目次
4 スノウ・グラス
セリはうきうきする気分を抑えられずにいた。
初雪が降る夜にだけ北の山に出現すると言われる伝説の鉱物、スノウ・グラス、今夜はそれが見つかりそうだった。
しかもルンビアが北の山までエスコートしてくれると言う。
忙しい彼にわがままを言うのは気が引けたが快諾してくれた。
大好きなルンビアと一緒に幻の鉱物を発見する事ができたならどんなに素敵だろう。もしかすると正気を失ってしまうかもしれない。
一日中上の空だったセリは待ち合わせ時間よりも大分早くにペイシャンスの目抜き通りにやってきた。
今にも雪が降り出しそうな寒さの中、家路を急ぐ人々を見ていたセリは奇妙なものに目を留めた。
道路の真ん中だけがほんの僅かだが不自然に盛り上がってどこかに続いている。
盛り上がりはあまりに微か過ぎて、地の精霊の血を引くセリにしか気付けないほどだった。
モグラ穴?
もしもこれがモグラ穴だったら父か父の仲間が残したものに違いない。
でもどうしてこんな場所に?
まだ予定時刻まで間があるセリは道路の盛り上がりを追いかけてみる事にした。
十分ほど跡を辿ってたどり着いたのは丘のはずれにある廃材置き場だった。
セリはごくりと息を呑んでから廃材置き場にそっと忍び入った。
置き場の中ではデデスが驚愕していた。
目の前のダンサンズの姿がどんどん変わって、いや、どんどん崩れていったからだった。
最終的にダンサンズは、身の丈二メートル以上の巨人に変わっていた。
「どうだ。バクヘーリアの力は。驚いたか」
ダンサンズはくぐもった声で言った。
「ああ、驚いたぜ。あんた、そんな姿になったらもう元には戻れないだろ?」
「関係ねえな。このままの姿でこの星を荒らし回ればいいんだ」
「あんたの手下も怯えてるぜ」
確かに十人ほどいたダンサンズの手下たちは怯え、今にもこの場から逃げ出しそうだった。
「てめえら、何ビビってんだ。しっかりしやがれ」
ダンサンズが手下の一人に向かって左手を上げると、左手は鋭いムチのような形になって手下に襲いかかり、首が胴体と離れて転がった。
「ひゃああ」
悲鳴を上げる手下たちを尻目にダンサンズは陽気だった。
「へへへ。こいつはいいや。これならどうだ」
今度はダンサンズの両手が巨大な鉤爪の形に変形し、逃げ惑う手下たちを手当たり次第に刈り取っていった。
「おい、ダンサンズ」
デデスがたまらず声をかけた。
「あんた、どうかしてるぞ」
「ふぇ」
振り向いたダンサンズはすでに人間の姿を失っていた。半分液状化して溶けかかった茶色い何か、目のあった位置には申し訳程度に洞のような穴が開いていた。
「お前の番だあ」
襲いかかるダンサンズだったものの触手をデデスは地面に潜って避けた。
ダンサンズの背後の地面から再び姿を現したデデスはダンサンズに言った。
「気の毒だな。元がへなちょこだったからかこんなもんか。それじゃあ勝てない」
「ふわぁぁ」
おぞましい雄叫びを上げながら襲いかかるダンサンズだった何かの攻撃を避けながらデデスは思った。
「早いとこ引導を渡してやるか。こんな奴捕縛しても仕方ないからな」
デデスは廃材置き場に落ちていた丸太を拾い上げ、ダンサンズだったものに「来い」と手をしゃくって合図した。
「……お父さん」
かつてダンサンズだったおぞましいものと向き合ったデデスの背後で聞き慣れた声がし、思わず振り返った。
「……セリ。お前、どうしてこんな場所に」
「穴が開いていたでしょ。だから心配で――」
「急いでこの場を離れろ。いいか――
デデスは背中に猛烈な痛みを感じてその場で倒れ込んだ。