2.1. Story 2 閃光剣士隊

2 故郷

 覇王のシップは帰路の途中、《誘惑の星》に立ち寄った。そこは緑の多い山岳の星だった。覇王はすでに平定の終わったミースラフロッホと呼ばれる低地帯にシップを停泊させた。
「皆、今回の厳しい戦い、ご苦労であった。元はと言えば私の作戦の誤りがこのような苦戦を招く結果となったのを詫びよう」
「我が王よ。そんな事言わねえでくれよ。おれたちの力不足だったんだからよ」
「やはり我らのような者は策に溺れてはいかん、正攻法で行けという教訓だ――それにしてもシロンがいなければどうなっていたやら」
「左様。シロンが咄嗟の機転で拙者を出城に降ろしてくれなかったら、あのように早く本隊に合流できなかった」とツクエも言った。
「シロン様々ってやつだな」
「止めて下さい、ドロテミス、ツクエ。大した事じゃありません」

「ところでシロンよ」と言って覇王が微笑んだ。「お前はこの星の生まれだったな?」
「はい。山の中腹のトーントという村です」
「特別に暇をやる。故郷に行ってこい。明日の昼までに戻ればよい」
「あ、ありがとうございます」

 
 シロンは勇んでトーントの村に入った。細い道を走って生家のドアを元気よく開けた。
「ヤンニ、いるかい?」
「わあ、シロンだあ。お帰りぃ」
 四つくらいの女の子がいきなり飛びついた。
「やあ、チャル。元気だったかい。ヤンニは?」
「裏にいるよ」
「おや、シロンじゃないかい」
 質素な丸太小屋の裏口から洗濯桶を片手に持ったころころと太った陽気な婦人が顔を出した。
「ヤンニ!」
「元気そうだね。今時分、こんな場所にいるって事は――ははーん、さては覇王様の所をクビになったね。まあ、あんたみたいにやせっぽちのお嬢ちゃんには務まらないと思ってたよ」
「ちょっと待ってよ。そうだ、これを見てよ」
 シロンはヤンニを無理矢理テーブル脇の椅子に座らせ、腰の小剣を見せた。
「ずいぶんと高そうな剣だね。柄に宝石が埋め込んであるじゃないか」
「えへへ。戦いの褒美として我が王から直々に頂いたんだ」
「すごいねえ。あんたは小さい頃から人とは違ってたから――でもくれぐれも無理しないでおくれよ。あんたの身に何かあったら、あんたの両親、バッセンとウルナに顔向けができやしないからね」
「……大丈夫だよ」
「さて、折角帰ってきたんだ。少しはゆっくりしてけるのかい?」
「うん。本隊はミースラフロッホにいて、明日の昼までに合流すればいいんだ」
「じゃあ今夜はご馳走にしようね。あんたの好きなテーラ・ハイバッハでどうだい?」
「うん」
「あはは。子供の頃と同じだね――さあ、あたしは忙しいから、あんたは墓参りでもしておいで」
「わかったよ」
「チャルも行くぅ」

 家の裏手にある小さな石碑にシロンは祈りを捧げた。
「父さん、母さん。ぼくは覇王の軍に入って手柄を立てたんだよ。父さんの言った通り、ぼくの飛行能力は役に立つみたいだ――

 

【シロンの回想:父との思い出】

 ――「父さん、父さん。ねえ、起きてよ」
「ん、何だ。寝てしまったか。悪い悪い」
「ねえ、何かお話聞かせてよ」
「シロン、父さんは疲れてるんだから、無理言っちゃだめよ」
「いや、大丈夫だ。それじゃあ、今日は父さんの若い頃の話をしてあげよう」
「えーっ」
「父さんの父さんは《古の世界》と呼ばれる星に暮らしていたんだ」
「それはどこ?」
「その星はもうないんだ。でもな、その星には空を飛ぶ人や水に潜る人、地面に潜る人、色んな人がいたらしい」
「へーっ」
「父さんの父さんは《古の世界》を脱出して《巨大な星》という星に逃げ延びた。父さんの父さんが亡くなった時に、まだ少年だった父さんは母さんに連れられて《祈りの星》に渡ったんだ」
「え、バルジ教の?」
「そうだ。いいか、そこで父さんはウシュケー様の護衛に選ばれた。ウシュケー様はすでに老人だったが色々な事を教えて下さった。空を飛ぶ事、水の中に潜る事、地中に潜る事」
「えっ、本当?」
「本当さ。だ・か・ら、シロン、頑張ればいつかお前も空を飛べる――はい、話は終わり」
「ふーん。こんな風に?」
「……、……お、おい。シロン、お前。か、母さん、ちょっと――

 

「ふふふ、あの時は慌ててたよね。あれ以来、父さんはぼくに『兵士になれ、兵士になれ』って言うようになった。でもミースラフロッホ公の軍に志願するって言ったら『あの軍は弱いから止めておけ』って。おかげでとても強い王の強い軍に入る事ができたよ。父さん、母さん、それにウシュケー様、見守っててくださいね」
「ねえ、シロン」
「ん、何だい、チャル」
「あそこに耳熊がいっぱい」
 シロンが顔を上げると、眼の前の雑木林に白い塊がいくつも動いていた。
「本当だ。ハイランドから降りてきたのか。何かあったかな?」

