目次
4 都市計画
それから数時間後、ダンサンズの残党を丘から追い払って休憩しているとノコベリリスが到着した。
「しかしルンビア様はお強いですな」
ノコベリリスの言葉にルンビアは首を横に振った。
「いや、私はサフィの弟子の中で一番弱いのです。他の者であればそれこそ一ひねりです」
「そんな事はありません。村の者たちも皆、目を瞠っています」
「この丘に都市を築いていかなければならない、これからが大変です」
「ルンビア様は一体どのような都市をお考えですかな?」
「早晩、取り壊す予定ですが、あそこに見えるダンサンズの砦で私の都市計画をお話し致しましょう。その前に頼もしい仲間を紹介します。ドーゼット、ラーシア、デデスです」
ノコベリリスはルンビアの隣に立った三人の異形の人物に困惑したようだった。
「ルンビア様、確かこの者たちは」
「そうですよ。ダンサンズの配下だった。ですが私に協力すると言ったのです」
「うーむ、簡単に信頼していいのかどうかわかりませんが……きっとあなた方にしかわかり合えない何かがあるのでしょうな」
「ノコベリリスさん」とドーゼットが言った。「奥歯に物が挟まったような言い方だがその通りだよ。あんたならおれたちがどれだけ苦労してこの星で生きてきたかを知ってるはずだ。姿形が違うだけで蔑まれ、爪弾きにされ、どこにも居場所がなかった。だがルンビアはそんなおれたちも生きていける世界にしてくれると約束した」
「ドミナフが」とラーシアが続けた。「ルンビアの姿に神が舞い降りたと思ったと話してくれたが、我らも同じだ。ようやく人として生きる道を示してくれる人物に出会ったと思っている」
「ダンサンズを」とデデスが言った。「殺さなかったのは心残りだが、嫌がらせをするような事があれば、おれたちは命懸けで撃退する。あんなくずにここの敷居は跨がせねえぜ」
「……わかりました。私もあなた方と共にこの丘を銀河一の都市にするべく努力します」
「では皆さん。砦に行きましょう」
蝋燭の灯の下でテーブルに着き、ルンビアは胸元から羊皮紙の巻物を取り出すと、何も書かれていない羊皮紙に六個の円を描いた。
「これは……六つの丘ですな」
ノコベリリスの言葉にルンビアは頷いた。
「しかしそれぞれの丘が四重の円になっている。これは何を意味するのですかな?」
「私の都市計画は数年で完成するものではなく、何百年、何千年かけてようやくその形が露わになります。まず六つの丘のそれぞれの頂に、中核となる都市機能を配置する所から始めます。中心にあるフェイスの丘の頂には王の住まう城と主要公的機関を設置しましょう。そこから、カインドネス、テンペランス、ジェネロシティ、モデスティ、ペイシャンス、それぞれの丘に商工業施設、住居を配置していきます。そして――
ルンビアはそう言って、六つの円の中心を線で結んでいき、そこには中心の円から伸びる五本の線と外郭の五つの円を結ぶ五角形が出来上がった。
――このように幹線道路で繋ぎます。もちろん、地下には水路が同様に走ります。ぼくらの代ではおそらくここまで仕上げるのが限界です」
「なるほど」とノコベリリスが言った。「まずは都市の基礎を固める訳ですな。となると、残りの三重の円が示すものは?」
「一つの時代が終わる頃には新たな建築技術も興っているでしょう。次世代の王はフェイスの外周に新たな都市を築き、そして長い間をかけて他の丘の外周にも同様の建築技法による都市を構築していきます。これにより都市の景観の統一性が保たれます」
「その」とラーシアが尋ねた。「新しい建築技法で以前に建てた中心部の建物を建て直すのはいいのか?」
「それはだめだ。前時代の建物はそのまま残す事に意義があるんだ」
「でもな」とドーゼットが呟いた。「斜面に建物を建てる訳だから高さはどうなるんだ?」
「……ドーゼット、いい質問だ。ぼくの考えでは新たな世代の建物は前時代の建物よりも高くする。つまり中心部にある前時代の建物と同じ高さになるように調整するのがいいんじゃないかって」
ドミナフがルンビアの描いた絵を見ながら言った。
「そうすると外の円は次の次の世代、その外の円は更に次の世代に委ねられているのですね?」
