1.8. Story 1 チオニ

2 新しい息吹

 サフィはシップを《魅惑の星》に向かわせた。機内には依然として何かが潜む気配があったが気にしない事にした。

 その辺りは星団の密集地帯だった。青い星団、白い星団、緑の星団、赤い星団が比較的近い距離に存在していた。
「スクート様が言うには青い星団の中に《魅惑の星》があるそうだ。そこのムスク・ヴィーゴという町にムスクーリ様がおられるという」

 サフィはシップを《魅惑の星》の大気圏内に突入させた。淡いピンク色の空の下の大陸には堅固な壁を幾重にも張り巡らせた城塞のような集落が点在していた。
「どれがムスク・ヴィーゴだろうな」
 サフィは一つの集落の近くでシップを停めた。シップを停められるような広場が他の集落にはなかったからだった。

 
 軽く足を引きずりながら集落の中に入ってきたサフィの様子を三人の子供がじっと見ていた。
 体格のいいガキ大将のような少年、切れ長の目をした袷のような服を着た少年、そして三人の中で一番背は小さかったが賢そうな、それでいて愛嬌のある目をした少年が集落の入口脇に立っていた。
「……なあ……違うだろ……」
「……やっぱり……方がいい」
 サフィは神経を集中させて少年たちの会話を聞き取った。どうやらサフィの正体を論じているようだった。

 
 サフィはまっすぐ集落に向かわずに突然に少年たちの方に向き直った。
「ねえ、君たち。ムスク・ヴィーゴはここかい?」
 いきなり問いかけられた少年たちは慌てたようだったが、すぐに一番小柄な少年が答えた。
「人に物を尋ねる時は……どこから来た誰かを名乗るのが礼儀かと思います」
 サフィは少年の言葉に思わず微笑んだ。
「その通りだね。すまなかった――私はどこの星に住んでいる事になるのか、強いて言えば旅人かな。サフィ・ニンゴラントという者だよ」

 三人の少年はこの風変わりな白髪の訪問者を胡散臭げに見つめたが、やがて一番小柄な少年が何かを思い出したように叫んだ。
「あっ!もしかするとウシュケー様のお師匠に当たる方ですか。確かサフィという名だったような」
「知っているのかい?そう言えばウシュケーの教えはこの辺でも広く伝わっているらしいね」
「失礼しました!」
 小柄な少年が背筋を伸ばして答え、他の二人はきょとんとしてこの様子を見ていた。
「ウシュケー様のお師匠様とは知らずに生意気な口を聞いてしまい、お許し下さい」
「いや、気にする事はないよ。君は熱心なバルジ教信者なんだね?」
「はい。この星で一番多くの人間に信奉されています。ウシュケー様自ら、この星に足をお運び下さったのだそうです」
「私がウシュケーと行動を共にしていた事までよく知っているね?」
「もちろんです。『シーホ書』に《古の世界》の事が詳しく書いてありますから」
「――なるほど。シーホがね」
「サフィ様は用があってこの星に来られたのでしょうか?」
「ああ、ムスクーリという方にお会いして渡す物がある」
「ここはムスク・ヴィーゴです。私たちが屋敷までご案内します」

 
 サフィは少年たちに先導されて、露店の立ち並ぶ石畳の道を進んだ。
「そう言えば君たちの名を聞いてなかったね」
 サフィが言うと、先頭を歩いていた小柄な少年は立ち止まって振り返り、頬を真っ赤に染めて答えた。
「私たちのような子供を一人前に扱って下さるなんて――私はテオと申します。そして」
 ガキ大将のような少年が答えた。
「ドロテミスってんだ。よろしくな」
 切れ長の目の少年も答えた。
「ツクエだ」

「ふむ。テオたちは大人になればムスクーリ公に仕えるのかい?」
「もちろんです。私たちは後五年も経てばムスクーリ公の剣士隊に志願します」
「五年……それは何だい?」
「季節が一回りするのが一年ですが」
「ああ、ルンビアが言っていたな。何昼夜で一年なんだい?」
「この星では三百五十日です」
「なるほど。実に理にかなった考え方だ」

 
「公こそがこの星の覇者、そして銀河の王となるお方なんです」
「それはどうだろう。銀河の王となるのは難しいと思うよ」
「サフィ様、どうしてですか?」
「現に私は銀河の端の《虚栄の星》から戻ってくるだけで……そうだな、君たちの表現を借りれば何十年という時を費やして、こんなおじいちゃんになってしまった。統一するには、銀河はあまりにも広く、人間の寿命はあまりにも短い」
「そんな」
「シップの航行技術、離れた場所とも瞬時に意志を伝え合う事ができる技術、そして意識を共有し合うネットワークが確立されない限り、銀河の王は現れないだろうね」