 
 シロンは雑木林にそっと近付き、臆病な耳熊を驚かさないように声をかけた。
「君たち、どうしたんだい?」
 精一杯気を使ったが、それでも何匹かの耳熊は飛び上がって林の影に隠れた。
 一番大きな、と言ってもドードに比べればまるで子供の大きさだったが、リーダーらしき真っ白い毛の耳熊が答えた。
(おいらたちの言葉がわかる……て事はあんた、シロンかい?)
「そうだよ」
(ああ、良かった。ミースラフロッホにいるって聞いたから、あんたに会いに行く途中だったんだよ。行き違いになる所だった)
「あははは、下まで降りれば、今までに見た事のない大きさのドードっていう耳熊に会えたのに。ま、いいや。何か用事?」
(うん、実はハイランドで困った事が起こってる)
「そうだろうね。こんなに大勢でこの季節に山を降りるなんて珍しいもんね」
(ヴェリクが蘇ったんだよ)
「えっ、ヴェリクってあのヴェリクかい。でもあれは伝説の怪物だろ?」
(元はと言えばあんたたちのせいでもあるんだぞ。ハイランドの馬鹿な奴らがあんたたちに攻められると思ってヴェリクの封印を解いちまった。それで暴れ出したんだ)
「それは悪い事したね――よし、ぼくが何とかするよ」
 シロンはそう言ってチャルに先に帰るように伝えた。
「じゃあ行ってくるよ。とりあえずハイランドの長老に会ってみよう」
(おい、一人で大丈夫か?)
 心配する耳熊たちを尻目にシロンは手を振って山を登っていった。

 残された耳熊たちは不安気に体を寄せ合った。
(おい、一人で行ったぞ)
(だめだろ)
(だめだな)
(確かミースラフロッホに耳熊の親分がいるって言ってたな。その方にお伝えしよう)
 耳熊たちは急いで山を降りていった。白い体を寄せ合って動く様は遠目から見ると山が動いているようだった。

 
 ハイランドの集落が見えた。
 シロンは自分の家のように集落にずんずんと入って、長老の家に上がり込んだ。
 髪も眉毛も髭も真っ白な老人が突然の訪問者をちらりと一瞥した。
「おや、お前は確か、トーントの?」
「シロンだよ」
「そうじゃった――だがその服装からすると、どうやら覇王の手の者。話す事など何もないな」
「長老、ヴェリクが蘇ったって本当かい?」
「むぅ、何故それを?」
「理由はどうでもいいんだ。だめだよ、あんな化け物を野放しにしたら」
「もうわしにはどうにもできん。血の気の多い若者が今夜ミースラフロッホを襲うようにヴェリクに伺いを立てに行っとる」
「そんな……もしその願いが叶ったとしても、その次に襲われるのはハイランドだよ」
「今更、わしにどうせいと言うんじゃ」
「ぼくがヴェリクを退治する」
「無理じゃろう」
「やってみなきゃわからないよ」

 
 シロンは長老の家を後にして、さらに山を登り、ヴェリクが封印されていた洞窟に向かった。洞窟の前には供物の籠が散乱し、数人の若者が血の海で事切れていた。
「やっぱり、こんな事だろうと思った」
 シロンは剣を抜いて洞窟の奥に向かって叫んだ。
「おい、ヴェリク。出てこい。出てこなきゃこっちから行くぞ」

 真っ暗な洞窟の奥から、大地を震わせるような低い音が響いた。
 やがて十メートル近くはあろうかという怪物が姿を現した。二本の大きな角を持った雄牛の顔に人間の体、右の手には鉄の棒を携えていた。
「何だ、小僧。貴様も頼み事か。我に何かを頼もうなどとは片腹痛いわ。我は誰の指図も受けん」
「そんなのわかってるよ。だからもう一回、深い地の底に突き落としてあげようと思ってさ」
「……貴様、自分が何を言っているかわかっているのか――面白い、やってみるがよい」

 
 シロンとヴェリクの戦いが始まった。ヴェリクの振り回す鉄棒を軽やかに避けながら、シロンは的確に突きを見舞ったが、皮膚が硬いせいか急所まで届かなかった。
「なかなかの腕だが、悲しいかな、力が足りんな。貴様では我に勝てん」
 ヴェリクは勢いを付けて頭の上で鉄棒を振り回した。その風圧の勢いで一瞬動きが止まった所に鉄棒が叩きつけられたが、シロンは間一髪で飛び退いて事なきを得た。
「いつまでそうやって逃げ回れるか――まるで虫けらだ」
 ヴェリクの猛攻が続き、シロンは避けるのに精一杯となった。そしてとうとう洞窟の外の岩壁に追い込まれた。
「もう逃げ場はない。観念せい」
 鉄棒は壁を深くえぐり取ったが、寸前にシロンは空に逃れた。
「――貴様、空を飛ぶか」

