目次
3 電光石火
エクシロンはピロデの屋敷に招かれ、広い庭に作られたぶどう棚の下でピロデとリンドと酒を酌み交わした。
「改めて紹介しよう。軍の指揮官のリンドじゃ」
リンドは恥ずかしそうに小さく頭を下げた。
「最初に言えよ。お前、何で最前線じゃなくて故郷の村にいたんだ?」
「はあ、親戚に不幸があったので里帰りをしていたのです。そこにエクシロン様が現れたもので」
「ちぇ、二人で示し合わせておれの腕試しをした訳かい」
「いや、エクシロン殿、怒らないでほしい。テグスターには勝てないのが当たり前。命を落とさないぎりぎりの所でリンドに止めてもらい、勝敗に関わらず貴殿を認めるつもりだった。ところがテグスターを倒してしまうとは」
「倒せって言ったじゃねえか」
「まあ、そう言うな。知っておるか。このへんの人々の間では早くも貴殿の話は子供に聞かせる寝物語になっているそうだぞ。こんな話だ――
【ピロデの独白:英雄を讃える物語】
――テグスターという暴れん坊がおりました。誰も彼を退治できないのをいいことに、町を襲ったり、人を攫ったりしていました。
ある日、聖エクシロンが現れ、テグスターを退治すると言いました。聖エクシロンはテグスターの所に行くと、こう尋ねます。
「どうしてそんなに速くて強いのか?」
どうせこいつも大したことはない、と調子に乗ったテグスターはぺらぺらとしゃべり出します。
「おれはここにあってここにない。本体が別の空間から空穴(そらあな)を通してこの幻を操っているから、こんなに速くて強いのだ」
「その空穴はどこにあるのか?」
「それはおれにもわからない。体に光る点があればそれが空穴だ」
愚かなテグスターは光る点を聖エクシロンに見つけられて退治されてしまいました――
「聖エクシロンかよ。こっぱずかしいな。まあ、それで子供が寝付けばいいけどな」
「外を歩けば『聖エクシロン』を一目見たいという者ばかりだ。貴殿の名はこのメテラクで長く伝えられていく」
「ありがてえが、それよりよ、いつ出発すりゃいいんだい?」
「早速、明日の朝にでも北上を開始してもらいたい。リンドと貴殿であれば必ずやメテラクに平和をもたらすはず。この通りだ、頼む」
「頭を上げてくれよ、ピロデさん。今日はとことん飲もうぜ」
翌朝、屋敷の外に出ると、すでに屋敷の前にはリンドに率いられた十数人の若者が待っていた。
「おはようございます。エクシロン様」
リンドが声を上げ、それに続いて若者たちも声を出した。
「おう、人数が少なくねえか」
「最前線に着くまでの街道沿いの町で合流したり、志願してきたりしますので、最終的には百名を越えます」
「そりゃ面白いが、そんなんで士気が保てんのかよ」
「……全てピロデ様の傭兵ですので、そのへんは」
「やっぱ戦う大義がなきゃだめだな。最前線はどのへんだ?」
「エクシロン様はご存じないと思いますが、このメテラクは六つの大きな島から構成されています。南東がザンデ村のある島、南西がここ。北西がロードメテラクのある島、北東にもう一つ、中央部西と東に一つずつ。中央部西の島が最前線になります」
「いきなり最前線の島に渡るんかい?」
「いえ、一度東の島まで渡河して、そこから西に渡ります」
「よし、大体わかった」と言ってエクシロンはリンドから若者たちに視線を移した。「おめえらに言っておきたい事がある。おれは本気でこの星の戦いを止めるためにやってきた。おめえらが金目当てで集まってても別にかまわねえ。だがおれと同じ気持ちがない奴は今すぐに帰ってくれ」
若者たちは気のない返事を返すだけで中には冷笑している者もいた。
「どうやら口で言っても無駄みたいだな。まあいいや、リンド。出発するぞ」
