目次
3 砦で待つ者
ルンビアとドミナフは屋敷に戻った。ノコベリリスは約束通り、屋敷の者を集めて六つの丘に攻め入る準備を整えていた。
「ノコベリリス様、こちらは終わりました」
「ソーンビィを倒すとは。約束通り、六つの丘を解放しに参りましょう」
「ぼくも行きますよ。山賊のボスは?」
「ダンサンズというこすっからい男で大した事はないはずですが……」
「が?」
「その配下の者たち三名が手強いようです」
「具体的にどう手強いのです?」
「『正大なるドーゼット』、『慈愛のラーシア』、『寛容たるデデス』、それぞれこの星の習慣に従って良い響きの二つ名が付いております」
「ノコベリリス様、どうされました。質問に対する答えになっていませんが」
「それは……私の口からは」
数時間後、ノコベリリスの屋敷の前に集まった三十人あまりの村人たちを見て、ルンビアはドミナフに囁いた。
「あまり多くを期待してはいけないね。君とぼくで先頭に立つようにしよう」
ルンビアたちは連なる丘の中心にあるフェイスの丘まで歩を進めた。ノコベリリスが声をかけていた近隣の集落の人々や、行軍を見て駆け付けた人が加わり、その数は三百人に達しようとしていた。
「ダンサンズに会った事は?」
ルンビアが尋ねるとドミナフは首を横に振った。
「いいえ、さっきのソーンビーとの戦いが初実戦でしたから」
「そうか。ノコベリリス様はどうして口ごもってしまわれたんだろう」
「それよりルンビア様。行軍の人たちを見て下さい。皆、ルンビア様の白い神々しい翼に目を奪われてますよ」
「であればいいんだけどね」
夜空の下に篝火を煌々と焚いたダンサンズの砦が見えた。
「皆さんは砦の周りに待機して出てくる人間を捕えて下さい。砦の中には、ぼくとドミナフ、それと……」
ルンビアは集まった中から腕の立ちそうな人間を十人ほど選抜した。
「これで突入しましょう。数が多ければいいというものでもないし、相手のリーダーさえどうにかすれば勝てますから、ぼくとドミナフの後を付いてきて下さい」
奇襲を受けて砦は大混乱となり、先頭を行くルンビアとドミナフの強さに恐れをなし、山賊たちは次々に逃げ出した。
砦の一番奥の高く組まれた櫓の上に男が立って、迫り来るルンビアたちを睨み付けていた。
「ダンサンズか?」
ルンビアが声を上げると男が負けじと言い返した。
「いかにもよ。しかし驚いたな。羽根のある奴が来るとは」
「それがどうした。おとなしく投降すれば命だけは助けてやるぞ」
「バカ言うな。ここがお前らの墓場になる――いけ、ドーゼット、ラーシア、デデス」
「ノコベリリス様の言っていた手強い三人か」
ルンビアは一人目の手下が暗闇から姿を現すのを見た次の瞬間、驚きの声を上げた。
「……まさか」
現れたのはシュモクザメの顔に人間の胴体を持った男だった。
「『慈愛のラーシア』だ。ここまで来た勇気だけは誉めてやる……ん、お前。ずいぶんと立派な翼が生えてるじゃないか」
「『水に棲む者』だな」
「そんな呼び名は知らん――おい、デデス、ドーゼット。面白いのが来たぞ」
ラーシアの呼びかけに応じるかのようにルンビアの前の地面がぼこっと盛り上がり、そこから人が這い出してきた。べっちゃりと黒髪が顔にかかった男が髪を掻き上げると、そこにはイノシシのような顔付きがあった。
「『地に潜る者』?」
「何だそれは。おれは獣人『寛容たるデデス』だ。砂漠のソーンビーが殺られたらしいがお前の仕業だな」
そして三人目が空から降りてきた。伸縮性のある灰色の翼を背中に生やしたフクロウのような顔の男だった。
「……ほぉ、立派な翼だ。この辺りでは見かけぬ顔だが」
「君が『正大なるドーゼット』?」
「その通りだ。救い主よ。良い知らせを持ってきてくれたのか?」
