目次
4 リーバルンの決意
風は止み、気配が薄れていった。気が付けばヤッカームを除くリーバルンたち全員は比翼山地の山道にいた。
跪くリーバルンの脇でアーゴは足元に落ちていた拳大の石を拾った。
「これが『シャイアンの頭石』……」
青銅色の輝きを放つ石には鳥の頭骨のような模様が浮かんでいた。
「リーバルンよ。この石は後世の人間が二度と手に取る事のないように、手の届かぬ場所に埋める」
「……」
「……それにしてもサフィよ」
アーゴは傍らで大きく息をつくサフィに語りかけた。
「創造主の祝福を受けた持たざる者に出会おうとはな。あの影はさしずめマーのものか」
「あのシルエットは我が祖マーのものではなかったように思います。もっと優しい、そう、聖女のようでした」
「冥土の土産に良い物を見せてもらったぞ」
「我が王、何をおっしゃいますか。我が王はこれからもご健在で――」
「よい。ところでサフィ、幾つになった?」
「二千五百昼夜を越えました」
「後、二千昼夜か。まあよい。明日からでも出仕できるか?」
「……お言葉は有難いのですが」
「お前の力を持ってすれば臆する事など何もないぞ。いや、むしろこちらから頭を下げて来てほしいのが本心だ」
「両親との約束でルンビアを育てねばなりません」
「ルンビアなら私が育てる」
黙って下を向いていたリーバルンが突然に顔を上げて言った。
「リーバルン様、何をおっしゃいますか。そんな事をなされば水に棲む者との関係がますますこじれます」
「サフィ、それは私が空を翔る者の王位継承者なればこその話」
「えっ?」
「私には王になる資格はない」
サフィは驚いてリーバルンを、そしてアーゴの顔を見たが、アーゴは横を向いたきりで何も言わなかった。
「何をおっしゃるんですか?」
「サフィ、よく聞いておくれ。私は一瞬であっても、この世界を滅ぼそうとした時点で闇に堕ちた……あれほど嫌っていたヤッカームと同列の存在に成り果てた私が王になっても民は幸せにはなれない」
「極論です。ヤッカームとリーバルン様は違います」
「いや、一緒なんだ」
リーバルンはそう言うと、少し悲しげな表情をして夜明けの空を見上げた。
「ではリーバルン様はどうなさるおつもりですか」
「宮殿を出て、どこか別の場所でルンビアを育てる。その時が来れば、ルンビアを正式な王位後継者として宮殿に戻す。父上、それでよいですね」
「うむ、だがルンビアの後見人はサフィだ」
「もちろんです」
「私との約束は?」
「ちゃんと守るよ。君が世界を変える時には力になる。但し、王としてではなく。それで構わないね?」
「リーバルン様……」
「私は行くよ」
リーバルンは背中を向け、飛び立った。
山道に残ったアーゴがサフィに話しかけた。
「どこまでも迷惑をかける。ルンビアは確か五百昼夜を越えたばかりだったな?」
「左様にございます」
「ふむ。当分死ねそうにないな」
「又、そのような……しかしこれで良かったのでしょうか?」
「良いも悪いもない。あやつは魔に魅せられた。そして、おそらく――」
「おそらく、何でございますか?」
「私たちの知らない何かを知った。そして、それ故に王となる道を放棄し、あやつなりのやり方でそれを追究しようとしているのだ」
「私たちの知らない……」
「サフィ、お前であればきっと理解できる。明日とは言わん。お前の心が固まった時でよい。いつでもお前を待っているぞ」
アーゴとサフィが去った山道に、姿を隠していたヤッカームが姿を現した。
ヤッカームはにやりと笑って独り言を言った。
「なかなか面白い茶番だったが、それにしてもあのサフィという小僧、やはり侮れん。私の覇業の妨げとなるのはあいつかもしれない。それに、あの『羅漢陣』に出現したシルエットも気になる……レイキールを誅して、今すぐにでも水に棲む者の秘法を手に入れようと思ったが、あの小僧の成長を見届けるのが良策かもしれん。ユンカーを越えるためには好敵手を倒す事が必要、サフィには我が好敵手に育ってもらわねばならん」
リーバルンは空を飛びながら、泣き笑いをしていた。
「ナラシャナ、私は魔道に迷い込んだおかげで真実を知った。これからは君との思い出の結晶であるルンビアに愛を注ぐ。そして恩人であるサフィを陰から助ける。そう遠くない将来にこの世界は終わってしまうそうだが、その時こそ一緒になれるよ」
アーゴは宮殿の自室に戻った。『シャイアンの頭石』を文机に置き、床に入ったが、やがて思い直して文机に向かい、文書をしたためた。
シャイアンは比翼の間、気の集まる台地にあり。そこにシャイアンの魂を埋めんものとする。
サフィはミサゴに戻った。足音を立てないように家の中に入り、すやすやと眠るルンビアの顔を覗き込んだ。
「ルンビア、良かったね。もうすぐ君のお父さんが君を迎えに来る。幸せになるんだよ」
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