目次
2 美しい景色
サフィとワンガミラは《享楽の星》を後にした。
「シップとはどのようにして進むものなのか?」とワンガミラが尋ねた。
「人間の精神力に似た『推力』と呼ばれる力です。どうです、あなたも操縦してみませんか?」
サフィには興味があった。『持たざる者』に比べて三界の人間は皆、無尽蔵とも言える推力を持っていた。ならばこの以前の世界の生き残りはどれくらいの力を持っているのだろう。そう考えてワンガミラを操縦席に誘った。
「そこに立って精神を集中して下さい。シップを前に進めるイメージを心の中で描くのです」
ワンガミラは目を閉じて精神を集中した。すると次の瞬間、サフィがこれまでに経験した事のない速さでシップが動き出した。
「……あ、ちょっと」
サフィは途中で耐え切れずに意識を失った。
「……サフィ」
肩を揺さぶられてようやくサフィは目を覚ました。目の前には心配そうに覗き込むワンガミラの顔があった。
(そうか、あまりの推力に耐えきれずに気を失ったか)
サフィは立ち上がるとワンガミラに尋ねた。
「情けない事に気を失いました。ここはどのへんでしょうね?」
「私にもあっという間の出来事で何が何だかわからぬが一つわかった事がある。以前にもこういった船に乗った経験があるようだ」
「おお、少しだけ記憶が戻りましたね。まあ、ここがどこかはおいおいわかるでしょう。どうせ行く当ての無い旅、のんびりと進みましょう」
サフィとワンガミラのシップはやがて一つの星団を発見した。
「どうやら恒星から数えて三つ目のあの星に文明がありそうですね」
サフィが指差す先にはあまり大きくない青い星があった。
「美しい星だ」
「そうですね、行ってみましょう」
シップが雲を突き抜けると眼下には青い海と緑の大地が広がっていた。
「……本当に美しい」
「ちょっと様子を見てみましょうか」
サフィたちは空から地上の様子を見て回ったがあまり文明の発達した感じではなかった。
「ご存知でしたか。こういう恒星の周りを回る星では『季節』と呼ばれるものがあるそうですよ」
「――それは具体的にはどういうものだ?」
「さあ、実際に見るのは私も二度目です。今、私たちの眼下の大地には美しい花が咲き乱れていますが、それがやがて温度が上がり砂漠のようになって、そして温度が下がって雪が降る。同じ場所なのに暑くなったり寒くなったり、そういう事でしょう」
「それは素晴らしい。いつか記憶が戻ったらこの星に暮らしてみたいものだ」
「ですが文明のレベルが低そうです。こんなに美しい星なのに残念だ」
「どうにかなる」
「まずは、ここの場所を特定できるかですね――ああ、そうだ。種を植えていきましょう」
サフィたちは着陸できそうな場所を探して地上に降り立った。
弓なりに連なった島々の中ほどにある湿地帯だった。
気がつけばアビーから預かった麻袋の中には種が一個しか残っていなかった。
「これが最後の一個か」
「それは?」
「さあ、強いて言うならば『祝福の種』とでも言いましょうか」
「ふむ」
そうは言ったもののサフィの手の中の最後の種は今までのどれとも異なっていた。
(これは……祝福ではない。災厄とも違う。一体、何をもたらす種なのだ)
サフィは少し不安な気持ちのまま、湿地に種を植えた。