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4 Mountain High, Ocean Deep
夜になり、エクシロンがロードメテラクにあるロンヴァータの屋敷に戻ると、ロンヴァータとピロデ、リンドが待っていた。
「こりゃ、皆さんお揃いで」
「おお、エクシロン殿。下の島はどうなった?」
ピロデが尋ね、エクシロンはにやりと笑った。
「問題ねえよ。西にある二つの島は海を挟んでやいのやいのやってたから、雷を何発か落としたら、途端に震えあがって、それまでだ。北東の島のコウロホウっていう町の偉い奴らはロンヴァータと同じような事言ってたな」
「やはりそうか」
「根本的な問題って言うのを話してくれてもいいんじゃねえのか。大体はリンドから聞いたけど、石が何たらなんだろ?」
「そこまでご存じであれば話は早い。そうなのです。石を発見しない限り問題は解決しません」
エクシロンは首を傾げた。
「石、石って言うけどよ。石を手に入れれば何が起こるんだい?」
「あくまでも伝説ですが、石の力を使えば、このメテラクの島々が元の大地に戻り、正しい星の形に戻ると言われている」
「何だ、あんたたちは下に行きたいのかい?」
「下の者たちもこのメテラクが降りてきて欲しいと思っているはずだ。それが本来のこの星の姿、そうであらねばならんのだ」
「おれが住んでた《古の世界》も種族の争いが収まらなくて滅びた。大地が元に戻ったって争いが止むとは限らねえぜ」
「エクシロン殿の言われる通りだ。私たちは争いを止められない愚か者かもしれない――」
「だけど信じてくれって言うんだろ。そんなのわかってるよ。下の島を回った時に石のありそうな場所には目星を付けてきた」
「何と、それはどこになるのか?」
「この島をまっすぐ降りると北側に海が渦巻いてる場所があんだろ。あの奥底に石はあるはずさ」
「おお、そこは空を飛べなければ行けぬ、おそらく『秘蹟の島』に通ずる場所」
「そりゃ、見つからないな――おい、雷獣、リンド。下に向かうぜ」
雷獣に乗ったエクシロンとリンドは渦を巻き、激しくうねる海を見下ろした。様々な方向から押し寄せた波がぶつかり合い、白いしぶきを上げていた。
「あの渦の奥に島が隠れてる訳だな」
エクシロンの言葉にリンドが心配そうに言った。
「水の中では呼吸ができないのではありませんか?」
「潜ってみなきゃわからないだろ。さあ、行くぜ」
エクシロンとリンドは雷獣に乗ったまま荒れ狂う海の中に飛び込んだ。水の中にも激しい潮が流れているようで、油断をすると体を持っていかれそうになった。
目の前に岩山があり、その中ほどに洞穴がぽっかりと口を開けていた。エクシロンは指で穴を示し、雷獣とその穴の中に入っていった。
不思議な事に穴の中には水がなく呼吸ができるようだった。
「ここが秘蹟の島みたいだな」
「何故、息ができるのでしょう?」
リンドの問いかけを無視して雷獣が吐き捨てるように言った。
「気をつけろ。ただの空間じゃねえぞ。この感じは覚えがあるぜ」
「雷獣、そりゃ何だ。お前、ここに来た事あんのか?」
「そんなんじゃねえがこの奥にある強烈な気配に覚えがあんだよ。さあ、とっとと先に進もうぜ」
行き止まりの小部屋に突き当たった。
「誰もいないじゃねえか」
「おかしいな。それより見てみろよ。そこの壁に開いた穴を」
雷獣が顎で示す先の壁はぽっかりとえぐれたように開いており、そこから白い光が放たれていた。
エクシロンとリンドが駆け寄って覗き込むと、窪みの中には鶏の卵を一回り大きくしたような白く光る石が静かに立てかけられていた。
「これが石か」
「急いでそれを持って戻りましょう」
エクシロンが石に手をかけようとした時、突然に背後から声が響いた。
「待て」
声に驚いたエクシロンたちが振り返ると、そこには黒々とした髪に情熱的な黒い瞳を輝かせた男が立っていた。
