1.4. Story 3 荒ぶる魂

2 『死者の国』

 穴に飛び込んだサフィは一目散に駆け降りた。
 見覚えのある黄龍と出会った空間を越え、更に下に降りると再び空間に出た。おそらく黒龍が眠っていた場所だろう。
 サフィは尚も猛スピードで降りた。日の光は届かず、辺りはすっかり暗闇になって感覚が麻痺した。サフィは背中の『焔の剣』を抜き、剣先から出る炎を頼りに下へ下へと進んだ。
 どこまで降りただろうか、どこまで行っても底に辿り着かない気がしてサフィはある事を思い出した。
(……これは『幻の城』の時に似ている。まさか違う空間?)

 
「その通りだよ、サフィ君」
 聞き覚えのあるその声にサフィの動きが止まった。いつの間にか傍らにマックスウェル大公の姿があった。
「また会ったね」
 何もない暗闇の中にマックスウェルが浮かんでいた。気が付けばサフィも同じように浮かんでいた。
「……大公」
「想像通り、君は風穴島から穴を通って異世界に来ている。君が目指すディヴァインの眠る場所は――あの扉のはるか先だ」
「……!」
 いつの間にか目の前には重々しい観音開きの扉が見えた。

 
「その扉を開ける前に言っておかねばならない。扉の先はあらゆる魂が集まり転生の時を待つ、『死者の国』と呼ばれる場所だ。君たちの言葉で言えば天国、いや地獄に近いかな。とにかく君のような生身の人間がいて良い場所ではない」
「あそこで魂は浄化されて転生するのですか?」
「その通りだ。だが中にはなかなか浄化されない恨みがましい魂もいる。彼らは君のような肉体を持つ存在を見つければ、すぐに寄ってきて君の肉体を奪い合うだろう。君が彼らの挑発や誘惑に少しでも気を許せば、混沌たる魂の海に墜落し、そのままバクヘーリヤの住人となってしまう。君は脇目も振らずにディヴァインの眠る場所を目指さなければならない――その覚悟はあるかね?」
「はい。世界を救うためです」
「私とした事が馬鹿げた質問だったな。どうせ終わってしまう世界であっても救わなければならないのだったな。ここで逃げ出すくらいならもっと以前に私の与えたシップで脱出していたろうし――君たちは本当にわからん生き物だ。面白い」
「大公。もう行ってもよろしいですか?」
「慌てなくてもよい。ここでの時間の経過など意味がない――ああ、ディヴァインに会ったらこれを」

 大公はサフィに柔らかな光を放つ槍と盾を手渡した。
「これは『聖なる槍』と『聖なる盾』。龍の祖、ウルトマが自らの逆鱗から作ったものだ。これをディヴァインに渡してほしい」
「わかりました」
「では『死者の国』の扉を開こう。サフィ、バクヘーリヤに落ちるなよ。何があっても飛び続けるのだぞ」
「大公……何故、私にここまで?」
「私にもわからないな。『傍観者』の立場を忘れさせる何かが君にはある。か弱き者が奮闘する姿を見るのは楽しいという事かな」
「ありがとうございます」
「達者でな」
 目の前の扉がゆっくりと開いた。サフィがそれを見つめている隙に大公の姿は消えた。

 
 サフィは覚悟を決めて扉の中に飛び込んだ。大公に言われた通り、脇目も振らずに前を見据えて空間を進んだ。
 初めは何も起こらなかったが、空間を進むサフィの姿を認めたのだろう、何かが後ろから追いかけて来る気配がした。気配はどんどん大きくなり、やがてあちらこちらから「サフィ」と呼ぶ声が聞こえてきたが、振り向く事なく先を急いだ。
 サフィを呼ぶ声は大きくなった。その中に懐かしい声が聞こえた、父と母の声ではないか、だが気のせいだと思い直した。再び両親の呼ぶ声が聞こえた気がしてサフィは思わずスピードを緩めた。
 右足を激しい痛みが襲った。サフィは我に返ってスピードを速めた。
(父も母も浄化されない魂のはずがない。私を謀って混沌に突き落とそうとしても無駄だ――父さん、母さん、ごめんなさい)

 
 やがて空気が変わった。ねっとりとまとわりついていたのが、少しさらっとしたものに変わったように感じられた。
(きっとここの魂は浄化されつつあるのだろう)

 しかし次の瞬間、恐ろしい事が起こった。
 何千万、何億という魂の記憶が一斉に頭の中に飛び込んできた。サフィは頭を抱え、必死にそれを振り払おうとしたが、記憶は容赦なく飛び込んでくる。矢で射かけられたように体をよじらせ、苦悶の表情を浮かべた。
 このまま落ちてしまえば楽になるだろうか、我慢の限界が訪れる寸前で再び空気が変わった。

 今度の空間は柔らかな光に包まれていた。もはや転生を待つのみの穏やかな魂の居場所なのだろう、サフィは先を急ぎ、やがて光輝く扉が目の前に見えた。

 
 転げるように扉の中に飛び込んだ。そこも光に包まれた空間で、まばゆく光る台座が浮かんでおり、その上で一人の男が眠っていた。
 サフィは台座の前で座り込んだ。
「……ディヴァイン様、目をお覚まし下さい……どうか」
 台座の上の男は静かに目を開け、体を起こした。人間と同じくらいの背丈だったが龍の顔を持っていた。
「余を目覚めさせたのは何者か?」
「……ディヴァイン様、どうか……世界をお救い下さい」
 ディヴァインは今にも倒れそうなサフィをじっと見つめ、その手の槍と盾に気付いた。
「わざわざ持ってきてくれたか。名は?」
「……はい……サフィでございます」
「礼を言うぞ、サフィ。早速行こうではないか」
「……また『死者の国』を抜けないと……ならないのですか?」
「安心せい。生身の人間がこうして通り抜けて来ただけでも奇跡。もう一回通れば間違いなく貴殿は消滅する。ここは瞬間移動するとしよう。余につかまっているがよいぞ」

 サフィは必死の思いで立ち上がり、ディヴァインにつかまった。意識が遠のいて目の前が真っ暗になった。

 

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