目次
3 能力者
ウシュケーが訓練を終えてサフィの下にやってきた。
「ウシュケー、まだバンダナをはずしていないだろうね?」
「もちろんです。私にはその時がわかっている気がしています」
「なるほど――おや、ニライが来たね」
「では私はこれで」
ニライが息子カリゥの手を引いてやってきた。相変わらずだぶだぶのローブを着て、顔も隠しているため、目だけが外に出ていた。
「やあ、ニライ、カリゥ。よく来たね。マードネツクはどうだい?」
ピエニオスと話をしていたサフィが声をかけた。
「はい。シップが揃ったので住民の訓練にも熱が入っています」
「それは良かった。どうにかこの世界の全員が脱出できるだけのシップが用意できたんだ。本当にピエニオスには感謝しなくちゃいけないな」
「大した事じゃねえよ。おめえら、試験に参加してくれた奴らが優秀だったから外の世界に行けるようになったし、これだけの短期間でシップも量産できたんだ」
「ピエニオスのおじちゃん、ありがとう」
「お、カリゥ。おめえみたいのに礼を言われんのが一番嬉しいなあ」
「ぼくも大きくなったら、おじちゃんみたいな職人になる」
「おいおい、そりゃだめだ。おめえはニライの後を継いで立派な指導者になんなきゃいけねえ。目標はサフィやニライにしときな」
ピエニオスは照れ笑いを浮かべた。
「サフィ様、では訓練に行ってきます。戻ったら話があるのですが時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫。気を付けて行ってくるんだよ」
ニライはカリゥの手を引いてシップの中の人となった。
数時間後、出ていった時と同じようにニライはカリゥの手を引いて戻った。
「ニライ、カリゥ。どこまで行ったんだい?」
ルンビアと話をしていたサフィが声をかけた。
「はい。『約束の地』まで」
「……カリゥ、そんな遠くまで行って疲れてないかい?」
「ぜんぜん、平気だよ。訓練してるからさ」
「兄さん、最年少の航行記録をカリゥに破られました。でもこれで子供たちも移住できそうですね」
「うん、後はお年寄りが航行に耐えられるかどうかだ――プントにでも相談してみようかな」
「サフィ様、あの」
考え込んでいるサフィにニライが声をかけた。
「話があるんだったね――カリゥ、ルンビア兄ちゃんと遊んでいてくれるかい?」
サフィはニライと事務所の外の丸太の上に腰を下した。
「話というのは何だい?」
「はい。サフィ様はもうお気づきかと思いますが――」
「ああ、ウシュケーが教えてくれた」
「そうですか……」
「君が言い出さないのにこちらから言うのもおかしな話だ」
「……」
「君はカリゥを立派に育てている強い女性だ。何も気にする必要はないじゃないか」
「いえ、私はもっと強くなりたいのです。新しい世界に行ったなら、このように顔を隠すのではなく、普通に生活がしたい。女だからとなめられ、馬鹿にされ、力がないために人の顔色を窺って生きなければならない。今のままではサフィ様や皆さんにも迷惑をかけてしまいます」
「うーん、そんな心配しないでいいんだけどな。でも君の悩みはわかったよ」
「私も剣を学ぶべきでしょうか?」
「――例えばウシュケーを例に取ってみようか。彼は目が見えない代わりに他の感覚が発達している。遠くから矢を撃つのは得意ではないから、彼が選んだのは己の拳だ。接近戦に持ち込めば、僅かな気配でも感じ取れる。彼にとって最も理に叶った護身術なんだ」
「というと剣ではなく?」
「ああ、君はマードネツクの中でただ一人、ダンデディの催眠術にかかる事がなかった。君のその力を恐れたからこそ、ダンデディはカリゥを人質に取ったんだ。君には人並み外れて強い精神力がある。だからそれを伸ばすのがいいと思う」
「具体的には?」
「ちょっとやってみようか。真似事だけど」
サフィは立ち上がり、十メートルほど先の大きな木を指差した。
「あの木に横枝が伸びているね。ここからあの枝を落としてみせよう」
サフィは精神を集中させ、気合と共に右手を前に突き出した。すると風もないのに枝が揺れ、数枚の葉が落ちた。
「うーん、やっぱりできないか。君なら私より上手にできるはずだ。やってごらん」
「はい」
促されてニライも立ち上がり、木の枝に狙いをつけ、腕を突き出した。結果はサフィと同じく、枝が揺れ、数枚の葉が落ちただけだった。
「最初からそこまでできれば大したものだよ。大事なのは葉を落とすのじゃなくて、如何に精神の力を制御するかだと思うよ。時にはその力で自分を守り、時にはその力を放出して相手を倒す、練習すれば身につくよ」
「サフィ様、ありがとうございます。私にぴったりのような気がします」
「カリゥにも教えてあげるといい。きっと君の家系はものすごい能力者を輩出するよ」
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