1.7. Story 5 呪われた丘

2 セリ

 デデスはすっきりとしない朝を迎えた。
 昨夜、テンペランスで『カラス団』を捕縛寸前まで追い詰めたのに逃げられた悔しさのせいかと思ったが、そうではなく滅多に使用しない台所からの物音で目が覚めたせいだった。

 重い頭を片手で押さえながら台所に向かった。
「何だ、セリ。来てたのか」
 台所にいたのは娘のセリだった。

 
 セリはデデスと地の精霊の間に出来た子だった。
 一攫千金を求めてこの星にやってきたデデスは砂漠を越えたはるか北の山脈で地層を調べている時にセリの母に出会い、やがて子を儲けた。
 生きていくために金が必要だったデデスは、母と子を山に残し、ダンサンズの一味に加わった。
 以来、音信不通だったが、ダンサンズを丘から追い出してからしばらくして、セリが一人でひょっこりとデデスの下にやってきた。
 聞けば母は寿命を終え大自然に還ったそうで、山賊ではなく、都市計画の功労者となったデデスの下に娘を寄越したのは、計算だったのかもしれない。

 デデスは自分の獣の顔とは似ても似つかない色白で大きな瞳をした娘が愛おしい反面、家庭を顧みず、山賊に成り下がった父親を軽蔑しているのではないかと思うと恐ろしくもあった。
 だがセリは心根の優しい娘だった。忙しく働く独り身の父のために、身の回りの世話をし、料理を作ってくれた。
 デデスはそんな娘と一緒に暮らそうとはしなかった。自分の仕事は危険が伴う、ましてや元山賊の自分を恨む人間は無数にいる、一緒にいる事で最愛の娘を危険な目に遭わせたくなかったのだ。
 セリもそんな父親の無言の気遣いを察したのか、文句一つ言わずに近くに一軒家を借り、世話を焼きに来てくれるのだった。

 
 デデスは娘がいる事実を誰にも言わなかった。山賊になるため丘に登った時には、仲間のドーゼットやラーシアも家族の話はしなかったし、実際に天涯孤独に近い境遇だった。
 ドミナフもルンビアもおよそ家庭を持つ事など考えずに働く人間だったので、結局、娘の事は一人を除いて誰にも話す機会がなかった。

 
 その一人がルンビアだった。
 これには、デデスの娘セリの持つ特殊な力が深く関わっていた。 
 精霊である母の血を引いたのか、セリには希少鉱物を掘り当てる能力が備わっていた。
 普段は生まれ故郷の砂漠の北の山で鉱石を掘り、それを丘のどこかの街で売るのだが、ある日、セリは思い立って東の山に足を伸ばした。
 予想通り、そこは見た事のない希少鉱物が眠る宝の山だった。
 取れるだけの鉱物を採集して自宅に帰ろうとしたが、思わぬ足止めを食った。
 ある時期だけ、東の砂漠に発生する砂嵐を計算に入れていなかったのだ。
 山の麓で途方にくれていると、丁度、東の砂漠の農地化の調査を行っていたルンビアが空から降りてきた。

「どうしたんだい?」
「砂嵐で家に帰れなくて」
「そりゃあ大変だ。少し遠回りになるけど一緒に帰ろう」

 ルンビアはセリを軽々と抱きかかえると、そのまま空中に飛び立ち、砂嵐の止まぬ砂漠を回避して大きく南を回って丘に到着した。
「さあ、ご両親が心配している。早く家にお帰り」
「あの……お礼がしたいんですけど」
「そんなのいいよ」
「そうはいきません。お茶くらい飲んでいって下さい」
 
 セリは半ば引きずるようにルンビアを家に招き入れたが、そこにいたのは娘の帰宅が遅いのを心配した父親のデデスだった。
「おい、こんな夜中まで――」
 デデスの小言はセリの背後で苦笑いを浮かべるルンビアの顔を見て止まった。
「ルンビア、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフさ。君こそ何故?」
「そりゃあよぉ……セリはおれの娘だからよ」
「えっ、そうだったのかい?」

