1.2. Story 2 決着

2 遺言

 レイキール、ヤッカーム、ムルリと共にミサゴに向かう飛馬車の中でプトラゲーニョは一人思った。。 
(ヤッカームめ。何を企んでいる。このわしの首を差し出せと言うならともかく、ミサゴの者を処断しろとは――我らとミサゴの関係を危うくしようというのであれば、あまりにも迂遠な戦術。それともこいつはただの殺人狂か)

 
 飛馬車はミサゴの入口に着き、プトラゲーニョはレイキールたちを案内してプントの家に向かった。
「これは将軍……おや、レイキール王子まで。ようこそお越し下さいました。本日のご用件は?」
「ほほぉ、ミサゴのリーダーですか。このような老人の首を差し出されても嬉しくありませんなあ」
 ヤッカームの何気ない物言いにプントは眉をひそめた。
「……将軍、どういう事ですかな?」
「プントよ。政治的決着だ。こんな事を言いたくないが――」
「このじじいの首でよろしければ、いくらでも差し出しますぞ」
 プントは自分の首の後ろを叩きながら小さく笑った。

「……聞けば、王女の面倒を見ていた家族がいるそうではありませんか。そちらに案内して頂けませんか?」
 ヤッカームの言葉を聞いてプトラゲーニョは再び心の中で思った。
(そうか。こいつは王子ルンビアの噂をどこかで聞きつけて、将来の芽を早めに摘もうとしている。はなから狙いはルンビアだ)

 
 全員でニザラの家に向かうと、ニザラとコニが不安げな様子で立っていた。
「ふむ、この二人ですか――ではこの辺で手を打ちますか」
 ヤッカームが意味ありげに笑う中、プトラゲーニョは油断なく周りを見回した。
(サフィ、出てくるなよ。このまま逃げ切ってくれ)

 ニザラたちにプントが状況を説明し、話を聞いた二人の顔はみるみる青ざめた。レイキールとムルリは苦虫を噛み潰したような顔をし、ヤッカームだけが嬉しそうに部屋を歩き回った。
 プトラゲーニョは必死になって言った。
「さあ、もういいだろう。二人を連れて別の場所に行かないか」
「おや、将軍。何をそんなに慌てていらっしゃる」
「別に慌ててはいないが」
「ヤッカーム、将軍の言われる通りだ。こんな茶番は早く終わらせろ」
 レイキールがそう呟くのをプトラゲーニョは聞いた。
(レイキールもルンビアが王子だというのを気付いているはずだ。彼の立場からすれば、ルンビアは邪魔者のはずだが――)

 
「ただいま帰りました」
 プトラゲーニョの願いは空しく、赤ん坊を抱きかかえた一人の少年が家の入口に立った。
「おや、お子がいらっしゃったか」
 ヤッカームは人の気配に気付いて振り返り、満足そうに微笑んだ。

「少年、名は?」
「……はい、サフィと申します」
「巷を賑わす神童サフィとは君か。で、抱いているその赤子は?」
「弟のルンビアにございます」
「……重罪人の両親の下に生を受けて不憫な子たちよの――」
「何の話でございましょう」
 サフィは落ち着いた口調で答えた。
「子供だけで生きていくのは辛かろう。いっそ家族一緒に――」

 プトラゲーニョとプントが怒りを爆発させる前にレイキールが強い口調で言った。
「ヤッカーム、いい加減にしておけ。子供らに罪は無い。それ以上調子に乗れば容赦せんぞ」
「……仰せの通りに致しましょう。だが後々の禍根の種を残しますぞ」
「貴様、どこまで下衆な真似を――」
 レイキールが剣の柄に手をかけようとしたのをムルリが必死になって止めた。

「こんな場所で『凍土の怒り』をお抜きにならないで下さい――しかし図星でしたな。何、心配要りません。この子は表舞台には立てない哀れな子。たとえ『空を翔る者』が正統性を主張しても気に病む事はございません」
「貴様、我々をも侮辱するか」
 今度はプトラゲーニョが剣を抜こうとしてプントに止められた。
「血の気の多い方ばかりだ。仕方ありません。そこの二人に責任を取ってもらう事で決着と致します」

