目次
3 九つの教会
ウシュケーは話を終えて人々が待つ大部屋に戻った。
「どうなりました。やはり私たちはこのまま殺されるのでしょうか?」
いつもウシュケーの傍にいるシーホが心配そうに尋ねた。
「いや、そんな事はない。ある条件を満たせばここで暮らしてもよいと言っていた」
「どんな条件です?」
「これから三十昼夜の間にムシカに九つの教会を建てる事。もちろんその教会をロッキが気に入らなければだめだから、いい加減なものは建てられない」
「そんな事できるんですか?」
「ああ、私はすでに啓示を受けている。後は君たちが私の眼となってくれればできるはずだ」
「ウシュケー様がそこまで言うなら間違いないでしょう。さあ、皆、明日から死に物狂いで働くぞ」
翌朝、ウシュケーはシーホを連れてムシカの町を散策した。
「ウシュケー様、すでに町の至る所に建設用の資材が運び込まれていますよ」
「ああ、ロッキは義理堅そうだからね。ますます下手なものは建てられない」
半日かけてムシカの町を隅々まで歩き回った二人は町の中心部に戻った。シーホが丁寧に町の様子を説明し、ウシュケーは大きく一つ頷いた。
「わかった。この町は山を背にしているんだね。だったらこうしよう」
きっかり三十昼夜が経った日の朝、ロッキが再びやってきた。
「ウシュケー、約束の期限だぜ。がっかりさせるんじぇねえぞ」
ウシュケーとロッキは連れ立ってムシカの中心部に行った。辺りには霧が立ち込めていて遠くが見通せなかった。
「おい、教会はどこに建てたんだ。どこにも見当たらねえぞ」
「霧が晴れるまでお待ち下さい」
やがて霧がゆっくりと晴れていった。
「あちらの山をご覧下さい」
ウシュケーが指差す先は、麓のムシカの町から続くなだらかな稜線を描く山々だった。
「このムシカの町を抱く三つの山々、その山肌に九つの教会を建てました」
「おお、やるじゃねえか。確かにひい、ふう、みい……九つ見えるぜ。でもよ、ただ建てただけじゃあ、他所の星から人が喜び勇んでやってくるまでにはならねえ。あの九つの教会にはそれぞれ深え意味があんだろうなあ?」
「説明致しましょう。左手の山の上の方に見える白い建物、『善の教会』です」
「くそ下らねえ。『善の教会』だと。所詮その程度か。人とは違う経験をしてきたから、どんな教会を建てるか期待してりゃあ、このざまだ」
「最後までお聞き下さい」
ウシュケーは表情を変えずに淡々と続けた。
「右手の山の上、あの黒い建物は『悪の教会』です。そして『善の教会』の左下に見えるむき出しの石造りの建物は『力の教会』、『悪の教会』の右下が『智の教会』、『力の教会』の下に見える白いのが『聖なる教会』、『智の教会』の下の黒く禍々しいのが『邪なる教会』、中央の山の上部から『天の教会』、『王の教会』、『人の教会』、以上になります」
「……気に入ったぜ。へへへ、悪の教会かよ。おいらにぴったりだ。これがお前の見た光景から得た啓示って奴かい」
「はい。善には悪が、聖には邪が、それら全てを認め、全てを救うのが私の教えになりましょう」
「……おい、もう一つ、右の山の麓に教会があるじゃねえか。ありゃ何だ?」
「……私にもよくわからないのですが、突然イメージが飛び込んできたのです。『覇王の教会』とでも申しましょうか」
「そりゃ『王の教会』とは違うのか?」
「はい。『覇王』とはこの宇宙を統べる者、ただの王ではありません」
「ふーん、そんな奴が現れんのか」
ロッキは山を見つめたまま感慨にふけっていた。
その夜、真剣な面持ちのロッキがやってきた。
「ウシュケー、一つ相談事があんだがな」
「何でしょう」
「おいらはこの星で一番偉い。お前らをこの星に住まわせるって事はおいらが養っていくって事だ」
「それはありがたい話です」
「だがな、今のちんけな追いはぎ稼業じゃあ、お前ら全員を養うなんて到底無理な相談だ」
「では……」
「人を追い回してても埒が明かねえ。九つの教会を目玉にこの星に人を呼んで、それで食ってくぜ。文句ねえな」
「はい。本当の《祈りの星》に致しましょう」
「ところでお前の教えは何て言う名前だ?」
「考えておりませんでした」
「こういうのはどうだ。お前らの住んでた《古の世界》って星があった場所は、今じゃあ塵とガスの塊で『バルジ』って呼ばれてるらしい。『バルジ教』ってのはいかしてると思わねえか?」
「バルジ教、良い名ですね」