1.6. Story 2 アンフィテアトル

2 森の精霊

 翌朝、一行は北東に向かって出発した。
「あんたたちはお人好しだなあ。こんなんじゃあファルロンドォに着くのはいつになる事やら」
 プララトスがのんびりとした口調で言った。
「大丈夫だよ。いざとなれば私たちは空を飛んで行ける。ファルロンドォにはすぐに着くさ」
「……え、何だよ、そりゃ。それじゃあ、おれとアビーは置いてきぼりかよ」
「あら、あたしは飛べるわよ」
 アビーが事もなげに言い、プララトスはショックを受けて黙り込んだ。
「プララトス」とアダニアが言った。「お前は自堕落な生活をしているのだから仕方ないだろう――何、修行さえ怠らなければ、すぐに空も飛べるようになる」
「ちきしょう、アダニアに言われるのはすごく腹が立つが、その通りだ。なあ、おれにも教えてくれよ」
「……では今から君はアダニアの弟子だ。いいね」
 サフィの言葉にアダニアもプララトスも驚いた顔になった。
「よりによってアダニアかよ――」
「私も粗暴な人間は――」
「足りない部分を補い合うんだ。そうすればこの星はもっと良いものになる」

 
「この辺りじゃないですかね?」
 歩きながらずっとアダニアの説教を聞かされていたプララトスが慌てて言った。道の右手には鬱蒼とした森が広がっていた。
「ではアダニアはプララトスとここに残って。私たちが戻るまでにプララトスが空を飛べるようにしておいてほしい。さあ、森の中に入ろう」
 サフィたちは唖然とする二人を残して森の中に分け入った。

 
 森の奥深くから声が響いた。
(ややや、強そうな人がいっぱい来たぞ。楽しみぃ)
「君は誰だい?」とサフィが尋ねた。
(この森に住む精霊カゼカマさ)
「カゼカマ、私はサフィだ。この星の人たちが困っているんだ、いたずらは止めないか」
(えっ、いたずらなんかしてないよ。腕試しがしたいだけさ)
「……じゃあ腕試しに負ければ、おとなしくするね?」
(ああ、いいよ。負けないけどね)
 森の中から一人の精霊が現れた。森の木々と同じ緑色の髪の毛に緑色の服を着た、やんちゃな雰囲気の子供の姿をしていた。

「では早速……エクシロン、腕が鳴ってるんじゃないか?」
「兄い、任せとけ。こんな子供相手じゃ物足りねえが、まあ、悪く思わんでくれよな」
「うふふ、おじさん強そうだから本気出そうかな」
 カゼカマは楽しそうに笑ってから、いきなり姿を消した。

「ありゃ、逃げやがった」
 そう言うエクシロンのそばで小さなつむじ風が起こり、やがてつむじ風は森全体を揺らした。揺れとともに無数の刃がエクシロン目がけて森の四方八方から飛んできた。
「どうだい、『風切の刃』。避けきれるかな?」
「うぉっ……おっと……こりゃ」
 エクシロンは必死になって飛んでくる刃を剣で避けたが、いつになっても刃の攻撃は止まず、防戦一方となった。
「おい、エクシロン。手伝った方がいいか?」
 盾の中から雷獣がからかうように言うと、エクシロンは「黙って見てろ」と言い返した。
 しかし相手がどこにいるかもわからず、闇雲にあさっての方向に突っ込んでは、別の方角から攻撃される有様だった。やがて疲れたのか動きが緩慢になり、刃が体をかすめる機会が多くなった。
 更にしばらく経つとエクシロンは全身血まみれになり、立っているのがやっとの状態になった。

「エクシロン、そこまでだ――カゼカマ、君の勝ちだ」
 サフィの言葉をきっかけに、エクシロンは性も根も尽き果てたのか、にやりと笑ってからその場に座り込んだ。
「でもこの人、頑張ったよ。最後まで立ってたもん」
 カゼカマが森から姿を現して言った。

 
「――彼の根性に免じて、もう一人だけ相手してもらえないかい?」
 アビーが座り込むエクシロンを立たせて、森の入口まで引っ張っていくのを横目に、サフィが言った。
「ああ、いいよ。強い奴なら何回だって相手になるよ」
「では……ニライ、今度は君の番だ」
 サフィに指名されたニライは「私が」という表情をしながら、森の中央部へと進み出た。
「あれ、女の人かあ。でも手加減はしないからね」
 カゼカマはさっきと同じように森の中に消え、森が大きく揺れ出した。
 ニライはそれを見て、目を閉じ、精神集中を始めた。

 風切の刃が飛んできたが、無数の刃はニライの体の手前で失速し、力なく地面に落ちた。
「あれ、おかしいな。もう一回、『風切』!」
 今度も刃は手前でぽとぽとと落ちた。
「もう終わり?」
 ニライは目を閉じたままで言った。
「こちらからいくわよ」
 ニライは森の一か所に狙いを付け、そこに向かって握った拳を突き出した。
「うっひゃあ」
 カゼカマが手足を硬直させて、森の木の上からどすんと落ち、ころころとサフィたちの方に転がった。
「……術を使ったな。きたないぞ」
「負けは負けだろ」
 サフィが言い、カゼカマは仕方なさそうに頷いた。

 
「わかったよ。もう悪さはしない」
「そうだね――アビー、君からも何かあるかい?」
 エクシロンを介抱していたアビーが戻った。
「あんた、相手が悪かったよ。この人はアウロだって認めてるんだから」
「アビー、何故、その名を――」
「背中に背負っているのは火の精霊が鍛えた『焔の剣』だよ。あれで斬られたらあんた、一たまりもなかったよ」
「うぇえ、本当だ。ねえ、何でもするから許してよ」

「じゃあ、こうしよう」
 サフィはカゼカマの肩に手を置き、諭すように言った。
「君はこの森を守る番人だ。技を習いたい人が来たなら、その人に技を伝授してあげてくれないか」
「そんなんでいいの?」
「ああ、私も精霊には助けられた。君もいたずらではなくて人の役に立ってほしい」
「わかった。約束するよ」

「ところでファルロンドォにいる君の友達について教えてくれないか?」
「グレイシャーかい。最近会ってないけど、何でも偉い人を『氷の宮殿』にお招きするって言ってたなあ」
「偉い人?」
「あいつは人がいいから困ってる人間を見ると放っとけないんだよ、きっと」
「なるほど、ありがとう」

 カゼカマが去り、サフィはアビーの姿を探したが、アビーはすでにエクシロンに肩を貸して森の外に出て行ったようだった。
 森の外の道に戻るとアダニアが興奮していた。
「サフィ様、プララトスはすごいですね。もう空を飛べるようになりましたよ」
「ああ、そうじゃないかと思ってたよ」
 サフィは「何しろ、アビーが選んだ人だから」と言いかけて止めた。彼女とはゆっくり話す機会もあるだろう、その時に色々と聞けばいいと思った。

 

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 Story 3 氷原の魔物

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