 シロンは空中で思案した。このままでは勝ち目がないが、せめて一矢報いなくては。ヴェリクの片目とこの命を引き換えにするか……
 シロンは山を登ってくる足音を聞いた。ハイランドの住人であれば、また無駄な犠牲者を出してしまう、何とかして止めなければ。

「シロン、まだ無事か?」
 現れたのはドードに跨った覇王だった。
「我が王、何故?」
 シロンが空中で叫んだ。ヴェリクはこの珍客をじっと見つめていた。
「ドードの仲間が知らせに来たようでな。こいつが狂ったように私たちをここまで引き立てて来たという訳だ」
「よぉ、シロン。水くせえじゃねえか。化け物退治ならおれにも声かけろよ」
「全くだ」
 徒歩のツクエとドロテミスも登場した。

「皆……我が王よ。これなるはヴェリクという野蛮な怪物。生かしておいては、人々のためにならぬと思い――」
「シロン、もういい。この覇王の命を狙っているのであろう」
「……なるほど。さっき頭をかち割った奴らの殺したい相手が貴様か。別に願いを叶えるつもりもないが、ここで殺してやる」
「笑わせるな。不意を襲われればともかく、この状況でお前に負けるはずがない」
「ふん。強がりを言いおって。貴様ら、四人でかかってこい。手間が省ける」
「その言葉、後悔するなよ」

 
 すでに日は落ち、雪が降り出していた。ドードから降りた覇王、ツクエ、ドロテミスがヴェリクを取り囲み、シロンは空中で構えを取った。
 最初に動いたのはドロテミスだった。二メートル以上はある大剣を軽々と振ると、刀身がヴェリクの喉元を強く打った。
「げほっ」
 ヴェリクは不意をつかれ、岩壁に叩きつけられた。そこにすかさずツクエが近付き、刀が一閃した。すたすたと戻るツクエの背後で鉄棒を持ったままのヴェリクの右腕が地面にぼとりと落ちた。
「ぐおぉ……貴様ら、この角で刺し殺してやる」
「私の出番だな」
 覇王が静かに剣を構え、頭の角を向けて突進するヴェリクの正面に立った。すれ違いざまにわずかに剣を動かすと、ヴェリクの左右の角が根元からもげて、やはり地面に力なく落ちた。
「す、すごい」
 シロンが空中で息を呑んでいると覇王から声がかかった。
「どうした、シロン。止めを刺すのはお前だぞ」
「は、御意」
 シロンは息を一つ吸ってから、頭を抱えて苦しむヴェリクの額の真ん中にためらいなく剣を突き刺した。
「はあ」
 ヴェリクは仰向けにどうと倒れ、二、三度痙攣の後に動かなくなった。

「我が王、ツクエ、ドロテミス……来てくれなかったら。私一人では……うぇ、うぇ、ひっく」
 地上に戻ったシロンは感極まったのか、しゃくり上げ始めた。

「そんな事はねえ。お前もよくやったよ」
 ドロテミスがシロンの頭を乱暴にぐりぐりと撫で回した。
「まだまだ子供だな」とツクエは笑った。
 ただ一人、覇王だけが険しい表情をしていた。
「泣くな、シロン。そんなザマでは名誉ある『閃光剣士隊』は務まらぬぞ」
「は、はい……えっ、今何と?」
「前から決めていた事だ。お前はツクエ、ドロテミスと同じ剣士隊の一員だ」
「あ……御意」
「さて、ハイランドの長老に報告に行くのだろう。私たちも改めて同盟の提案をするために同道する」

 
 覇王のシップが《魅惑の星》に凱旋した。今までで一番盛大な沿道の歓迎の中、シロンはツクエ、ドロテミスと並んで隊列の最後尾を歩いた。
「何だか夢みたいだ」
「へっへっへ。この沿道で土下座してた小僧が隊長だもんな。そりゃあ夢みてえなもんだ」
「だがそれはお前に力があったからだ。思い上がってもいかんし、恥じる必要もない。堂々としていろ」
「わかりました」
「それともう一つ、お前は拙者やドロテミスともはや同格。これからは普段通りの話し方で接すればよい」
「う、うん。わかった」

 
 ムスクーリの屋敷に戻るとシロンはヴィオラに呼び出された。
「何でございましょう」
「この度は大した手柄を立てたそうですね」
「いえ、運が良かっただけでございます」
「運だけで《蠱惑の星》だけでなく、《誘惑の星》まで平定できるものではありませんよ」
「はい」

「シロン、これを」
 ヴィオラは人を呼んで、大きな包みを持ってこさせた。
「これは?」
「あなたの手柄に対する私からの贈り物です。開けてごらんなさい」
 シロンはこわごわ包みを開けた。そこにあったのは全て菫色に染められた鎧兜一式だった。
「戦場にあってもあなたは一人の女性だという事を忘れないでほしいのです。これからは『菫のシロン』と名乗りなさい」
「ヴィオラ様――私は、私は……だめだ、上手く言葉に表せません。とにかくありがとうございます」
「その代わり、あの約束は忘れないでね。決して死んではならないと」
「はい」

 

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