1.2. Story 1 別離

2 レイキールの来訪

 ヤッカームとギラゴーが密談を行った日から数日後、ミサゴはかつてない緊張に包まれた。
 ワンクラール王の名代としてレイキール王子とムルリ将軍が完全武装の状態で十数名の兵士を率いて、居留地を訪れたのだった。
 急いでプントが迎えに出た。
「これは、水に棲む者の。斯様な場所にわざわざお越し頂き――」
 プントが挨拶をする間中、レイキールはプントを睨み付けたままだった。
「――汚い場所ですが、中にお入り下さい」
「ムルリだけ一緒に来い。残りの者はここで待機」

 
 レイキールたちがミサゴの居留地の中を進んでいくと、プントの家の前にはすでにリーバルン、プトラゲーニョ、そしてナラシャナが待っていた。レイキールは全員を見回し、口を開いた。
「リーバルン殿、説明して頂けますか?」
 リーバルンが何か言おうとする前に、プトラゲーニョが先に話し出した。
「視察中に『清廉の泉』でこちらの方が意識を失って倒れているのを発見した。そのまま放置しておいては危険だと判断したので、ここに運んで手当をした。それが全てですな」
「姉上の命を助けて下さった事については礼を言いましょう。しかし、こちらが水に棲む者の王女だと、今の今まで気が付きませんでしたかな?」
「……いや、それは……」

「知っていたのに黙っていたとなると、略取になりますな」
「……」
「我らも事を荒立てたくはない。命の恩人を糾弾するような恩知らずではありません――この話を伝えにきた大臣は強硬な姿勢で臨めと主張しましたが、余はそれほどの愚か者ではない」
「……」
「話は以上です――さあ、姉上、帰りますぞ」

 
 ムルリが一歩前に出るとナラシャナが口を開いた。
「……待って、レイキール。私の話を聞いてくれませんか?」
「……聞きません」
「いえ、聞いてもらいます。私はここにいらっしゃるリーバルン様と愛し合っているのです」

 レイキールは予想された答えを前に平静を装ってはいたが、瞼が神経質にぴくぴくと動いた。
「リーバルン殿。今の姉上の言葉はまことか?」
「……その通りだ。私とナラシャナは愛し合っている。時が来れば、あなたを含めた関係者にご挨拶に上がるつもりでいた」
「その挙句がこの騒ぎか――さあ、姉上」

 
 レイキールがナラシャナを促し、外に向かって歩き出した時、突然、火のついたような赤ん坊の泣き声が響き渡った。
 サフィがルンビアを抱いたまま、家の外で心配そうに様子を見ていた。サフィは慌ててあやしたが、ルンビアはなかなか泣き止まなかった。

「ああ……」
 その場に崩れ落ちるナラシャナの様子を見たレイキールは、サフィに向かってゆくりと歩いていった。
「おい、名は?」
 レイキールは疑いに満ちた目でサフィを睨み付けた。
「はい。サフィと申します」
「この赤子は?」
「これは……私の弟のルンビアでございます」
「ふむ、お前の弟か。どうやら生まれたばかりのようだな。今は大事な話の最中だ。家の中に入っていろ」
 レイキールは何かを悟ったような表情になってナラシャナの下に戻った。
「姉上。準備もあるでしょうから、私とムルリは外で待っております。急いで仕度をなさって下さい」
 レイキールとムルリは踵を返してミサゴの外に向かった。レイキールが途中で振り返り、リーバルンに言った。
「リーバルン殿。このような形で再会したくなかったですな」

 
「リーバルン、ナラシャナ、いずれはこうなる運命だった。レイキールが予想よりも物分りが良かったのとサフィが機転を利かせてくれたおかげで最悪の事態は免れたが」
 プトラゲーニョの言葉にリーバルンは頭を抱え込んだ。
「プトラ、どうすればいい」
「レイキールの言い分の方が正当だ。従うしかない。ナラシャナ、最後にルンビアを抱いておくがいい」
「ルンビアを……連れていく訳には参りませんか?」
 ナラシャナは涙に濡れる目で尋ねた。
「無理だ。今のままではルンビアが王位継承者のレイキールの次の王の候補となる。レイキールに子ができれば、その子との間に跡目争いが起こるかもしれん。お家騒動になれば我らは当然ルンビア側につくが、それは三界の破滅につながりかねない」
「……ではルンビアはリーバルン様の下で?」
「いや、それもできん。レイキールはすでにルンビアが二人の間の子と勘付いておろう。その子が空を翔る者の王子になればレイキールは黙っておらん――サフィの言葉通り、サフィの弟としてこのミサゴで育てるしかない」
「ああ、可哀そうなルンビア」

 
 ナラシャナはルンビアを抱くサフィによろよろと近づいた。サフィが泣き疲れて眠ったルンビアをそっと差し出すと、ナラシャナは愛おしそうに抱きしめた。
「ルンビア、愚かな母を許してね。でもいつか一緒に暮らせる、そんな日が来るはずです――サフィ、あなたがそんな世界を実現させる、私はそう信じています。色々とありがとうね」
「……ナラシャナ様」

 
 ナラシャナは尚も五分ほどルンビアを抱きしめたまま何かを話していたが、やがてルンビアをサフィに預け、リーバルンの下に戻った。
「私、戻りますわ。プトラゲーニョ将軍、助けて頂いただけでなく、たくさんお世話になってしまいました。スクート様にもよろしくお伝え下さいね――リーバルン様、ほんの数日でしたが、幸せな家庭を持つ事ができました」
「ナラシャナ、君の身は安全なのか?」
「レイキールは姉思いの優しい弟です。悪いようにはしませんわ」
「……ナラシャナ、私は強い王になる。そしていつの日かルンビアと共に君を堂々と迎えに行こう」
「ありがとうございます。その言葉を聞けて幸せです」
 ナラシャナはリーバルンに手を取られながら、ゆっくりと居留地の門に向かっていった。

 

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 Story 2 決着

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