1.7. Story 5 呪われた丘

3 ダンサンズ

 今にも雪が降り出しそうな冷え込む夜で、建設ラッシュに沸き立つペイシャンスのメインストリートも出歩く人の数はまばらだった。

 一人の妙な男がいた。
 毛布のような布を顔が隠れるまで覆い、酒にでも酔っているのか、ふらふらと足元の定まらない様子で街角を行ったり来たりしていた。
 酔いつぶれて凍死するぞ、男に手を貸そうと考える人もいただろうが、大半の人間はそれよりも恐ろしい『カラス団』に襲われたらたまらないと、見て見ぬ振りを決め込み家路を急いだ。

 
 やがて酔っ払い以外の姿が街角から消えた一瞬に、それは起こった。
 横道から数人の黒ずくめの服装の男たちが辺りの様子を窺うように現れ、相変わらずふらふらと彷徨う酔っ払いに近寄っていった。
 
 酔っ払いは近付く男たちに気付かないまま、足をもつれさせ、バランスを崩して近くの横道に転げ込んだ。
 虚をつかれた黒ずくめの男たちは慌てて酔っ払いの後を追い、灯りのない真っ暗な横道に駆け寄った。

 不思議な事に酔っ払いの姿はどこにもなく、黒ずくめの男たちは一様に首を傾げた。
「変だな。確かにここに入ったのに」
「気味が悪いぜ。最近、親分が夢中の『あれ』と関係があるんじゃねえか」
「止せよ。でも確かに気味が悪いな――今夜は人も少ないし、一旦引き上げるか」

 
 黒ずくめの男たちはその場で黒装束を脱ぎ捨て、普通の格好に戻り、メインストリートを黙って歩き出した。
 すれ違う人にも怪しまれる事なく、男たちは丘のはずれにある廃材置き場に着いたが、酔っ払いを見失った地点から廃材置き場に至るまで、男たちの後方五メートルの道路の中央部がほんの微かに、もこもこと動いていたのには誰も気付かなかった。

 
 廃材置き場では数人の男たちが焚き火を囲んでおり、一段高い場所にはリーダーらしき人物がいた。
「どうした。早いじゃねえか。羽根は置いてきたのか?」
 リーダーらしき人物が声をかけると街から戻った男の一人が答えた。
「こう寒くちゃ人も出てねえっすよ。途中で消えちまう気持ち悪い酔っ払いもいたし、あきらめて帰ってきました」
「……途中で消えただと?」
「ええ、親分が好きな『あれ』と関係があるんじゃねえかなんて」

「バカ野郎、一緒にすんな。いいか。言っとくぞ。あともう一息ってとこまで来てんだから気を抜くんじゃねえ。あの忌々しい獣たちと丘の代表たちとの関係はかなり険悪になってる。モデスティの助役に聞いたから間違いねえ」
「親分はそんなにあいつらが嫌いなんすか?」
「あいつらはおれの奴隷だったんだ。ドミナフが種族に関係なく暮らせる世の中なんて言ってるが甘いぜ。あのルンビアって羽根のあるクソガキがいるだろ。あいつが昔住んでた星では獣たちがおれたちを奴隷にしてたんだとよ。ちょっとでも油断すりゃこの星だってそうなっちまうんだ」
「本当っすか?」
「ああ、おれは奴隷にならないで済む方法を知ってる。それはよ、こっちの方が早くあいつらを奴隷にしちまえばいいんだ――

 
「なるほどな」
 男の言葉は突然聞こえた声で遮られた。
「誰だ?」

 廃材置き場の地面が盛り上がるとそこから顔を出したのは酔っ払いの扮装をしたデデスだった。
「久しぶりだな。ダンサンズ」
「やっぱりてめえだったか」
「あんた、ルンビアに命を助けてもらった割にはずいぶんな物言いだな」
「ふざけんな。あんな鳥野郎に何の恩も感じちゃいねえ」

「まあ、いいや。あんたはここで拘束だ。色々と貴重な情報も聞けたしな」
「モデスティの助役の事か。そいつだけじゃねえぜ。お前ら獣が嫌いなやつは他にもたくさんいらあ」
「細かい事はゆっくりと聞かせてもらうさ。あんたの腕じゃあおれには勝てないんだからおとなしくお縄につけ」
「そううまくいくかな。昔のおれとは違うんだぜ」

 
 ダンサンズがそう言うと、周りの手下たちは慌てた素振りを見せた。
「親分、『あれ』を呼び出すんですか。止めといた方が……」
「うるせえ。黙っていやがれ。早いとこ焚き火の火を消すんだ」
 ダンサンズは手下に命じてこうこうと燃えていた焚き火を消させてから、デデスに向かい合った。

 
「何の真似だ、ダンサンズ」
「まあ、聞けよ、デデス。お前、人は死んだらどうなるか知ってるか?」
「当たり前だ。『死者の国』に行って転生する」
「だよな。だとしたら悪人の魂も浄化されるはずだ。なのにこの世から悪人の数は減らない。どうしてだ?」
「そりゃあ育った環境とかに依るだろよ」
「ははは、違うな。死んだ人間が皆『死者の国』に行くのは事実だが、全ての魂が浄化される訳じゃないんだ。中には恨みがましく、ぐちぐちとこの世に執着を続ける魂もある。そうした魂がどうなるかっていうと、『死者の国』の奥深くに沈み込んでいくんだそうだ。そこはバクヘーリアって呼ばれる、まあ、泥沼みたいなもんじゃねえか、悪人の魂はそこで再び生まれついての悪人に転生するって訳だ」
「ふーん、じゃああんたはそのバクヘーリアに落ちる口だな」

「おれの死後なんてどうでもいい。丘を追放されて、あれはテンペランスだったかジェネロシティだったか、どっかの酒場であるジジイが教えてくれたんだよ。生きながらにしてバクヘーリアと繋がって、あっちから『沁み出す者』を呼び出す方法をよ」
「沁み出す者?」
「ああ、おれの足元を見ろよ」

 確かにダンサンズの足元にそれまではなかった濃い色の沁みが広がっているのが見えた。
 手下たちが今にも逃げ出しそうな中、ダンサンズは言った。
「昔のおれとは違うんだよ――

 

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