1.5. Story 2 出航

2 禍根

 白龍は『海底宮』のブッソンの下に向かった。
「おーい、ブッソン、いるか。早く逃げないと星が破壊されちまうよぉ」
「そんな大声を出さなくとも聞こえてるわい」
「ああ、ブッソン。どうすんだよ。逃げられるのかよ」
「言ってなかったか。わしはディヴァインと同じように瞬間移動ができるんじゃ。だから心配するな。それよりレイキールの下に行ってやってくれんか」
「心配して損したよ。行く場所は決めてあるのか?」
「ここから大分離れた所に沼だらけの星がある。そこでのんびり暮らそうと思っとる――わしはもう誰にも関わりたくない。リーバルンとナラシャナの時もわしが静観を決め込んだのが失敗だった。わしは図体がでかいだけの役立たずじゃ」
「そんなに自分を責めるもんじゃねえよ」
「白龍、優しいのお。命を粗末にするでないぞ。お主の主人はこの星の人のために命を捨てようとしている」
「――それがディヴァイン様の望みならおいらも従うまでさ」
「だめじゃ。お前のような若者が死んではいかん。何があっても生き延びるのだ」
「わかったよ。じゃあ元気でな。また会えるといいな」
 白龍が行ってブッソンはため息をついた。
「ナラシャナよ。もうこんなくだらない事は終わりじゃ」

 ブッソンはヤッカームが訪れたあの運命の日を再び回想した――

 

【ブッソンの回想:尽きせぬ後悔(承前)】

 ――ヤッカームよ。こちらは相討ち覚悟。本気でかかってくるがよい」
「おやおや、ここまで言っても戦おうというのですか」
「どうした、何故、構えを取らん?」
「ブッソン殿がこういう行動に出られるのは予想済み。ですがあなたは私とは戦えません」
「この期に及んで逃げようというのか」
「そうではありませんよ。試しに以前見せて下さったあの大渦を作ってごらんなさい」
「言われるまでもない……ん?」
「どうされました?」
「こ、これは」
「体が動かないでしょう。これが『神速足枷』、あなたの動きは封じました」
「き、貴様」
「さあ、決断の時です。今、この状態で私が可愛いビリンディの下に行ってもいいのか、それとも私のやる事を静観されるか」
「わしの負けか――

 

「ヤッカーム、あ奴を生かしておいたのは最大の後悔じゃ。だがわしはビリンディを守らねばならなかった……許してくれ、ナラシャナ」
 ブッソンの姿はかき消すようになくなった。

 
「父上、お船が待ってるみたい。早く行きましょう」
「……珊瑚。先に行っていてくれ。父にはまだやらねばならない事がある」
「えーっ、そんなのいや。珊瑚は父上と一緒にお船に乗るの」
「はっはっは、それは父も同じだ。きっと行くから先にシップに乗っていなさい――それより珊瑚よ。昨夜申した件、覚えておるな」
「え……はい」
「我が『水に棲む者』の『凍土の怒り』と『大陸移動の秘法』、お前はこれらを後世に伝えていかねばならない。わかるな」
「……」
「もちろん、お前の世で凍土の怒りの力を引き出せる戦士と大陸移動の秘法を使いこなせる賢者が同時に現れるのであれば、話は別だ。その時こそ覇権を唱える機会だ。思う存分に力を奮うがよい。お前の力を持ってすれば、おそらく大陸移動の秘法を使うのは可能だろう。後は凍土の怒りだが――残念な事にその剣の真の力を引き出せた者はいない」
「……わらわが大陸移動の秘法を?」
「誇り高き水に棲む者の女王である事を常に心がけて行動するのだぞ」
「そんな……父上。もう会えなくなるみたいな事言わないで」
「大丈夫だ。父はお前とともにある。何かあったらムルリに相談するのだ……さあ、父にもう一度その笑顔を見せてくれ」

 
 レイキールは珊瑚をシップに向かわせてから王宮の中を歩いた。
 亡き母、ローミエの部屋に入るとギラゴーが宝物をあさっていた。その傍らではヤッカームが所在なさげに立っていた。

「どこまでも浅ましい奴だな」
 レイキールが言葉を投げかけた。
「……これはレイキール王。遺品を整理しておりました。王こそ斯様な場所で何をなさっておられるのか?」
「ゴミを片付けにきた。お前のこの後の行動を予測してみようか。私の部屋をあさり、珊瑚の部屋をあさる――だが目当ての剣も大陸移動の秘法も見つけられない。どうだ、違うか?」
「そこまでわかっているなら話が早い。どこに隠したのです?」
「本性を現したようだな。止めておけ。お前のような卑しき品性の者にはどちらも使いこなせる代物ではない」
「卑しき品性の者?――あなたこそ何もわかっていない。私が本当に甲殻類出身のただの水に棲む者だと信じているのですか?」
「……何。貴様、一体?」
「これから死ぬ者に言っても無駄です――『神速足枷』」

 攻撃に備えようとしていたレイキールだったが突然に足がすくんで動けなくなった。
「がっ――」
 地面に潜って隙を窺っていたギラゴーが不意に姿を現し、持っていた剣でレイキールの胸を一突きした。
 レイキールは膝から崩れ落ち、ヤッカームを睨み付けた。
「恨みがましい目ですね――だがギラゴー、わかったぞ。この青年がヒントを残してくれたではないか。二つの秘宝は珊瑚に委ねられておる。宝探しは止めて早速、私のシップに乗りこもう」
「ヤッカーム様、サソーの船に欠員が出た頃でしょうから私は一足先にそのシップで『約束の地』に行っております。そちらはお任せしますぞ」
 ギラゴーはアダニアのシップに乗りこむために走っていった。

 
 レイキールは瀕死の状態でヤッカームににじり寄ろうとして、もがいた。
「ま、待て……貴様、珊瑚に手を触れたら……承知せんぞ」
「ふふふ。安心なさい。殺しはしません。お宝を頂戴するだけです」
 倒れているレイキールに恭しく一礼をして、ヤッカームはシップに向かった。

 レイキールは仰向けに倒れたまま、天を仰いだ。海の底にも真紅の夕焼けが入り込んで、辺りはオレンジ色に包まれた。
「……禍根を絶てなかった……許してくれ……珊瑚」

 

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