雷獣は男を一目見るなり、「ちっ」と吐き捨ててその場で座り込んだ。
「……ん、誰だ。こちとら急いでんだよ。邪魔しないでくんねえか」
エクシロンがそう言うと男は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「――なるほど。しかし邪魔なのは君たちだ。私の実験場に無断で入ってきたのだからな」
「実験場?」
「君に言った所で理解できるかな。私の力を石に封じ込める実験だ。これが上手くいけば他のArhatsにも――」
「うるせえなあ。そんなのに取り合ってられっか」
エクシロンが石を無理矢理壁の窪みから取り外そうとしているのを見て雷獣が叫んだ。
「逆らっちゃだめだ。この男の言う通りにしとけ」
「……雷獣。お前の知ってる奴か」
「相手はArhatだ。おめえの敵う相手じゃねえ。おそらくこの星にいきなり現れた僧形ってのもこの方だ」
「Arhat……《古の世界》を破壊したアーナトスリの仲間か?」
「ほぉ、何も知らずやってきた愚か者でもなさそうだ」と男は満足そうに言った。「だがあのようなできの悪い奴と一緒にしないでほしいな。私はバノコ、大地を創造する創造主だ」
「ふぅん、バノコさん、あんた、この星を破壊するんじゃないのかよ?」
「よほどアーナトスリがやった事が堪えているようだな。無理もない。それまで暮らしていた星が一瞬で消滅してはな。だが君たちのリーダーのサフィはそれを乗り越え、今またこの銀河を発展させようとしている。さしずめ君は弟子の一人、エクシロンだな」
「お、おう、その通りだ」
「アーナトスリの所業については他のArhatsも心を痛めた。そのお詫びというか、褒美がこの実験だ」
「お詫び、褒美、何だそりゃ?」
「言ったろう。Arhatsの力を石に封じ込めている。これが上手くいけば他のArhatsの力を封じ込めた石も次々にこの銀河にばら撒かれる。それを手にした者はArhatsの力を行使する事ができるんだ、素敵な話だとは思わないかい?」
「その石を手にするのが兄いみてえに立派な人間だったらいいが、悪い奴だったらたまったもんじゃねえな」
「――なるほど。そこまでは考えが及ばなかった。うん、エクシロン、君はなかなか面白い男だ」
「で、どうすりゃいいんだい?」
「実験はほぼ完了している。この石、” Mountain High, Ocean Deep ”にはすでに私の力を封じ込めた」
「だったら何で大陸が上と下に分かれてんだよ?」
「実験の余波……といった所かな」
「もう元に戻したっていいんだろ?」
バノコは顎に手をやり、思案した後に口を開いた。その顔にはいたずらっ子のような笑みが広がった。
「構わんよ、と言いたいが、一つ問題があってな」
「そいつは一体何だい?」
雷獣がいきなりがばと跳ね起き、叫んだ。
「だめだ、エクシロン。もうあきらめて帰ろうぜ」
バノコはちらっと雷獣を見て言った。
「――ずいぶんと頭の良いペットを飼っているな。だが突出した賢さは身を滅ぼすぞ。ワンデライに報告しておこうか?」
ワンデライという名前が出た瞬間に雷獣はしゅんとなり、顔を伏せた。
「心配すんな、雷獣」とエクシロンが言った。「なあ、バノコさん?」
「確かに私が手を下すか、この石を使えば大陸の姿は元通りになる。だが生憎私にはその気がない」
「ちっ、創造主ってのは色々と問題があるな」
「人は気まぐれと呼ぶようだ」
「どうすりゃいいんだよ?」
「石はまだ表に出る時期ではない。大地を元の姿に戻したいなら、そこに置いたままで石の力を行使するがいい。操作方法も教えてやる」
「そいつは助かるぜ。じゃあ――」
「だめですよ」とリンドが声を上げた。「そんな事をしたら、大地が落ちる時の衝撃でこの穴が崩れて、生き埋めになります」