「……三つ目はバルジ教の事ですか?」
「ふむ、それは面白い物の見方だね。君たちは全員敬虔なバルジ教徒かい?」
「いえ、こいつらは宗教なんかに興味ありません。ドロテミスはケンカの方が好きですし、ツクエには違う考えがあるようです」
「皆、腕が立つようだ。武力だけでどこまでやれるか、興味深いね」
「少なくともこの星団と近くの三つの星団、そこは制圧できます」
「そこから先は?」
「偉そうな事を言いましたが、何もわかってないんです。この周辺の星団の先にどんな文明を持った星が存在しているかなど。商人たちから聞きかじった知識しかありません」
「五年後が楽しみじゃないか」
「はい――ここがお屋敷です。今、衛兵に伝えてきますから」
「では将来の君たちの雇い主に会わせてもらおう」

 
 サフィは屋敷まで案内してくれたテオたちに丁重に礼を言った。
「そうだ。頼みがあるんだが」
「何でしょうか?」
「どこでもいい。これをこの星のどこかに埋めておいてくれないか」
 テオの掌の上の物を覗き込んだドロテミスがあきれたように言った。
「何だよ。ただの種じゃねえか」
「ドロテミス。サフィ様が下さったんだ。ただの種であるはずがない」
「うん、さしずめ『祝福の種』とでも言っておこう」

 サフィはあっけにとられる少年たちを残してムスクーリの屋敷、屋敷というよりは城壁に囲まれた城に入っていった。

 
 当主のチキ・ムスクーリが出迎えた。チキは情熱的な瞳の中年に差しかかろうかという男だった。
「これはサフィ様。わざわざ足をお運び頂きまして」
「私をご存じですか?」
「もちろんでございます。ウシュケー様の師匠に当たる方、この世界で最も偉大な方ではありませんか」
「そこまで持ち上げられるとくすぐったい」
「いえ、冗談で申しているのではございません――本日は何用で?」
「ウシュケーに関する用事ではないんだ。《守りの星》のスクートという名に覚えがおありでしょうか?」
「もちろんでございます。あれは酷い事件でしたから――

 

【チキ・ムスクーリの回想:スクートとの出会い】

 ご存じかもしれませんが、この星は数名の有力者がしのぎを削っている状態です。数年前、ここより西に行った所にデルトン公という者が治めるその名もデルトンという町との争いが起こりました。
 小競り合いがしばらく続いた後、夜襲を命じ、デルトンは陥落致しましたが、デルトンの町に入り、そこで唖然としました。
 デルトン公の屋敷の地下に広大な地下牢が連なり、多くの囚われの人々がいました。背中に翼のある人、魚のような人、モグラのような人、胸に穴の開いた人、様々な種族が数百人、鎖につながれていたのです。
 彼らを解放しそれぞれの故郷に返しました。その時に空を翔る者を引き取りに来られた指導者の名が確かスクート殿――

 

「スクート様もそう申しておりました」
「ふむ、サフィ様はスクート殿と親しいのですか?」
「ウシュケーや私も奴隷でした。スクート様はそんな私によくしてくれた上司です」
「おお、そうでしたな。滅びた《古の世界》では人間は奴隷だったと『シーホ書』にありました」
「……人間……そうですね。で、ダルトン公はどうなりました?」
「別の有力者の支配地に逃げ込みました――今や、この星の争いは奴隷交易で暴利を貪る勢力と、私のような敬虔なバルジ教徒の勢力の間の星を分かつ戦いへと変質しております」
「ムスクーリ様のご武運をお祈り致します」

「それは心強いです――それでスクート殿のご用件は?」
「忘れる所でした。これを」
 サフィはそう言って懐から豪華な刺繍のついた短剣の袋を取り出した。
「これは『ラムザールの宝剣』と言って……空を翔る者にとって大切な宝です。詳しい謂れを知りたければウシュケーに訊いて下さい」
「いえ、滅相もない。それほど大事な宝を……我がムスクーリ家が責任を持って保管致します。何しろサフィ様自ら足をお運び下さったのですし」
「私は旅の途中ですからスクート様も頼みやすかったのでしょう」

「旅の途中という事はこの後、《祈りの星》に向かわれるおつもりですか?」
「ウシュケーのいる星ですね。数十年会ってないなあ」
「ウシュケー様も最近ではあまり布教に出る事もなくなりました。ムシカの町に留まっておられるはずです」
「……いや、ウシュケーに会うのは止めておきましょう。ちゃんとやれているどころか、銀河一の宗教を興し、大成功を収めている。今更、私の出る幕でもありません。彼に会う機会があったらムスクーリ様からよろしく伝えておいて下さい」

「ではどちらに向かわれるのですか?」
「ムスクーリ様はどこに行けばいいと思われますか?」
「そうですね。サフィ様の興味を引くような星……サフィ様、ワンガミラはご存じですか?」
「ええ、名前だけは。『沼地に住む者』ですね」
「隣の星団、《幻惑の星》に彼らが暮らす地がございますよ」
「それは興味深いですね」
「とりあえず今晩はここにお泊りになって下さい」