「お父さん、東の砂漠の砂嵐で立ち往生している所をルンビア様が助けて下さったのよ」
「そりゃ、ありがとな。でもセリよ。ルンビアの事はすぐにわかっただろ?」
「もちろん。それよりもお父さんが家にいるなんて思いもしなかったわ」
「……お前の帰りが遅いからよ。何か文句があるか」

「まあまあ、二人とも。セリがこれからお茶を振る舞ってくれるそうだから、少し落ち着こうよ」

 
 こうしてルンビアはデデス親子と頻繁に会うようになった。
 デデスにとっても、娘と二人きりでいる時の後ろめたさが、ルンビアによって軽減されるような気がして喜ばしい限りだった。
 そして何より娘を持つ父親として願う事があった。
 セリには人並みの幸せを掴んで欲しかった。
 今でこそ都市の治安維持の長をしているが、元はろくでなしの山賊を父親に持った不憫な娘、ルンビアさえその気になってくれればセリを嫁がせたいと思っていた。 
 だがルンビアの頭の中にはヴァニティポリスの発展しかなさそうだった――

 
「――お父さん、どうしたの。頭でも痛いの?」
 思考は娘の言葉で中断した。
「いや、何でもねえ」
「昨夜も忙しかったんでしょ。だから今朝は朝食を作ってあげに来たのよ」
「ルンビアは呼んだのか?」
「まさか。こんな朝っぱらから来られる訳がないじゃない」
「だよな――」

 
 この日、フェイスの城では五名の幹部と各丘の代表六名が参加する最高会議が開かれた。
 座長のドミナフが十名を前にして口を開いた。
「早速だが、都市を騒がず『カラス団』についてデデスから報告があるとの事だ」
「……昨夜だがテンペランスで『カラス団』に遭遇した。捕縛寸前で逃げられたが重要な事が判明した。こいつを見てくれ」

 
 デデスはそう言って懐から大きな黒い羽根を取り出した。
「それは?」
「逃げていった『カラス団』の一人が落としてったもんだ。ドーゼット、こりゃあ何の羽根だろうな?」
「うむ。これは……山にいるクロオオゼン、しかもかなり巨大なものの羽根だな」
「やはりそうか。人じゃなくって鳥のもんだな」

「ちょっと待ってくれ」
 声を上げたのはテンペランスの代表だった。
「『カラス団』は翼を持った者たちではないのかね?」
「その通り」
「わざと山の鳥の羽根を落としていったという事もありうるだろう?」

「もう一つ疑わしい点がある。おれが追いかけた時に奴らは走って逃げた。翼がある者だったらそんな事はせずに空を飛ぶ」
「それだってわざと『走った』という可能性は否定できない」
 今度はジェネロシティの代表が言った。

「そんな事言ってたらキリがねえよ。これだけ重要な状況証拠が揃ってんだ。こいつは組織的な犯罪で黒幕がいる」
「又そんな決めつけを。で、その目星は?」
「ダンサンズだ」
 デデスがその名前を出すと一同に沈黙が訪れたが、モデスティの代表が沈黙を破った。

「これは思いもよらぬ名前が出ましたな。ですが……」
「元々はあなたやラーシア殿を使役していた賊。すでに死んだのではないのか」とカインドネスの代表が言った。
「いや、ここから追放しただけだ。どこかの丘に潜んでいて、その街が発展すると見つからないように次の未発展の丘に移動する。そういう風にして生き延びてきたんだと思う。今、最後のペイシャンスが発展を遂げている最中でいよいよ逃げる場所が無くなって、捨て身の戦法に出たと踏んでいる」
「ペイシャンスか。だったら徹底的にヤサ探しして、怪しい奴は片っ端から拘束するか」
 ドーゼットが勢い込んで言うとペイシャンスの代表は慌てて否定した。

「いい加減にしてくれ。こっちは発展途上の街だ。悪い評判が立つのは困る」
「それもそうだな。まあ、おれに考えがある。黙って見ててくんねえか」
 デデスが自信たっぷりに言い、会議はお開きとなった。

 

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