目次
4 リーバルンへの報告
トイサルの店の個室に戻るとルンビアが待っていた。
「兄さん、遅いんで心配しましたよ」
「うん、色々とあってね。でもどうにかマードネツクの人々の協力を取り付けたよ」
「さすがですね」
「お前の方はどうだったい?」
「はい。星の外の空間での発見がありました。星の持つ重力が弱くなって最後にはなくなるのです。ですから重力制御を慎重に行わないとどこかに放り出されてしまうかもしれません」
「というと外の世界の星に入る時はその逆という訳だね?」
「そうですね。徐々にその星の重力に引っ張られていきますから」
「外の世界に住めそうな星は見つかったかい?」
「それはまだです」
「ありがとう、ルンビア。君がいなかったらここまで物事はうまくいかなかったよ」
「いえ、たまたまぼくが三界の血を引いてたから――あ、そう言えばスクートがここに来て、明朝、『山鳴殿』まで来るようにとの事です」
「わかった。ルンビア、一緒に行こう。エクシロンもどうだい?」
「ああ、おれはいいや。どうも王宮は苦手だ。明日はルンビアの代わりに試験飛行やっといてやるよ」
「会ってもらいたい人がいるんだが……じゃあ王宮の前で待っていてくれないか?」
「わかったよ」
宮殿の王の間ではリーバルンを始め、プトラゲーニョ、スクートが待ち構えていた。
「サフィ、話したい件はわかっておるな?」
プトラゲーニョが重々しい口調で話し出した。
「シップですね」
「先日来、ホーケンスを、いや、世界中を騒がせている空を飛ぶ船はお前の仕業だと言う。それについていつ報告があるかと待っておった」
「この間、『推力』について質問したけど、あれもシップを飛ばすためのものだったんだね?」
スクートが尋ね、サフィはぺこりと頭を下げた。
「はい。何も言わずにすみません」
「不思議なのは『水に棲む者』も『地に潜る者』もさほど大騒ぎしていない点だ。サフィ、お前、何をした?」
「はい。すでにレイキール王とネボリンド王には話をしてご協力を頂ける約束を交わしました」
「何と。我らを後回しとは。場合によってはお前を罰せねばならんぞ」
「私はミサゴの者ですし、このように『空を翔る者』の服を着ております。まずこちらでご説明をすれば、それだけで他の勢力に警戒されてしまい、私の話を聞いてくれなくなる恐れがあります。レイキール王たちにはできるだけ中立な状況で話を聞いて頂きたかったのです」
「ふむ、そういう理由か。しかしあのような船、我らには無用の長物、水に棲む者や地に潜る者を利するだけではないか?」
「いえ、あのシップはこの星の中を航行するものではありません。外の世界に出て行くためのシップなのです」
サフィの一言に黙っていたリーバルンが玉座で体を動かした。
「サフィ、もう少し詳しく。あんなシップを作るに至った経緯を説明してくれるかい?」
サフィは『風穴島』の近くで異世界の城を発見し、そこに暮らすマックスウェル大公から幻を見せられ、世界を脱出するためのシップの設計図をもらった話をした。
「『異世界の大公』、マックスウェルか。聞いた事のない名だな。しかし、どうして初対面の人間の話を信じる気になったんだい?」
「別の場所にある城をこちらの世界に持ってくる。そして彼が見せた幻の数々。そこまでして私を謀る必要があるでしょうか」
「なるほど。確かに君は未だ姿を見せない龍の声も聞いている。この世界に対する危機感は人一倍強いからね……」
「リーバルン様は私が稀代の騙りだとお思いかもしれませんが仕方ありません。実際には何も起こっていないのですから」
「いや、万が一そうであったとしても君の凄さは変わらない」
「それは……?」
「世界中の『持たざる者』をまとめ上げ、世界を脱出するという点で三界にまで同じ方向を向かせた。これが凄くなくて何だと言うんだい」
「ではご協力頂けるのですか?」
「当り前じゃないか。早速、設計図とやらを見せてもらおうか」
サフィはリーバルンに最後の設計図を手渡した。リーバルンは設計図に目を通し、満足そうに微笑んだ。
「なるほど、材料はわかった。でもこの『推力』というのは――君たちはもう解明したのだろう?」
サフィが促し、ルンビアが話した。
「『推力』とはシップを動かす力です。能力が高い方がより多くの『推力』を引き出せるようです。『推力』は体力の大きな消費を伴いますが、どうやらそれは三界の者には当てはまらないようです。私はすでに外の空間まで出ています」
「つまりは私たちはより遠くまで行けるという理屈だね」
リーバルンはルンビアの活躍が嬉しいのか、それとも漆黒の宇宙空間にいる自分を想像しているのか、満面の笑顔だった。
「ふーむ、黒トリリス、ドーズピン石、モルゴ雲母か」
リーバルンの隣で設計図を覗き込んでいたプトラゲーニョが何気なく言葉を漏らした。
「ん、プトラ、どうしたんだい?」
「いや、黒トリリスは『比翼山地』の特産、モルゴ雲母は地に潜る者の支配地にあると聞きます。ドーズピン石は『混沌の谷』の特産――なかなか全ての材料を調達するのは難しいですな」
「プトラゲーニョ様、その件について相談があるのですが」
「ん、何だ?」