エクシロンは先頭に立って歩き出した。その後をリンドが、その後を若者たちがだらだらと続いた。
やがて海岸線に出ると確かに前方には二つの島が見えた。
「おい、リンド。どうやって海を渡るんだ?」
「船は用意させていますので、その船で右手の島に」
「……面倒くさいのはごめんだ。右手の島に渡って一暴れしたらすぐに左手の島に移って、あの遠くに見える要塞みてえなのを落とせばいいんだろ?」
「はい、あそこが最前線。あの石垣を破れば私たちの勝利ですが、この軍勢では」
「おめえ、まだわかってないのか。おれを誰だと思ってんだ――行くぞ、雷獣!」
突然、エクシロンの右腕から大きな金色の体毛の獣が現れるのを見て、だらだらしていた若者たちの表情が一変した。
エクシロンは雷獣の背中にまたがって、空に舞い上がり、剣を抜いた。
「いいか、おめえら、おれがいれば勝てる。遅れずに付いて来いよ」
今度は、若者たちは気合のこもった返事を返し、急いで船に乗り込んだ。
「よし、いくぜ」
エクシロンと雷獣は猛烈な速度で東の島を駆け抜けた。途中でロンヴァータの手の者に遭遇したが、瞬時にこれを蹴散らし、リンドたちがようやく島の中央部に達した頃には、島を一周して戻ってきた所だった。
「どうやらこの島はあらかた片付いた。リンド、おめえは兵隊を補充しながら西の島に移って城壁に突入してくれ。おれは一足先に暴れてくる」
再びエクシロンを乗せた雷獣は西の島の方へと消えた。
残されたリンドの後ろでは若者たちが興奮して叫んでいた。
「エクシロン様は本当の勇者だ。こりゃあ、やれるぞ」
エクシロンと雷獣は疾風の如く、西の島の城壁の上空に達した。雷獣が黒雲を呼び寄せ、城壁に向かって雷を落とした。城壁の中に攻め込むと、ロンヴァータの手の者が蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
エクシロンは西の島を一周してロードメテラクが見える場所で立ち止まった。しばらくするとリンドが数人の若者を連れて走ってきた。
「はあ、はあ、エクシロン様、もう片付いたのですか?」
「ああ、雷を二、三発落としたら抵抗しないで逃げちまったよ」
「圧倒的な力の差ですね」
「おお、おれはこのままロンヴァータの所に攻め込む」
「エクシロン様、私も一緒に行きますよ」
「いいぜ、一緒に雷獣に乗ってこう」
「ありがとうございます――おい、誰か。ピロデ様をこの島に呼んで来てくれないか」
エクシロンとリンドが乗った雷獣が要塞のようなロンヴァータの屋敷の前まで来ると、屋敷の前には一人の男が立っていた。体格の良い銀髪の眼光鋭い老人だった。
「あんた、ロンヴァータさんかい」
エクシロンの問いかけに老人は頷いた。
「戦神エクシロン殿だな。まさに鬼神の如き強さ、そして速さ」
「へへへ、どうも。ずいぶんと持ち上げてくれるな」
「で、どうなさるおつもりだ?」
「そりゃあ、あんた、おれはこの星の争いを止めさせるために来たんだ。あんたには降伏してもらうしかねえだろう」
「『断る』と言えば?」
「戦っても勝てねえのはわかるだろ。従うしかねえんじゃねえのか」
「……たとえ、私が降伏してもこの星には平和は訪れない。それはピロデも承知だ」
「下の島でも争いが続いてるからか?」
「それもある。だがもっと根本的な問題が解決しない限りは降伏を飲む訳にはいかんのだ」
「何だか、色々とありそうだな。まあ、いいや。ピロデもおっつけ来るだろうからその間におれは下の島を回って争いを止めさせてくるよ」
そう言ってエクシロンは雷獣にまたがり、下の島へと降りていった。