1.3. Story 3 山賊

3 雷獣の変身

 着いたのは動物たちを繋いでおく小屋だった。エクシロンは一番奥の小屋の前で立ち止まり、悲しそうな表情を見せた。
「こいつを見てみろ」
 サフィたちが小屋の中を覗き込むと一頭の獣が藁の上で蹲っていた。獣の視線は定まらず、虚空を彷徨っていた。

「こいつはおれのペット、雷獣だ。おれがまだガキの頃に風穴島で怪我して倒れてたんで、連れ帰って介抱して、それ以来の付き合いさ。ところが四、五日前から具合が悪くなった。砦の医者も手の施しようがねえとか言いやがる。お前も救世主なら、世界を救うとかぬかす前にこいつを治してみろよ」
「わかりました――ですがエクシロン様、あなたは嘘をつかれています。彼はあなたにとってペット以上の存在、無くてはならないパートナーのはずです。違いますか?」
「……その通りだよ。なあ、頼む。サフィ、こいつを助けてやってくれよ」
「やってみましょう」

 
 サフィは小屋の中に入った。雷獣は蹲ったままで時折小刻みに震えていた。サフィは雷獣をじっくりと観察してからその背中に優しく手を置いた。
「雷獣よ、何をそんなに恐れているんだい。当ててみようか。君は龍の復活を恐れている。君に怪我を負わせた龍の復活を。そうじゃないかい?」
「あんた、バトンデーグを知ってるのかい?」
 今にも死にそうな雷獣が、か細い声で尋ねた。
「バトンデーグ……目玉がたくさんある龍かい?」
「違う」
「では風船みたいに膨れた龍かな?」
「違う」
「だとすると体中に甲羅がある龍だね?」
「そうだ……ああ、あいつを知ってる奴に会えて良かったよ。あいつが復活するんだ。おれには分かるのに、ここにいる奴らもエクシロンも何も感じちゃいない。あんたも恐いだろ?」

 
「おい、こいつら、何を話してるんだ?」
 小屋の外のエクシロンがルンビアに尋ねた。
「私たちが見た龍の幻、どうやらそのうちの一匹が雷獣を襲った龍だったようです」

 
 サフィはどう答えればいいか考えていたが、突然頭の中に鮮明なメッセージが飛び込んできた。
「……恐くはないよ。だってバトンデーグはディヴァイン様の怒りを買って封印されてしまうからね」
 サフィは自分でも思ってもいない言葉を口にした。
「……本当か……いや、ディヴァインの名前を出すくらいだから本当だ。良かった、これで安心だ」
 雷獣はゆっくりと立ち上がった。大きさは仔牛ほどもあり、金色のたてがみのような毛が首筋から背中をびっしりと覆い、口からは鋭い牙が見え隠れしていた。

 
「エクシロン、この男こそおれが待っていた救世主だ。おめえがこの男に付いていかないなら、おれは一人でも行くぞ」
「おい、雷獣。待てよ。一体何があったんだ?」
 突然元気になった雷獣の様子にエクシロンは慌てふためいた。

 
「エクシロン様」
 サフィが小屋から出て説明を始めた。
「雷獣には龍の復活がわかっているのです。だから自分を傷つけたバトンデーグなる邪龍を恐れた。恐れるあまり倒れたという訳です」
「……龍の復活ってのは嘘じゃねえんだな――おい、サフィ。悪かった。本当はハナからお前を疑っちゃいなかったんだよ。許してくれ」
「エクシロン様、まだ終わってはいませんよ。龍が復活すれば、また雷獣が襲われるかもしれません。そうならないように雷獣におまじないをかけたいと思います――盾はお持ちですか?」
「あ、ああ、盾だな。ここにあるが何をするんだ?」
 エクシロンが腕に取り付ける小型の盾を渡すと、サフィは「これでいいですね」と確認した。

 
 サフィは雷獣に近づき、耳元で何かを囁いた。雷獣は嬉しそうな表情を見せ、静かに目を閉じた。
「モンリュトル、ニワワ、ヒル、マー、アウロ、そしてウルトマよ。私に力を与えたまえ。この雷獣が盾となり、また牙となり、エクシロンを守るように――」
 海岸で見せたのと同じように、五色の光の柱とそれを取り巻く無数の輝きが雷獣を包み込んだ。光が止むと雷獣の姿はどこにもなかった。

 
「あれ、雷獣は?」
 サフィは泣きそうな声を上げるエクシロンに盾を手渡した。さっきまでは模様のなかった盾の表面に描かれていたのはまぎれもなく雷獣の姿だった。
「……サフィ。雷獣に何をした?」
 エクシロンの顔には怒りが浮かんでいた。
「雷獣はその盾の中にいます」
「何だと」

 エクシロンは怒りを通り越して放心したのか、ぺたりと座り込んだ。そして盾を抱き寄せ、大声で泣き始めた。
「うぉお、雷獣よ。こんな姿になっちまってよぉ」
「うるせえなあ。ぴーぴー泣きやがって」
「……?」
「出ていくからちょっと待ってろ」
 盾の中から元通りの姿の雷獣が飛び出した。雷獣は「へへへ」と笑いながら、呆然として座り込むエクシロンの顔を覗き込んだ。
「わざわざやってくれたんだよ。バトンデーグが復活しても盾の中にいりゃいいんだ。外に出たい時にはおめえがおれの名前を呼べばいい。まあ、おれの意志で勝手に出られるけどな」
「これで雷獣がバトンデーグに襲われる心配はまずありません。普段の姿のままでは目立ちますしね」
 サフィは意味ありげに「ふふっ」と笑ってエクシロンの肩に手を置いた。

 
 エクシロンは立ち上がってサフィの手を力いっぱい握りしめた。
「サフィ、いや、サフィの兄いと呼ばせてくれ。おれは決めた。あんたに命を預けるぜ。野郎ども、これからは兄いにお仕えするんだぞ。いいな!」
 あっけに取られていた山賊たちもエクシロンの言葉で我に返り、「おお」と答えた。
「エクシロン様――」
 サフィが言いかけるとエクシロンは慌てて「呼び捨てにしてくれよ。頼むから」と頼み込んだ。

「わかった。エクシロン。あなた方は私の大切な仲間だ。さあ、皆で山を降りよう」
 サフィの言葉に再び山賊たちが「おお」と答える中、ルンビアが尋ねた。
「でも兄さん、こんなに大人数でどこに行くんですか?」
「……ホーケンスに行けばどうにかなるさ」

 
 山を降りて海岸線をホーケンスに向かう途中、雷獣がエクシロンの盾から飛び出してルンビアの下に駆け寄った。
「おめえ、ルンビアだな?」
「はい」
「おめえのかあちゃんに会ったんだよ。またゆっくりと話してやっけど、おめえのかあちゃんは素敵だったぜ」
 雷獣はそれだけ言ってからエクシロンの盾に戻った。

 

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 Story 4 氷雪

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