目次
3 封印の山
サフィとワンガミラは再び宇宙空間を疾走した。
「どうやら私たちは《祈りの星》も飛び越えて、その先まで来たようですね」
サフィが言うとワンガミラは「すまぬ」と言って頭を下げた。
「いや、あなたほどの推力の持ち主には初めて出会いました。これならたとえ遠い外の世界からでも来る事ができるでしょう」
「……外の……世界?」
「ええ、この銀河と呼ばれる宇宙の外にも同じような銀河が幾つもあるのだそうですよ。普通にシップで旅をしようとすれば途方もない時間がかかるらしいですが、チオニで見た不思議な黒い闇のように、私たちの知らない形で外の世界につながる場所を通れば一瞬で行けるらしいです」
「……」
サフィがその話をした後からワンガミラは考え事をするようになり、無口になった。
シップは隕石地帯を横目に見て、大きな城が幾つも地表に建てられている星に出くわした。降りてみたかったが、無口になったワンガミラに気を遣い、そのまま進む事にした。
そこから大分進んだ所で、今度は霧に包まれた幻想的な星を発見した。サフィが様子をちらと窺うと今度はワンガミラは小さく頷いた。
星に降りると、深い霧と大きく育った緑の木々が二人を出迎えた。
サフィはことさら陽気な声を上げた。
「うーん、この星も違うようだなあ」
顔も良くわからないくらいの濃い霧の中でワンガミラが思いつめたような声で言った。
「サフィ、遠くまで連れて来てもらってこんな事を申し上げるのは甚だ無礼だが、ここでお別れしよう」
「えっ、では――記憶が戻ったのですか?」
「いや、まだだが……貴殿が外の世界の話をされた時にぼんやりと理解した。私はこの宇宙ではない遠い場所から船に乗ってやって来たのではないかと。だからこれ以上旅を続けても記憶が戻る事はないと思う」
「私は一向に構いませんよ。この先の星であなたの記憶が戻るきっかけが掴めるかもしれませんし」
「……実はもう一つ。私の中の何かが『この先に行ってはいけない』と告げている。それもあってここでお別れしたい」
「なるほど。そういう事情があるのであればお引止めはしません。ただあなたのお気が変わった時のために、再びここに戻ってきましょうか?」
「ありがたいがそれも不要だ――貴殿の事は決して忘れぬ。記憶が戻らないのに『忘れない』などと言ってはいけないが、本当だ。では」
ワンガミラは霧の中に消えた。
再び一人ぼっちになったサフィはシップに戻った。
この世界に生まれた者で、意味のない者などいない。おそらくあのワンガミラも何かの目的を持ってこの世に生を受けたはずなのだ。果たしてそれは何だろう――そこまで考えてサフィは何故、あの男にそこまで心を奪われるのか、妙な気分になった。
次の星を発見した。かなりの大きさで文明も存在しているようだった。
星に降り立って町らしき集落に入っていったが、どうやらそれほど発達した文明のようではなかった。
サフィは一人の住人に星と町の名を尋ねた。頭の両脇を剃り上げ、残った中央部の黒髪を固めた不思議な髪型をしていた。
「ここは《起源の星》、町の名はヤスミ、ヤスミというのはあらゆる方角という意味で――」
話が長くなりそうだったので、サフィは遠くに見える山を指差し、その名を尋ねた。
「ああ、あれか。あれは『封印の山』。誰も入ってはならぬ場所だ」
「王族の墓所とか儀式を行う神聖な場所とか、そういう意味でしょうか?」
「いや、昔から入ってはいけないものとして扱われている。だから誰も入らない」
「入ると災厄をもたらす?」
「そんな訳でもない。何しろ入ろうと思っても入れない。いつの間にか山の麓に戻されてしまうのだ」
俄然、その山に興味が湧いた。登っていていつの間にか戻されるという事は、何かの術か、或いは空間が繋がっていると推測した。夜闇の回廊では腰がひけたが、どこかでこういった次元を超える恐怖を克服しなくてはいけないのだ。
サフィは山の麓に着いた。ヤスミで会った男の言った通り、柵や縄で閉鎖している訳でもなく普通に細い山道が上に続いていた。
山道を登り出し、中腹くらいに差し掛かった所で急に辺りの景色が歪み出した。
「来たな」と思い、久しぶりに近くの地面に棒きれで『羅漢陣』の模様を描き、創造主の加護を求めた。
「銀河に眠る真の力よ、我に力を貸したまえ」
すると今までに無かった真っ白な光が地面から湧き上がり、サフィを包み込んだ。
「こ、これは――新しい創造主の力か」
光に包まれたままでサフィは辺りを見回した。それまで見えていた山道の脇にもう一本の細い道が上の方に続いているのがはっきりと見えた。
サフィはためらいなく、新しく見えたもう一本の道を選んで歩き出した。
山頂には見慣れない物が鎮座していた。いや、鎮座しているのではなく、山頂にその一部だけを露出させていた。それは不思議な白っぽく光る金属でできた巨大なシップの一部か、或いは何かの機械の一部に見えた。
サフィがその物体に近寄ってしげしげと眺めていると突然に背後で声がした。
「ここまで来る者がいるとは」
サフィは慌てて振り返り、その男と正対した。男はつるつるの頭に鋭い目と赤い唇、どこか陶器を思わせるすべすべした肌をしていた。白いローブを羽織り、足音も立てずにサフィに近付いた。
「これは失礼致しました。封印の山と聞いておりましたが、好奇心に勝てずに登ってしまいました」
「まあ、よい。興味だけで登ってこれるものではない。あの空間の歪みを越えるとは、さすがは『死者の国』から生還した男だ」
「……何故、私の事を?」
「もっともそれだけでお前がここに来る事ができた訳ではない。お前、ケイジと接触したな?」
「ケイジとは――もしかするとあのワンガミラの名前ですか?」
「それを知る必要はない。過度の好奇心は身を滅ぼす」
「構いません。どうせ『死者の国』で滅びたようなもの。今更、この身など惜しくはありません」
「噂通りの面白い奴だ。おれの名はナヒィーン。ここから追い出す前に少しだけ話をしてやろう」
「ナヒィーン様はここで何をしていらっしゃるのですか?」
「時が来るのを待っている。答えられるのはそれだけだ」
「あのワンガミラ、ケイジはすぐ近くの霧の深い星にいます。あなたが彼をご存じであれば、彼をここに呼んでもよろしいでしょうか?」
「ならん。まだその時ではない。そのような真似をすればケイジの記憶を再び消さねばならん」
「ケイジの記憶を消したのはあなただったのですね?」
「これから様々な場所を放浪してかりそめの記憶を積み重ねていくはずだったのだ。ケイジの本当の記憶はこの場所でしか蘇らない。ところがお前のせいで予定より大分早く、こんな近くまでケイジが来てしまった。だからケイジがここに来たなら記憶を消すしかない」
「言われている事がよく理解できませんが」
「言ったろう。知ってはいけない事だと――これ以上、お前がお節介を焼かないようにこちらにも策がある」
「それは?」
サフィが身構えようとしたのを見て、ナヒィーンはくすりと笑った。
「安心しろ。お前の旅の終着点に連れていってやろうというのだ。それならば文句はあるまい」
「どういう意味でしょうか?」
「お前はこの銀河の人々を救うために、永遠の命を得て、完全な智を身に付けたいと願っている。そうだな?」
「はい」
「だったらそれにふさわしい場所を教えてやろうというのだ」
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