1.5. Story 1 終わらぬ夕焼け

2 アーナトスリ

 各居留地の住民の乗船準備は滞りなく進んだ。ワジのウシュケー、マードネツクのニライ、そしてサソーのアダニアは一仕事を終えて真っ赤な空を見上げた。

 アダニアは気が晴れなかった。あれ以来ビリヌの姿を見ていなかった。無事ホーケンスのシップに乗っただろうか、乗船前にもう一度、探しに行ってみよう。

 
 ホーケンスではサフィがディヴァインを探していた。エクシロンは住民受入のためにミサゴに向かい、リーバルンはスクートと合流して『山鳴殿』に帰っていた。
「おお、サフィではないか。もう大丈夫なのか?」
 黄龍が声をかけた。
「はい。ディヴァイン様にちゃんとお礼を申し上げていませんでしたのでここに来ればお会いできると思ったのですが」
「そんな事は気にするな――それよりお前のその足は?」
「皆さんが義足をこしらえて下さいました」
 サフィは義足を拳でこつこつと叩いてみせた。
「ふぉっふぉっふぉ、その白髪といい、皺の刻まれた顔といい、ずいぶんと貫禄が出たな。その方が救世主らしくて良いかもしれんぞ」
「黄龍様、冗談はそのくらいにして、ディヴァイン様はどちらに?」
「もうすぐ帰って来られるじゃろ――ほれ、ルンビアが来たぞ」

 
 ルンビアはサフィの姿を認めて大急ぎで降りてきた。
「兄さん、大丈夫ですか……その足は?」
「ルンビア、心配をかけたね。この足はピエニオスが設えてくれたんだよ。お前は何をしていたんだい?」
「スクートと一緒に何かあったらすぐにそれを皆に伝えるために警護をしていました」
「ディヴァイン様は一緒じゃないんだね?」
「昼過ぎまではご一緒させてもらっていたんですけど、この夕焼けをご覧になってから急にどこかに行かれてしまいました。もうすぐ戻って来られるんじゃないですか?」
「それじゃあここで待つとしよう。それにしてもすごい夕焼けだね」

「おお、そうじゃ」と黄龍が口を挟んだ。「ディヴァインが誉めておったぞ。生きながら『死者の国』を越える者が現れるとは思わなかった、サフィはすごい男だとな」
「その結果がこの有様です。私などはこの広い宇宙の塵一つにもなれはしない、つくづくそれを実感しました」
「ん、だからこそこの宇宙が成立しているのではないかな。創造主の予想を裏切るちっぽけな者の存在があるからこそ、彼らも期待をする。これが創造主の予想のままだったら、こんな世界、とっくになくなっている」
「十回目の宇宙創造……になる訳ですね?」
「ほお、少しはわかっているようだ。だがもう宇宙は造られないかもしれんぞ。今頃、創造主は『このサフィという者がいる九回目の宇宙は意外とやりよるわい』と感心しとるのではないかな」
「私のような者の力など取るに足りません」
「まあ、油断は禁物だ――お、ディヴァインが戻ってきた」

 
 降り立ったディヴァインは険しい表情をしていた。
「サフィか。ご苦労であったな」
「いえ、ディヴァイン様にはこの世界をお救い頂いて感謝の言葉もございません」
「感謝か。たったの数日、この世界の寿命を伸ばしただけだ」
「ディヴァイン、やはりこの夕焼けは――」
「うむ、確認したがやはり恒星は消滅していた。この夕焼けはすでに存在しない恒星の最後の輝き。一旦、夜が来てしまえば二度と朝を迎える事はない」
「ディヴァイン様、何故、そのような事が?」
「創造主の仕業。このまま夜が続けば早晩この星は死に絶えるが、創造主はそんな悠長な真似をせずにすぐにでも直接この星を破壊しようとする」
「では滅びの日は?」
「すぐそこまで来ている。早くシップを出航させた方がいい」
「わかりました。ルンビア、二人で各地に伝えに行こう」
「赤龍、お前はマードネツクに向かえ。黄龍は松明洞、白龍は『海底宮』、青龍は山鳴殿、人々が無事飛び立つのを見届けるのだぞ」

「ディヴァイン様は?」
「余はアーナトスリを食い止める」
「アーナトスリ?」とサフィが尋ねた。
「この世界の創造主、Arhatsの一員で恒星を破壊した張本人。もうこの近くまで来ているだろうから、少しでもこの星の破壊を遅らせるために立ち向かう」
「ディヴァイン、無茶だ。相手は羅漢だぞ」
 黄龍が珍しく声を荒げた。
「サフィを見てわかったのだ。たとえ無理でも命を懸けて立ち向かえば、奇跡が起こるかもしれないではないか」
「ならば一人では行かせん。わしも『地に潜る者』を誘導したならその戦いに加わろう」
 黄龍の言葉に赤龍たちも大きく頷いた。
「さあ、そろそろアーナトスリが現れても良い頃だ。皆、今、為すべき事を為してくれ。そしていつの日か、笑って再会しようではないか」
 ディヴァインは真っ赤に燃える空へ飛び立っていった。

 

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