1.3. Story 6 漂泊

2 父親の顔

 翌日、世界の中心亭にサフィ、エクシロン、ルンビア、ピエニオスが集まった。
「昨日はお疲れさん。作っただけじゃわからなかった発見が色々とあったぜ。まずは『推力』、それは自らの精神力や体力と引き換えにシップの速さを得る力みてえだ――実はあの後におれも乗ってみたんだ。だがサフィやエクシロンみてえにスピードは出せなかった。つまりは能力の高い奴が乗り込めば、それだけスピードが出るって訳だ。ただし速ければ速いほど体力は奪われる」
「ルンビアだけが疲労しなかった、その理由は?」
「わからねえ。三界の血を引いてるのに関係あるかもしれねえ。もっと色んな奴に乗ってもらわねえといけねえな」
 続いてルンビアが口を開いた。
「ぼくも発見があります。どこまでも空を上がっていくとどんどん空気が薄くなるんです。多分、その先には空気のない空間があるんだと思います」
「へえ、そいつはすげえな。もう一個、ルンビアみてえにあんまりにも速く飛ぶと機体が焼けちまう。気をつけねえとな」

「ピエニオスさん、まだ試験飛行は続けますよね?」
 サフィが尋ねるとピエニオスは大きく頷いた。
「ああ、まだでっけえのを作るには心配だ」
「場所を変えた方がよくありませんか?」
「……そうだな。すっかり有名になって今日あたりは工房の周りは野次馬だらけだろうしな。じゃあ西の海岸の方に移動するか?」
「西はちょっと……龍が襲ってきます。東の混沌の谷との間ではいかがですか?」
「いいぜ。どのみち、でっけえシップは別の場所で組み立てようと思ってたからな」
「では試験飛行の方、よろしくお願いします」
「何だ、おめえはどっか行くのか?」
「はい。まだ、設計図を渡す相手が残っていますし、昨日の試験飛行の話はすでに各地に知れ渡っています。すでに設計図を渡した人たちとも話をしなくてはなりません」

 
 数時間後、サフィはブッソンに出会ったサソー近くの岬にいた。サフィが声をかける前にブッソンの巨体が海上に姿を現した。
「救世主。なかなかの行動力だな」
「ブッソン様、今日はお願いがあって参りました」
「お前さん、頭がいいのお。あの空を飛ぶシップを見せておいてからレイキールに会おうとは」
「はい。むしろネボリンド様にお会いした事の方が予定外でした」
「よし、待っておれ。レイキールに伝えよう」

 
 一瞬にして目の前の小島が消えたような気がした。しばらく待っていると再び小島が出現した。
「お前さんの予想通り、『あの空を飛ぶシップの当事者が会いたがっとる』と言ったら興味津々だったわ。さあ、話すがよい」
 小島の中心には一人のきらびやかな衣装の男が立っていた。サフィは急いでそこまで飛んでいった。

 
「レイキール様、ごぶさたしております。ミサゴのサフィでございます」
「……あの時の子供か。空飛ぶ船はお前の仕業か?」
 久しぶりに会ったレイキールは立派になっていた。気の強そうな表情はそのままだったが落ち着きが備わったように見えた。
「私が作ったという訳ではございません」
「何を企んでいる。場合によってはこの場でお前を捕えねばならん」
「本日はレイキール様のお力を借りに参りました。これを――」
 サフィは設計図をレイキールに手渡した。

 
「……これは?」
「空を飛ぶシップの設計図です」
「何故、これを私に?」
「はい。残念ながらこの世界は滅亡します。その時にこのシップで脱出して頂きたいのです」
「質問に対する答えになっていないぞ。私は、何故、『水に棲む者』である私に、と訊いたのだ」
「新しい世界では三界も『持たざる者』も分け隔てなく暮らせる事を願っております。持たざる者だけで逃げ出す事など考えておりません」
「その話は他の種族にもしたのか?」
「ネボリンド様には致しました。リーバルン様にはまだでございます」
「ふむ。にわかには信じがたい話だが答えは決まっている。私はこの世界の覇者となる。お前の口車に乗ってみすみすその機会を失うような真似はしない。とっとと帰るがよい」
「お言葉ですが、レイキール様はシップをお作りになられると思います。珊瑚様という守らねばならない存在がいらっしゃるからです」
 レイキールは背中を向けてしばらく考え込んだ。

 
 再び振り向いたレイキールは威厳に縛られた王ではなく、優しい父親の顔に変わっていた。
「わかった。愚かしい争いに珊瑚を巻き込むのは父親として最低の行為だ――サソーの住人には話をしたか?」
「はい。アダニアに」
「……アダニア、聞いた事のない名だな」
「ブッソン様より『トスタイはヤッカームと近しい』と聞きましたので」
「ふっ、叔父上。余計な真似を――わかった。そのアダニアなる者、私の直属にしてシップ制作に勤しませよう」
「ありがとうございます」

「サフィよ。正直に答えてほしい。私たちはどこで道を誤った?どうすればこの世界の滅亡を防げたのか?」
「さあ、全ては気まぐれな創造主の意思のまま。私から『三界が悪い』という答えを期待されても無駄でございます」
「意外と達観しているな。このシップの設計図も、その気まぐれな創造主からもらったのではないのか?持たざる者が支配者になるという約束手形ではない証拠はどこにもないぞ」
「お察しの通り、外の世界の住人からですが創造主ではないようでした」
「なるほどな……もう話す事はない。下がってよい」
「はっ」
「――サフィよ。珊瑚の事、気にかけてくれて感謝するぞ」

 

先頭に戻る