「ん、ああ、そういう事か。ようやく合点がいった。つまりは生贄が必要なんだな――バノコさん、おれが残るから大地の降ろし方ってのを教えてくれよ」
「エクシロン様、いけません」
「リンド、心配するな。おれが死ぬ訳ねえだろ、な、バノコさん」
「ははは」とバノコは笑った。「私はね、君の事が気に入ったんだ。死なせる訳がないじゃないか。これから何千年も、その石が表に出るその日まで生きてもらうよ」
「という訳だ。おい、雷獣。リンドを連れて外で待ってろ」
「――わかった。リンド、行くぞ」
「でも……」
「でも、じゃねえよ。早く行け――あ、こいつを持ってけ」
エクシロンはリンドに剣を投げて寄越した。
「これは……」
「いつかまた世界が乱れたら、この剣と雷獣、それを使える奴が現れるのを待て。頼んだぜ」
「エクシロン様、そんな」
「な、バノコさん。どうせ又、この世界は争うんだろ?」
「さあ、どうかな」
「って事は、なるんだな。何しろ創造主のお気に召さない世界みてえだからな」
「さすがはサフィの弟子だ。面白い事を言う」
「そりゃどうも――さあ、雷獣。リンドを連れて早く出てってくれ」
リンドと雷獣は再び空の上に戻った。しばらくするとメテラクの大地がゆっくりと下がり始めた。
「ああ、大地が……」
メテラクの大地は徐々に下の海に接近していった。大地の先端が海面に触れ、白波が立ち、空にいるリンドたちにも飛沫がかかった。
大地は止まる事なく、ゆっくりと降りて、そしてとうとう元の位置に納まり、動きを止めた。
リンドと雷獣が秘蹟の島の方を見ると、大地の降りた衝撃で今までよりも大きな渦が発生していた。
「雷獣殿。エクシロン様をお助けしないと」
「無理だ。あの渦には入っていけねえ」
「エクシロン様が」
「奴の悪運を信じるしかねえだろう。黙って見てようぜ」
リンドと雷獣はその後も空中で待ち続けた。
しかしエクシロンが再び海上に浮かび上がってくる事はなかった。
ピロデの屋敷でピロデとリンドが話をしていた。
「リンド、私はエクシロン殿を忘れぬために、この星全土に『エクシロン教会』を建てようと思う。すでにロンヴァータも同意してくれている」
「……しかしまだ死んだと決まった訳ではないですから」
「ああ、確かにそうだが。生きておられたとしても教会が建っていて嫌な気はしないであろう」
「……そうですね。私はこれで」
「ああ、もう一つ。リンド、お前のこの度の偉業を称えて、これからはリンド・ファンデザンデと名乗るが良い。ザンデのリンド、お前もこの星の英雄だ」
リンドは屋敷を出て、ぶらぶらと歩きながら南のテグスターのいた森に向かった。
気配を嗅ぎ付けた雷獣が森の奥からその姿を現した。
「よぉ、リンド。浮かねえ顔してんじゃねえかよ」
「雷獣殿、森の暮らし心地は如何ですか?」
「至って快適だな。まあ、当分はのんびりさせてもらうぜ」
「今、ピロデ様から『エクシロン教会』の話を聞いてきたんです」
「ふーん、いいんじゃねえか。あいつは目立ちたがりだから、自分の名前が付いた教会があちこちにあるって知ったら泣いて喜ぶぜ」
「雷獣殿は強いですね」
「いいか、リンド。おれにしてもあいつにしても、一度死にかけてるんだ。だから死ぬなんて何でもねえ。そんなのより記憶に残る事の方が大事なんだよ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。おめえもせいぜいファンデザンデ家を盛り立てて、後世に名を残すような立派な子孫を作るこったな」
「……何故、近々私が嫁を娶る事を知っているのです?」
「へへへ、おれの耳は地獄耳だぜ。だからメテラクが落ちてきた時にも、おれにはエクシロンの声が聞こえたんだ」
「えっ、何と言われていたのですか?」
「教えねえよ。それを言ったら教会の権威に傷がつくってもんだ」
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