目次
2 ディヴァインの命
一隻目のシップが飛び立った時刻まで話は遡る。
赤い空の下でディヴァインが一人の男と対峙した。
「アーナトスリ様でいらっしゃいますな」
ディヴァインに声をかけられた男は、チョココロネのように真っ赤な髪の毛をうず高く巻き上げ、道化師の服のように二の腕と腿のあたりがだぶだぶの黄色と黒のだんだら模様の奇妙な服を着た男だった。
「いかにも。お前は――思い出した。確か龍族のディヴァインだな」
「その通りでございます」
「おかしいな。お前は異世界で眠りについていたはずだ。今、ここにいるってのは少し動きが早すぎやしねえか?」
「予定より早く目覚めまして――」
「そういやあ、噂になってたな。『下の世界』の者が生きたまま『死者の国』を越えたってよ。あれはお前を起こすためだったって訳か」
「はい、サフィなる者が私を目覚めさせてくれました」
「――サフィ」
サフィという名前を聞いた途端にアーナトスリの怒りのスイッチが入ったようだった。
ディヴァインは地上をちらっと見た。黄龍と赤龍が戻っていた。もう少し時間を稼がなければならなかった。
「サフィってのはこの星の虫けらの小僧だろ。気に入らねえな。他の奴らはこういう自分たちが予期してねえ事態が起こると大喝采だが、おれに言わせりゃ、虫けらのやる事なんてたかが知れてらあ」
「サフィは……虫けらではありませんが」
「いいんだよ、そんなのはどうでも。おれが気に入らねえのは、他の奴らがどうすりゃナインライブズが発現するか、わくわくして待ってるって事だ。宇宙創造時のエネルギーの滓を溜めたままだったのがわかった時には、散々おれを責めたくせによ。中にはナインライブズは『銀河を高次元に引き上げる崇高な意志』だなんて抜かす奴までいる。自分たちでは予想できない事象、下の世界の者が自らの意志で行動した結果がナインライブズを発現させるんだって、本気で信じてるんだから嫌になっちまうよな――だからおれは奴らのそんな甘い期待をぶち壊す。所詮、ナインライブズなんて強大なエネルギーの放出現象に過ぎねえのをこれから証明してやるんだよ」
「もしやそのためだけにこの星を破壊するのですか?」
「ああ、おれが正しいのをわからせるためだ。文句あるか?」
「……いえ、自らがお造りになられた世界ですから、壊すのも自由かと」
再びディヴァインは地上を見た。白龍も戻った。後一人だ。
「お前、さっきからちらちらとよそ見しやがって――ははあん、そういう事かい。虫けらどもが無事に脱出するまで、おれが星を破壊しねえように時間稼ぎをしてるって訳か――気に入らねえなあ、ますます気に入らねえ。何でこんな虫けらどもを庇うんだ?」
「……私もつい最近、この弱き者の可能性を知りました。他のArhatsの方がご期待なさるのもありうる話かと」
ディヴァインは地上を見た。青龍の姿があった。黄龍は指を一本立てた。後、シップが一隻、つまりサフィのシップが飛び立てば、こちらの逃げ切りだ。
「おい、ディヴァイン。もう我慢なんねえぞ――ちょうどいいや。今、飛び立ったあのシップを撃ち落としてやるよ」
アーナトスリが両手を前に突き出し、シップ目がけてエネルギー弾を撃ち出し、ディヴァインはとっさにその前に立ちはだかった。エネルギー弾は構えた盾を軽々と跳ね飛ばし、ディヴァインを直撃し、ディヴァインはそのまま地上に叩きつけられた。
黄龍たちがディヴァインの下に駆けつけた。
「ディヴァイン!」
「余なら……心配ない……それよりも時間が……今から余の全ての力で全員を瞬間移動させる。皆、手をつなぎ、余につかまれ」
「ふん、死にぞこないめ」
上空のアーナトスリが憎々しげに吐き捨てた。
「そんなに死にたきゃ、もう一発食らわしてやるよ。それ!」
避けきれない、ディヴァインが覚悟を決めた瞬間、前に立ちはだかったのは黒龍だった。黒龍はまともにエネルギー弾を受け止め、ゆっくりと倒れた。
「何だよ、まだ死なねえのかよ」
アーナトスリがさらにもう一発撃とうとしているのがわかった。
「今度はわしが」
黄龍がディヴァインの前に立とうとするのをディヴァインが止めた。
「だめだ、お前は無傷でいなくてはいかん。それよりも手はつないでいるか。赤龍、黒龍に手が届くな――よし、皆で瞬間移動するが、残念ながら力を制御できそうもない。お前たちがどこに飛ばされ、いつ目覚めるかは余にもわからんが、これだけは心に留めておけ。最初に目覚めた者が仲間を探し、いつの日かまた龍族一同で再会するのだ。ではいくぞ!」
エネルギー弾がディヴァインに命中する寸前にディヴァインたちの姿は消えた。
「ちっ、悪運の強い奴め――まあ、いい。では今から『証明完了』といくか」
アーナトスリは地上に降り立って、ありったけのエネルギーを星の中心部に向かって撃ち込んだ。
「あばよ、《古の世界》」
アーナトスリの姿は消えた。
薄れゆく意識の中でレイキールは聞いた。
静かにその時を待っていたプントは聞いた。
何本目かの葉巻をくゆらせていたトイサルは聞いた。
水が沸騰した時に泡が発するような「ぽこっ」という音が星の中心から響いてくるのを。
次の瞬間、地表のあらゆる場所からマグマが吹き上がり、海水は沸騰し、地上は荒れ狂う炎に包まれた。
「おい、見ろよ。おれたちの星が」
シップを操縦しながらエクシロンがサフィに言った。
「ああ、炎の帯が何本も蛇のように星で暴れている」
「あれがナインライブズ……なんですか?」
「わからない」
この光景をウシュケーも見た。バンダナをはずし、生涯一度の『見る』という行為を行った。
「サフィ様、私はこれこそが見るべきものだと思っていました。この光景は一生忘れないでしょう」
皆が見ている中、星は大爆発を起こし、後には塵ともガスとも付かない星の残骸が広がっていった。
別ウインドウが開きます |