1.4. Story 2 泡沫(うたかた)

2 ウシュケーの願い

 ウシュケーは事務所で飛行日誌をつけるアダニアに出会った。
「やあ、アダニア。調子はどうだい?」
「ああ、ウシュケー。これから訓練かい。こっちは至って順調だよ――じゃあ私はこれで」
 せかせかと事務所を出ていくアダニアの気配を感じながらウシュケーは工房に向かった。工房ではサフィとエクシロンがピエニオスを囲んで立ち話をしていた。

「よぉ、ウシュケー。こっちに来るのは明日の予定だろ。早いじゃねえか」
 エクシロンがウシュケーの肩を叩き、会話の輪に加わらせた。
「ネボリンド様が早めにホーケンスに行ってもよいと言って下さったのだ――今、アダニアとすれ違ったが」
「ウシュケー。アダニアがどうかしたかい?」とサフィが尋ねた。
「いえ、大した事ではありませんが、アダニアは変わったなと思いまして」
「やっぱりそう思うかい。私もそう感じていた」
「陽気になりました」
「そうだね。吹っ切れた感じがする」
「へえ、兄いやウシュケーはすげえなあ。おれはちっとも気が付かなかったよ」
「君はそれでいいんだよ。よく気が付くエクシロンなんておかしいだろ?」
 サフィは笑いながら言った。
「ひでえなあ、兄いは」
 エクシロンはピエニオスと肩を組んで、シップの機体を調べに行った。

 
「ウシュケー、ところでネボリンド王はどんな様子だい?」
「はい。ルンビアの言った通り、三界の者の推力には素晴らしいものがあるようで、すでに『地に潜る者』が暮らすのに最適な星を発見したようです」
「それは凄いね……でも三界の目指す星と我々の目指す星はやはり違ってしまうのか」
「仕方ないのではありませんか。このように融和したとは言え、それは上辺だけの事。新たな出発は別々の場所からの方が互いに気兼ねがないように思います」

「二度とお会いする事もなくなるのかな」
「ずいぶんと距離がある場所らしいのでそうなるでしょうね」
「せっかくお知り合いになれたのに。ネボリンド王にしても、レイキール王にしても、実際にお会いすると本当に懐の深い方たちだ。あれこそが王の才というものだね」
「サフィ様も私たちの王となるべき人物です」
「いや、私はだめだよ。ニライの件も君に言われるまで気付かなかったし――」
「目が見えない分、他の感覚が発達しているだけです。ニライについては大した事ではありません。本人から言い出さない限り、そっとしておきましょう」

 
「そうだね――ところでウシュケー。君はシップを着陸させる時にどうしているんだい?」
「他の方よりは慎重にやらざるをえません。全身の感覚を研ぎ澄まさないとならないのでかなり疲れます」
「……緊急事態が起こった時は困るね」
「はい。そればかりはいくら訓練を積んでも――本番では明日来るシーホに手伝ってもらいます」
 シーホというのはウシュケーの世話をするワジの若者だった。

「どうだろう、ウシュケー。実は『山鳴殿』で古い文書を調べていた時に、目が見えるようになった老女の話があった」
「私の目は生まれつきのもの。今更、何かを見たいとは――」
「うん、それならいいんだ。でも考えておいておくれよ」

 
 それから数日後、ウシュケーは再びホーケンスを訪れた。
「サフィ様、先日のお話ですが、やはりたとえ一秒であっても、『見る』という行為はこれからの私の人生に大きな影響をもたらすような気がするのです」
「わかった。それじゃあ――でも君の言う通り、私の力では本当に一秒、いや、そんなに短くはないけど、数時間しか『見る』事はできないかもしれない」
「それでも構いません。『見る』事の楽しみを取っておくという別の楽しみもあります」

 サフィは精神を集中して、ウシュケーの目の辺りに手をかざした。しばらくそのままの状態が続いたが、やがてサフィが大きなため息をついた。
「ウシュケー、聞いてくれ。君は見たい時にはいつでも見る事ができるようになった――だけどその時間は長くて一時間、それが私の力の限界だ」
「十分です」
 ウシュケーはバンダナで自分の頭を縛り、目を隠した。
「こうしておけば、うかつには目を開けません。本当に見なければならない時になったら、このバンダナをはずし、見なければならないものを見るように致します」

 

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