「その通り。四世代に渡る建築技法の建物により構成される都市、それがこの六つの丘の将来の姿さ」
「で、ルンビアよ」とデデスが尋ねた。「六つの丘ってのも冴えない呼び方だ。何かいい名はないのか?」
「そうだなあ。この星ではよい物にわざと悪い名を付けると言うから……『虚栄の都市』、ヴァニティポリスはどうだろう?」
「ああ、そりゃあ洒落てるな」
その場の全員が納得したようで、これから造られる都市の名前は決定した。
「しかしルンビア様」とノコベリリス。「せっかくこれだけの土地がありながら、何と贅沢な使い方なのでしょうね」
「何千年の後の評価に耐えうる街、古さと新しさが共存した街が築かれた時に、初めて『贅沢』と呼べるんですよ」
「何千年の単位で物事を考えておられるのですな。だが代々の指導者がそれに従うか……そもそも今は、王たる者もおりませんし」
「それについてはノコベリリス様も同意してくださるはずですが、ドミナフに王になってもらおうと思います」
「ほお、ドミナフが」
「ノコベリリス様、待って下さい。私には王だなんて」
「いや、ドミナフ。それが一番良い。ルンビア様やここにおられる方々に補佐して頂き、立派な王になるべく努めるのだ」
「やはりノコベリリス様はドミナフの資質を見抜いておられましたね」
「ドミナフの王朝が何万年も続くとは思えませんが」
「王家の者であってもこの計画に従えない者は排除するし、異なる体制の者であってもこの計画を遂行してくれる者であれば歓迎ですよ」
「ドミナフ、王とは言っても都市計画の執行者だ。やってみるがいい」
「は、はい。謹んで受けさせて頂きます」
六つの丘の大規模工事が始まり、丘の頂点の街造りと並行して、上下水道と丘同士を結ぶ幹線道路が造成された。
ドーゼットや他の翼を持つ者は空中から全体の出来栄えを観察した。ラーシアと水に棲む者たちは水脈を探し、
都市の胃袋を支える農地を拡げ、デデスたち『地に潜る者』は地下の水道を整備した。
ドミナフとルンビアは工事全体の統括を行い、街は順調に出来上がっていった。
フェイスの丘のドミナフの居城の建設が佳境に差し掛かった頃、ルンビアはノコベリリスの屋敷を訪ねた。
「ルンビア様、工事は順調なようですな」
「ドミナフが責任者で現場を締めてくれますからね。それにドーゼット、ラーシア、デデス、皆、特技を生かして頑張っています。ドミナフはノコベリリス様にもこちらに来てほしいとしきりにこぼしていますよ」
「私はいいのです。この屋敷から立派に巣立った子供たちを見ているだけで幸せですよ――ところで今日は何用ですかな?」
「実は大変な事を忘れていました」
「それは?」
「この都が銀河一に発展するために不可欠な物の建造を失念していました。それはポートです」
「確かに。シップのための立派なポートがあれば、他所の星からも人が訪れますな」
「ところがインフラ整備に思いの外、かかってしまって」
「工事資金が底を尽きましたか?」
「ええ」
「で、お幾らほど都合すればよろしいですかな」
「いや、ただという訳にはいきません。これを」
そう言って、ルンビアは腰の袋からある物を取り出した。
「借金のカタにしてもらえないでしょうか?」
ノコベリリスはルンビアから渡された物をじっくりと眺めまわし、ため息をついた。
「素晴らしい――ですがこれはいけません。値段をつける訳にはいきませんな」
「どうしてですか?」
「これはおそらくルンビア様にとってかけがえのない宝。そんなものを頂く訳には参りません」
「……確かに、この『慈母像』は亡き母の形見。でも何かの役に立つのであれば、ぼくがずっと手元に置いておくより価値がある。きっと母もそう言うと思います」
「……わかりました。ルンビア様の思い、しかと受け止めましたぞ。この像は末永くこの屋敷の家宝とさせて頂きます」
「ありがとう。じゃあぼくは工事現場に戻ります」
ルンビアは屋敷の外に出て、一つくしゃみをした。
冷え込む砂漠の夜風に乗って、亡き母、ナラシャナの声が聞こえたような気がした。
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