走ってきた。
「はあ、はあ、将軍。南の平原にナックヤックがいるようです」
「何だと?」
「この方の」
 兵士はちらとケイジを見てから続けた。
「シップに気付いて現れたのでは」
「あの大たわけが――それで今は何をしておる?」
「いつもの通りです。平原にいる人間に訳のわからない話を延々と聞かせているようです」
「まだ交戦中ではないな――ケイジ殿、急いで平原に参りましょう。早くせんと武王殿が殺されるかもしれない」
「まさか」
「いや、いくら武王殿でも敵わない。が、わしの予想が当たっておればケイジ殿なら――」
「ほお、それはまた何故?」
「とにかく行きしょう」

 
 ケイジとチェスカワンが空を飛んで平原に到着すると、シップから少し離れた場所では奇妙な光景が繰り広げられていた。
 二メートルくらいの馬の頭に人の体をした黄金色の生き物がこちらに背を向け、一生懸命何かを話していて、その傍らでは武王と草が胡座をかいて話を聞いていた。
 武王はケイジたちに気付き、手を上げた。
「おお、ケイジ。なかなか面白いぞ。こっちに来たらどうだ――ん、その隣の御仁は?」

 武王たちに夢中で話しかけていた黄金の馬人間が振り返り、チェスカワンの姿を認めるといきなり姿を消した。
「あっ、消えた」
 草が大声で叫び、ケイジが答えた。
「そうではない。上を見ろ――攻撃してくるぞ」
 その言葉通り、空から光の矢が何本も降り注いだ。地上の武王たちは慌ててその場を離れ、攻撃を避けた。
「お前たち、ナックヤックをだました。やっぱりニニエンドルの手の者だったな」
 空から響くナックヤックの言葉に武王と草は首を傾げた。
「ナックヤック、この方たちはニニエンドルとは何の関係もない。お前の相手はこのわしだ」
 チェスカワンが叫び、ナックヤックが空中に姿を現した。
「本当か――なら、いつものように勝負だ」

「ちょっと待て」
 ケイジが二人の会話に割って入った。
「攻撃されて黙ったままと言うのは性分ではない。チェスカワン将軍、『袖擦り合うも他生の縁』と言うどこかの星の諺を聞いた事があってな、加勢させて頂くぞ」
「……事情がよくわからんがケイジが言うからにはそうなのであろう。草、余らもあの馬を倒す事にしよう」
 武王もそう言って剣を抜いた。

 ナックヤックが地上にゆるゆると降りてきたが、顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
「お前たち、全員殺す。ナックヤックを怒らせた」
 ナックヤックは弓を構え武王たちに狙いをつけたが、矢を番えていなかった。
「皆、わしの後ろに隠れるのだ」
 チェスカワンはどこに隠していたのか、全身がすっぽり収まるほどの大きな木製の盾を体の前に立てかけ、全員がそこに隠れた。
 ナックヤックが矢の番えられていない弓を放つと、先ほど地上に降り注いだのと同じ光の矢が襲いかかったが、チェスカワンの木の盾が向かってくる光の矢を優しく受け止め、吸収した。
「大丈夫か。こんな木の盾で」
「何、いつもの通りだが……今日のナックヤックの怒りは半端ではない。こちらから攻撃に出られるか?」
 チェスカワンの問いかけにケイジが頷いた。
「やってみよう――草、右翼に展開して奴の気を引いてくれ。済んだらすぐに『自然』で気配を消すんだぞ」

 
 ケイジと草はその場で気配を消した。チェスカワンが何かを言おうとするのを武王が笑って止めた。
 しばらくするとナックヤックの右手に草の姿が出現した。
「そっちに逃げたか――ははは、そこでは攻撃を避けられ――」
 ナックヤックは言葉を途中で切り、天を仰いだ。しゃがみ込むような姿勢で剣を振り下ろしたケイジの姿が現れ、ナックヤックはそのままゆっくりと倒れた。

「……まさかナックヤックを倒してしまうとは」
 チェスカワンが首を横に振っているのを見て武王が尋ねた。
「どうかされたか。何かまずかったのか?」
「いや……武王殿とお見受けした。我らは貴殿に喜んで協力させて頂こうと思う」
「おお、それはありがたい」
 ケイジと草も武王たちの元に戻った。

「チェスカワン将軍。ナックヤックがいまわの際に妙な事を口走っていましたぞ」
 ケイジの言葉にチェスカワンの表情が険しくなった。
「『これでこの星も終わりだ』と。どういう意味でしょうな」
「……ニニエンドルとはこの星を覆う森そのもの。それに対してナックヤックは森を枯らす疫病をもたらす者。わしらはニニエンドルに従って生きておるが、それはつまり、森の支配の下で生かされていくという事でもある」
「大自然との共存、素晴らしいではありませんか?」
「であればいいが、自然に復讐されてしまうという事とてある――ではわしはこれで失礼させてもらう」

 
 チェスカワンが去ったのと入れ違いにツォラが戻った。
「どうでしたか?」
「無事、『ペトラムの勇者』の協力を取り付けた」
「おお、それは素晴らしい」
「そちらは?」
「よくわかりませんな。古代遺跡と言っても、石の柱が十本くらい地面に生えているだけですからな」
「ふむ、謎は解明されずか――どれ、余らも帰るとしようではないか」

 

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 Chapter 3 開明

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