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3 試合
シロンは覇王の軍に同行できる事となった。とは言っても、あくまでもドードの世話係としてドードの調子を覇王に伝えるだけの役目だったが、覇王は大いに満足した。
数日経ったある日、調練の帰りにドロテミスが話しかけた。
「おい、シロン。大したもんだな。我が王の機嫌のいい事ったらないぜ」
「はい」
「だけど本当はお前、兵士になりたいんだろ?」
「えっ、でもドードの気持ちがわかる人間は他にいませんし」
「……無理すんなって。ところでお前の剣技の腕前はどれほどのもんだ?」
「ツクエ将軍やドロテミス将軍に比べれば、おままごとのようなものです」
「そりゃそうだ。比較する対象がおかしい。だから今日からお前に稽古をつけてやる」
「えっ、本当ですか?」
「毎日夕飯を食った後に練兵場の広場でどうだ?」
「はい、よろしくお願いします」
その晩、シロンが松明の灯る練兵場で待っているとドロテミスとツクエが現れた。
ドロテミスは大剣ではなく普通のサイズの剣を持っていた。
「シロン。お前の得物は何だ?」
「はい。体も小さいですし、小剣が」
「そうだろうな。ほれ、これを使え」
ドロテミスは一振りの小剣をシロンに手渡した。
ドロテミスとシロンが互いに剣を抜き、構えの姿勢に入ろうかという所でツクエが言った。
「しばし待て。拙者が筋を見よう」
ツクエは唖然とするドロテミスを尻目に腰の刀をすらりと抜き、すぐに鞘に納めた。
「さあ、かかってくるがよい――良いか、シロン。もしも拙者がお主の剣を認めなければおとなしくドードの世話係を続けろ。それが嫌なら故郷に帰るのだな」
「は、はい。いきます」
シロンは一つ息を吐き、ありったけの力で剣を突いた。ツクエはシロンの切っ先を難なく躱し、腰の刀を抜く事もしなかった。
ドロテミスはにやにやしながらこの成行きを見守っていた。
シロンの絶え間ない突きで、ツクエはじわじわと練兵場の壁に向かって追い込まれた。
ツクエを壁に追い詰め、喉元に狙いをつけたその時、ツクエの手が腰の刀に触れた。
「殺される」、瞬時に判断したシロンは慌てて五メートルあまり飛び退いた。全身から汗が吹き出し、体の震えを止める事ができなかった。
「そこまでだ」
ドロテミスが静かに言い、ツクエの顔を覗き込んだ。
「ふん、太刀筋を知らぬ割にはよく避けた」
「ツクエ、お前、そのまま斬り捨てるつもりだったろう」
「まさか。それほどの殺気は込めてはおらん。だが二度と剣は握れなくなったかもしれんな」
「お前という奴は――シロン、どうだった?」
「はい。ありがとうございます。やはりツクエ将軍は強うございます」
「そんな腕ではとても戦場に出るのは無理だ。だがあれだけの距離を飛び退いたお主の判断は正しい。拙者の間合いを本能的に理解したという事だ」
「どこまでも将軍の刀の切っ先が伸びてくる気がいたしました」
「ふん、臆病者め」
ツクエは背を向け、兵舎に戻りかけて立ち止まった。
「シロン、小剣であれば我が王が『スパイダーサーベル』という銘剣を持っておられる。それを頂けるように精進するのだな」
ツクエが去った後、ドロテミスが近寄ってきて大笑いをした。シロンはまだ肩で息をしていた。
「あいつは、全く。素直じゃねえなあ」
「と言いますと?」
「合格だよ。ツクエはお前の才能を認めた。まあ、明日の夜になればわかるって」
果たして次の夜からはドロテミスとツクエが交替で剣の稽古をつけてくれるようになった。シロンは二人の剣豪に鍛えられ、みるみるその才能を開花させていった。
しばらく経ったある朝の調練で覇王がシロンに話しかけた。
「シロンよ。明日からはお前も兵として調練に参加するがよい」
シロンは嬉しさのあまり言葉を忘れた。ドードの顔を見るとドードも嬉しそうに喉を鳴らしていた。