1.3. Story 4 氷雪

2 アダニア

 サフィたちがブッソンの背中の上で待っていると一人の男が岬の突端に姿を現した。男は吹雪の中を裸足で歩いているようだった。
 音を立てないように飛び上がり、男の正面に回った。男はサフィたちに気付かずに祈りの準備を始めた。

 痩せ細った体に禿げ上がった頭、顔には無数の皺が刻み込まれていたが、眼の光は失われていなかった。一見年を取っているように見えたが、ようやく一万昼夜を越えたくらいだろう。
 男は跪き、祈りの言葉を唱えたが、その声はサフィたちのいる場所までは届かなかった。サフィとルンビアは静かに男に近寄って空から声をかけた。

 
「アダニア様ですか?」
 アダニアと声をかけられた男はゆっくりと目を開け、信じられない物に出くわしたように目を見開いた。
「おお、おお、私は今しがた救世主に祈りを捧げておりました。その救世主が私の目の前に降りて来て下さるとは」
「私はサフィです」
「存じております。存じておりますとも。ミサゴの地より『永遠の炎』が届けられた時にあなたのお名前を知りました。最近、弟のルンビア様と世界を救う旅に出発されたと聞き、いつかは私の下にも来て下さるだろうと願っておりましたが、こんなに早くその願いが叶うとは」
「世界を救う旅。それは噂話……ですか?」
「いえ。深夜にこの場所で祈るのが私の日課ですが、時折声が聞こえるのです」
「……それはきっと、ブッソ――とにかく今宵、私たちがここに来たのはあなたのお力を借りるためなのです」
「何なりとお申し付け下さい」
「これを見て頂きたい」
 サフィは地上に降りて、アダニアに設計図を手渡した。

 
「これは?」
「あなたは私を救世主と呼びますが、今のこの世界を救う救世主ではなくこの世界が滅びた後の新しい世界の救世主になるつもりです。その設計図はこの世界の滅亡の日に脱出するための船、シップの設計図です」
「この世界は滅びるのですか?」
「はい。龍の復活がその合図となるようです。私たちはそれまでにできるだけ多くのシップを建造して人々を救わなければならない。あなたにはここ、サソー居留地の人々を救って頂きたいのです」
「私が?サフィ様は私を救済しに来て下さったのではないのですか?」
「……あなたは救われる側ではなく救う側の人間です。ですが人を救うあなたを私が救う、それではいけませんか?」
「自分が人を救うなどとは考えた事もありませんでした。しかしサソーのリーダーは私ではなくトスタイです。何故その者ではないのですか?」
「トスタイ殿はヤッカーム殿に近しいと伺っております」
「……失礼致しました。因縁の事は知っておりましたのに」
「いや、私怨や過去のしがらみに縛られるつもりはありませんが、それを差し置いてもヤッカーム殿の考えは私たちとは相容れないはずです」
「その通りです。今もレイキール様を亡き者にして実権を握ろうとしています。しかしそんな争いは私には無関係だと思っておりました」
「アダニア様――」
「いえ、アダニアとお呼び下さい」
「アダニア。サソーを救えるのはあなただけです。近い内にレイキール王にも会うつもりです。何かあれば私の名を呼んで下さい」
 サフィとルンビアは再び吹雪の空に飛び上がった。地上ではアダニアが一心不乱に祈りを捧げていた。

「兄さん、ずいぶんと救世主らしくなりましたね」
「茶化さないでくれ。アダニアのような信心深い人間には救世主らしい部分を見せないと理解してもらえないだろう」
「ふーん」
「それよりずいぶんと時間を食ってしまった。エクシロンが心配だ。急いで戻ろう」

 

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