「今まで黙っていて虫の良い話かもしれませんが、直ちに三界、及び居留地の代表、つまり設計図を持つ人間の会談をホーケンスで開催して頂きたいのです」
「……なるほど。調達困難な材料を自由に融通し合おうという事だね」
リーバルンの言葉にサフィは頷いた。
「はい、その通りです」
「し、しかし」とプトラゲーニョが食い下がった。「黒トリリスを持っている我らは交渉を有利に進められるではありませんか」
「プトラ、その考えは間違っているよ。さっきも言ったろう。これが例えばサフィの作り上げた壮大なほら話だったとしても、三界、持たざる者が一堂に会するというのは画期的じゃないか。さあ、そうと決まれば各所に使者を送ろう。ああ、トイサルにも伝えておかないとだね。居留地の代表は王に依頼するとして、マードネツクには君たちから伝えてくれるかい?」
「ありがとうございます」
「いや、やはり君を出仕させて正解だった。後は、龍の復活さえ無ければいいんだが。君の予言がはずれてしまうけどね」
「私もそうあってほしいと思います」
「ご苦労様。君たちもそれぞれやる事があるだろうから戻りたまえ」
リーバルンは若い二人に労いの言葉をかけた。
「……リーバルン様」
「ん、サフィ。まだ何かあるのかい?」
「いえ、又の機会にします」
宮殿の屋根のない廊下を歩きながらルンビアがサフィに話しかけた。
「兄さん、最後に何を言いかけたんですか?」
「いや、大した事じゃないよ。会談の場所を確認しようと思ったんだ」
「……嘘をついてもだめですよ。兄さんは心の中にくすぶりがあると、昔から左の肩が二度上下するんです。父さんに何かを確かめたかったんでしょ?」
「お前の観察力には敵わないな。でも本当に大した事じゃないんだ。多分、私の思い過ごしだよ」
「なーんだ。同じ事を心配してるのかと思ったんだけどな」
「同じ事?」
「……うーん、こんな話、たとえ兄さんにでもしていいのかなあ」
「心配事なら聞くよ」
「そうですよね。兄さんに聞いてもらえれば気が楽になる。実はぼくが兄さんと別れて父さんと海辺の小屋で暮らしてた頃からずっとなんです」
「リーバルン様のご様子だね?」
「ええ、父さんは時々、夜中に小屋を抜け出してどこかに出かけてたんです。まだ小さかったから、はっきりとは覚えてなくて、自分の勘違いだと思ってたんですけど、つい最近、スクートが妙な事を言ったんです」
「スクート様が?」
「やはり夜中に度々、宮殿を抜け出すようで、ある晩スクートが後を付けたら、比翼山地の奥深くに向かい、途中で姿を見失ったと」
「……」
「その山奥って、例の」
「シャイアンを呼び出した場所だ。だけど君のおじい様、今は亡きアーゴ王が封印したはずだからあそこに行っても何もないよ」
「じゃあ何のために?」
「ルンビア。私の心配事も一緒なんだよ。あのシャイアンを召喚した夜、リーバルン様は誰かと会っていたんじゃないかという疑問がずっと心に引っかかっていた。そして今もその誰かと定期的に会っているのかもしれない」
「えっ、それは誰ですか?」
「わかっていたら心配しないさ。それが良い心の持ち主だったらいいけど、あの時のリーバルン様は魔道に絡め捕られていたから、邪悪な存在である可能性の方が高い」
「……兄さん、シップの件をなかなか父さんに伝えなかったのもそれが原因ですか?」
「いや、それは考え過ぎだ。ずっと言っている通り、私はリーバルン様を心の底から信頼している。ただ心配なんだ。あの方はやはりひどく変わられてしまった。一見すると昔通りだが、心の奥底にある深い絶望感が顔を覗かせる事がある」
「かわいそうな父さん……」
「安心おしよ。シップ建造という目的ができた今、前向きなリーバルン様のお姿が見られるよ」
サフィとルンビアは王宮の外で待っていたエクシロンと合流した。三人は言葉少なく山を降りた。
「なあ、兄い。どこに行くんだよ」
「もうすぐ着くよ」
着いたのはミサゴだった。
「ここは?」
「ミサゴは初めてだよね」
すぐにプントの家に向かった。プントは家で書き物をしていた。
「おお、サフィ、ルンビア。久しぶりじゃな。大層派手に活躍しているようではないか」
「プントも元気そうで。今日はお客さんをお連れしたよ」
サフィはエクシロンをプントと向かい合わせた。
「エクシロンだ。プントっていうとおれのじいさんかい?」
「おお、お前が。ずいぶんと威勢が良さそうじゃの」
「止めてくれよ。今じゃサフィ兄いの一番、いや、二番弟子だぜ」
「うむ、サフィを助けるのじゃぞ。時には手を汚さなければならぬ時もあるだろうがそんな時はお前がやらねばならぬ」
「そんなのわかってらあ。兄いは優しすぎるからな」
「ところでプント。ミサゴなんだけど――」
「いや、もうわしの出る幕でもあるまい。今はお前がミサゴの代表でもある。ここの民を正しい道へと導いてくれ」
「……わかった。プント、一緒に新しい世界を見ようね」
プントはサフィの呼びかけには応えず、くしゃくしゃの顔を一層くしゃくしゃにするだけだった。
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