「おい、ドーゼット」とラーシアが言った。「気を許すのは早いぞ。我らを仕留めに来たとも考えられる」
「ラーシアの言う通りだ」とデデスが続けた。「現にこいつは砂漠の村々の武装した奴らを引き連れている。ソーンビーを倒した次に、この丘にいるおれたちを排除しようと考えるのが普通」
「いや、それは違う。この御方はそれは高貴な生まれに違いない。我らの苦しみも嫌というほど理解されていて我らを救いに来て下さったのだ」
「ドーゼット、気でも触れたか?」
「至って正常だ。あれだけ立派な純白の翼なんてお目にかかれるもんじゃない。おれのじいさんから聞いた言い伝えによれば、純白の翼を持った者は救世主だ」
ラーシアはドーゼットの返事を聞いてからルンビアに向き直った。
「ああ言っているが、本当にそうなのか」
「ぼくの名はルンビア。父は『空を翔る者』、つまり翼の王、母は水に棲む者の王女。《古の世界》と呼ばれる今は存在しない星からやってきました」
「何だよ、お前、水も平気なのか。あやうく攻撃する所だった」
「……なるほど。ソーンビーを倒した理由がわかった。空中から水を使ったな。恐れ入ったぜ」
「ぼくの目的の半分はデデスが言った通りです。空から一目見て、この六つの丘に可能性を感じた。ここに都市を建てればいずれは銀河一の都会になると。そのために丘を譲ってほしいと思い、ここに来ました。武装した人たちを率いて来ましたが、戦わずに済むのであればそれに越した事はない」
「だそうだ。おれはこの方に従うぞ。何しろ救世主だ」とドーゼットは言った。
「ドーゼットがそこまで言うならおれも従うが、あれをどうする?」
ラーシアが振り返った先には、離れた櫓の上で心配そうに成り行きを見ているダンサンズの姿があった。
「要らんな」とデデスが言った。「あの男がおれたちのためにこれまで何かをしてくれたか?」
「確かに。常に自分だけ安全な場所にいて、決して前線には立とうとしない」
「あいつはおれたちを奴隷だと思っているんだ。ここにいる救世主とは違って臆病で狡猾な男だ」
「おれたちの腹は決まった」とデデスが言った。「だがあんたはよそ者。あんたに付いてくって事になれば、又、別の軋轢を生むだけじゃねえか?」
「その点に付いては」
ルンビアはそう言ってから傍らのドミナフを見た。
「この星の王になる若者に保証してもらおう」
話を振られたドミナフは弓を片手に持ったまま、大いに慌てた。
「えっ、私が王。ルンビア様、こんな時に冗談はやめて下さい」
「もちろん冗談じゃないさ。君が王になり、私やここにいるドーゼット、ラーシア、デデスと一緒に誰にも負けない都市をこの丘に造る。素晴らしいじゃないか」
「それはそうですけど」
「よし、決まりだね。ドーゼット、ラーシア、デデス。聞いての通りだ。誰もが差別される事のない、皆のための都を造ろう」
「わかった。ルンビア。協力しよう。ところでダンサンズはどうする?」
「とりあえずここに連れてきてもらえないか」
数分後、狐につままれたような表情のダンサンズがドーゼットたちに引っ立てられてルンビアの前にやってきた。
「てめえ。こんな事してただで済むと思うなよ」
「ルンビア」とデデスが言い、ダンサンズを殴りつけて黙らせた。「この場で殺すんならすぐにやるぜ」
「いや、この丘を出ていってくれればそれでいい。無用な殺戮は必要ないよ」
「へっ、甘いな。こんな奴、生きてたって碌な事しやしねえよ。だがルンビアが言うんなら従うか――おい、ダンサンズ。良かったな。命を取るのは勘弁してくれるってよ。取り巻き連れてとっととこの丘から消えやがれ。そして二度とここに近づくんじゃねえぞ」
ダンサンズは意味のわからない呪いの言葉を吐きつつ、逃げるようにその場を去った。