 
「待って下さい」
 ルンビアを抱いたままのサフィが大声を上げた。
「父と母が何をしたというのですか。お倒れになっていたナラシャナ様を介抱した、それだけで何故、罪人扱いされないといけないのですか?」
「サフィ、口を慎め」
 プトラゲーニョがサフィを叱りつけ、それまで眠っていたルンビアが驚いて泣き出した。
「おやおや、せっかくの政治的決着を反古にしようとする愚かな子供だ……しかし、この幼さにしてこの聡明さはあまりに危険。レイキール様、もう一つ禍根の種を残しますな」
 ヤッカームは面白くてたまらないようだった。

 
「サフィ、よく聞け」
 黙っていたニザラが、泣きやまないルンビアをあやすサフィに言った。
「お前は間違っている。皆様の言われる通り、私とコニで共謀してナラシャナ様を誘拐した。だがプトラゲーニョ様の知れる所となり、連絡を受けたレイキール様が救出に来られた。私たちは罪人だ」
「嘘です。そんなの嘘に決まってます。だって、だって……」
「ほお、サフィ。『だって』の次には何を言うつもりかな?」
 ヤッカームが意地悪くサフィに尋ねた。

「もういい。そこまでだ」
 レイキールはサフィに近寄り、ルンビアを抱きしめるサフィをその上から覆うように抱きしめた。
「この子供たちには指一本触れさせん」
「ヤッカーム殿」とプトラゲーニョが静かに言った。「主君にここまでさせるとは。貴殿の振る舞いこそ大罪に値するのではないかな」
「……いいでしょう。私たちは先ほどの家に戻ります。親子の最後の別れの時間くらいは猶予してあげますよ」
 ヤッカームは悠々とニザラの家を出ていった。

 
「サフィ」
 レイキールがサフィの耳元で囁いた。
「両親の下に行くがよい」
 レイキールは立ち上がり、ムルリと共に去っていった。

 ニザラの家の中にはプトラゲーニョとプント、ニザラの一家が残った。
「ニザラ、コニ。わしが不甲斐ないばかりに、こんな目に遭わせてしまった」
 プントが嘆いた。
「いえ、皆様のお役に立てるのでしたら」
「お前たち、すまなかった。わしが無茶な頼みさえしなければこんな事に巻き込まれずに済んだのにな」
 プトラゲーニョも悔しそうに言った。
「勿体ないお言葉です。少しでも……新しい命の誕生に関われたのですからそれだけで十分です」
「サフィとルンビアの事は心配するな――サフィ、両親と話をするがよい」

 
 プトラゲーニョたちも家を出ていき、ルンビアを抱いたサフィと両親だけが残された。サフィはルンビアを布団の上にそっと寝かし付け、両親の前に立った。
「サフィや、こっちにおいで」
 コニがサフィを抱き寄せた。ニザラも背後からその肩に両手を置いた。

「お前は私たちには過ぎた子だ」
 ニザラが言った。
「お前の言動にはらはらもさせられたが、本当は誇らしかった」
「そうですよ。あなたが寝た後に父さんとよく話したの。将来が楽しみだって。でもあなたはそんな想像をはるかに上回る人間になってくれそう」
「……父さん……母さん」
「プントに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「ルンビアをよろしくね。あの子は不憫な境遇だから兄として守ってあげてね」
「……やだ……行かないで」
「サフィ、誰も恨むんじゃない。これが今の世界のありよう。悔しい、悲しいと思うなら、お前の力で世界を変えなさい」
「そうね。こんな思いをする人がいなくなるようにあなたの力で世界を救いなさい。あなたは救世主になれる子なんだから」
「……やだ……行っちゃだめだよ」
「さあ、私たちは行くよ」
「サフィ、お別れね」
「……、……父さん、母さん」
 ニザラとコニはサフィを残して静かに家を出ていった。

 

別ウインドウが開きます

 Story 3 再生の時

先頭に戻る