 
 その晩、サフィはムスクーリ家の当主チキ、その妻、そして一人娘のヴィオラと食卓を囲んだ。ヴィオラは幼かったが、憂いを帯びた美しい少女だった。
「ヴィオラは幾つになるんだい?」とサフィが訊ねた。
「はい。十二になります」
 サフィは、将来、とてつもない美女になるであろうこの少女と町の入口で会ったテオが一緒になればいいと心の中で思った。

「ところでサフィ様」
 チキがサフィに話しかけた。
「サフィ様は相手が人間でなくとも心を通じ合わせる事ができると伺っております」
「それは雷獣の事を言っているのかな。大分話が脚色されているようですが」
「実は見て頂きたいものがございまして。後程、お休みになられる部屋に案内がてらお見せ致します」

 
 サフィはチキとヴィオラに連れられ、一旦屋敷の外に出て、来客用の建屋に向かった。途中でチキが声を潜めて言った。
「こちらでございます」
 途中で右に曲がると、そこは家畜をつないでおく小屋だった。
「ここにおりますのは軍用のビル・ホース、くちばし馬たちです。戦の際にはこれらにまたがって戦場に赴きます」
 チキは説明をしながら一番奥の小屋に向かった。
「この小屋の中をご覧下さい――あくまでもそっと、中の住人を刺激しないようにですよ」
 言われるままに中を覗き込むと、そこには異形のものが横たわっていた。くちばし馬と違って全身が白い毛で覆われていた。大きさはくちばし馬よりも更に大きく、何より特徴的だったのはやはり白い毛に覆われた大きな耳が垂れ下がっている所だった。

「これは?」
「耳熊でございます。元来、耳熊というのは臆病で小さな生き物でして、集団で山に暮らしますが、この耳熊、ドードはあのような図体、突然変異というのでしょうな。しかも性格も粗暴、何人もが傷を負わされております」
 小屋の中の耳熊が声に気付き、サフィたちの方に振り向いた。目は赤くらんらんと燃え、牙をむいて威嚇の素振りを見せた。
「ムスクーリ様はこの生き物をどうされたいのですか?」とサフィが訊ねた。
「……ドードに乗って戦場を駆け巡れれば、どんなにか心強いか、その思いだけです。ですがこんなに粗暴ではそれもままなりません」
「私にドードと意志を通じ合わせてみろという訳ですね」

 
 サフィはチキの返事を待たずに小屋の中のドードをまっすぐに見つめた。ドードは威嚇を止めずに目の前の男に食いつきそうな素振りを見せた。
(――君はドードだね?)
(……お前、誰だ。どうしておれと話ができる?)
(私はサフィ・ニンゴラント。名前を聞いた事くらいは――)
(知ってるぞ。耳熊は物知りだ。あのサフィが何でこんな場所に?)

 チキとヴィオラは睨み合うサフィとドードの間に何かが起こっているのだけは理解したが、その話の内容まではわからずに、不安そうな表情を見せた。
(君が乱暴な理由を知りたくてね。元々、そんな性格じゃないだろ?)
(ああ、図体こそ桁外れにでかいが、おれは耳熊だ。人を取って食う訳じゃない。おれが怒ってる理由は誰もおれを理解せず、使いこなせそうにないからだ)
(ふーん、やっぱりね。だったら心配ないよ。今から五年の辛抱だね。そうすれば君を理解し、使いこなせる英雄がやってくる)
(本当か……あんたが嘘をつくはずないよな)
(だから未来を見据えて、少しおとなしくしていた方がいい。五年経てば思う存分暴れられて、君の名はこの星だけでなく、周りの星にも響き渡る)
(わかったよ。静かにその時を待つ)

 
 サフィは満足そうに微笑んでからチキとヴィオラに向き直った。
「これからはおとなしくするそうです。但し戦場に出すのは彼に見合う技量の持ち主が現れてからでないと無理です。ドードにもプライドがありますから」
「うーん、人を襲わなくなるのは良いですが、戦場に出せないのでは……」
「心配ありませんよ。五年も経てば彼を乗りこなせる勇者が来ます」
「……それは?」
「この町に暮らす三人の少年、テオ、ドロテミス、ツクエ。テオがドードのいい相棒になりますよ」
「サフィ様はそのような事までご存知でしたか。彼らは戦乱で親を亡くしましたが、まっすぐに育った子たち。いつかは召し抱えようとは思っていました……これは早速明日にでも出仕させねばならんな」
「慌てる必要はありませんよ――ドード、テオが出仕するまでの間の君の世話はここにいるヴィオラがやってくれる。それでいいね?」
「えっ、私がでございますか?」
 いきなり名前を出されたヴィオラは困惑したようだったが、ドードが嬉しそうに一声吠えるのを聞くと笑い出した。
「お父様、ドードがあんな声を出すなんて。私、サフィ様のお言葉に従って世話をしますわ」
「うーむ、サフィ様。本当に大丈夫でしょうな。何せ、大事な一人娘。もしもの事があれば」
「心配ありません。ドードは戦場を駆け巡る日を心待ちにしています。もう昔のドードではありませんよ」
 ドードはまた嬉しそうに一声吠えた。

 

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