2.1. Story 1 シロン

4 美しき人

 シロンは寝る間も惜しんで働いた。朝の調練に備え、夜明け前にドードを起こし、自分も調練に兵として参加し、野山を駆け回った。兵舎に戻り、ドードと自分の朝食を取り、戦術を学び、ドードの昼食、仮眠を取った後は、一般教養を学び、剣術の稽古、ドードと自分の夕食後にドロテミスたちとの稽古を経て、ドードの下に帰った。

「ドード、ごめんよ。かまってやれなくて」
 ある夜、シロンはドードに夕食を食べさせながら言った。
(気にするな。お前が良くしてくれるおかげで不満はない。新しい注文があった時には遠慮せずに言う。お前はお前の未来を考えろ)
「ありがとう、ドード。君はぼくの友達だよ」
(なあ、シロン。その『ぼく』という言い方、おかしくはないか――お前は女なんだから)
「でも女だってばれると、なめられるだろ」
(そうかな。覇王もドロテミスもツクエも皆、わかっているはずだ。気付いてないと思ってるのはお前だけじゃないか)
「いいんだよ。ぼくは女である事は捨てた。早くツクエ将軍みたいに強くなりたいんだ」
(ふーん、人間は面倒くさい生き物だな)
「あ、将軍との稽古に遅れちゃう。早く食事を終わらせなよ」
(無理するなよ。おれの方の片づけは後回しでいいぞ)

 
 その晩の稽古を終え、再びドードの下に戻ろうとしたシロンは、覇王の住居の方にちらっと蝋燭の灯りを認めた。
 何の気なしに近付くと、誰かが廊下に出て蹲っているようだった。
 シロンは思い切って声をかけた。
「あ、あの、どうなされました?」
「あら……」
 顔を上げたのは、茶色の髪の美しい女性だった。ちょうど顔を出した月の光に照らされたその頬には涙の跡が光って見えた。
「こ、これはヴィオラ様。失礼いたしました」
 シロンが非礼を詫び、急いでその場を離れようとするとヴィオラが呼び止めた。
「待って……あなた、シロンだったわね」
「はい。左様にございます」
「今、忙しいかしら?」
「いえ、後はドードの小屋に戻って話をして寝るだけですから」
「じゃあ、少しお話をしましょう。いいわよね」
「もちろんです」

 
「我が王があなたの話をよくするのよ。小さな体でまるでコマネズミのように動き回るって」
 ヴィオラは廊下に背をもたれて月を観ながら話し出した。
「本当でございますか?」
 シロンは直立不動のままで答えた。
「本当よ。でもこうやって間近で見ると本当に華奢ね。私の妹みたいだわ」
「妹でございますか――」
「ごめんなさい。気を悪くした?」
「いえ」
「我が王はずいぶんとあなたに期待されているみたい。早くドロテミスやツクエと並ぶ将軍に育ってほしいみたいだわ」
「私などとても。我が王のお役に立てる日が来ればいいのですが」
「大丈夫よ。私には『閃光剣士隊』の先頭に立つあなたの姿が目に浮かぶわ」
「そうなれるよう努力いたします」
「あら、ごめんなさいね。あまり長話をしているとドードが淋しがるわね。ありがとう、シロン。またお話しましょうね」
「こちらこそ私のような者にお言葉をかけて下さり、感謝の言葉もありません。では」

 立ち去ろうとするシロンの手をヴィオラが握った。
「――ねえ、シロン、約束してくれない?」
「は、はい。何でしょうか」
「たとえこの先、何が起ころうとも、あなたはあなたの人生を生きて。その貴重な命を落とさないと約束して」
「……はい」

 シロンはヴィオラと別れ、ドードの小屋へと向かった。
 何と美しい人なのだ。でもあの方は泣いてらっしゃった。あの方の哀しみの理由はわからないが、それを晴らすためなら何だってやる、シロンは青白く冴えた光を放つ月に誓いを立てた。

 

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 Story 2 閃光剣士隊

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