1.1. Story 4 愛ゆえに

2 親子の会話

 未開の森の小競り合い以来、リーバルンもナラシャナも多忙になり、会えない日が増えた。それだけに久々に会った時には、互いを激しく求め合った。そうやって二人の愛はより一層深いものへとなった。

 
 ある日、リーバルンは王の間に呼び出された。アーゴ王は険しい顔をして玉座に腰かけていた。
「リーバルンよ、お前に領内の視察を命じてから三百昼夜が過ぎようとしている。領内の住民もお前と直接話ができるというので評判も上々だ。もっとも領地外にも頻繁に出没しているらしいが」
「ご存じでしたか、父上」
「いや、責めるつもりはない。むしろ、よくぞ見聞を広めていると褒め称えたい」
「はっ」
「これからは正式に領地外に赴いてもらいたいのだ」
「と言いますと?」
「お前の目から見て、今のこの世界はどう映っておる?」
「はい。領内は安定しておりますが、一度外に目を向ければ決して安穏としてはいられません。特に未開の森周辺では未だに一触即発の状況が続いております」

「うむ、的確な分析だ。だが三界がそこまで躍起になってあの場所に拘る理由がわかるか?」
「いえ、そこまでは」
「ならば話そう。お前は我々の六人の祖の話は知っておるな。すなわち羅漢になりし、モンリュトル、ニワワ、ヒル、マー、アウロ、ウルトマだ。このうち三界と持たざる者の祖はこの地に子孫を残していったが、精霊と龍は一族全てが姿を消した。だが彼らはやがてこの地に復活する、いつからかそんな言い伝えが広まった。そして、その復活の地は未開の森か『混沌の谷』ではないか、とまことしやかに囁かれているのだ」
「復活するならしたでよいではありませんか。何もしなくとも」
「他の王たちは精霊や龍の力を借りてこの世界を支配しようと目論んでいる。そのため復活した彼らに他の種族よりも早く接触しようと躍起になっているのだ」
「真ですか?」
「未開の森、混沌の谷だけではない。『風穴島』に気配が漂っている、という者もいるらしい」
「で、私が」

「まずは未開の森に腰を落ち着け、小競り合いを収めてほしい。その後、混沌の谷の調査、最後が風穴島だ。特に風穴島は未だ三界のいずれも調査の及ばぬ地。期待しておるぞ」
「かなり長期の視察になりますね」
「うむ。長ければ三百昼夜以上になる――だが終日現地に張り付いている必要もなかろうから、マードネツクに行くのも可能だ」
「マードネツクとは。父上、何故そのような」
「ははは、お前のやろうとしている事はわかる。この世界の全ての持たざる者の力を集結させて覇権を握るつもりであろう。そのためにミサゴだけでなく、サソーやワジにまで足を延ばしている。なかなか今までの治世者にはない発想だな」
「いえ、父上、そのような大それた考えではありません」
「まあ、よい。だがどうせ行くのなら西の海岸線一帯を根城としている山賊にも会っておくのだな。彼らはマードネツク、つまり『マーの降り立つ地』だな、と同じく三界に幻滅した持たざる者たちだが、より好戦的な一団だ。彼らと交流ができれば、必ずやお前の役に立つ」

 
 会話の間を狙っていたかのようにリーバルンが一気にまくし立てた。
「父上、父上はそこまでの知見がおありなのに、何故、この古びた枠組みをぶち壊そうとはなさらないのですか?」
「リーバルンよ。一人の人間ができる事には限りがある。ワンクラール王が病に倒れたように私も若くはない。これからはお前やレイキール……そしてお前が目をかけている少年、サフィと言ったかな、そういう若者の時代なのだ」
「サフィまでご存じなのですか?」
「ははは、私を甘く見るなよ。トイサルとの付き合いはお前よりもずっと長い」

「では、それ以外の事も――」
「お前は私に似て女の趣味が良いようだ。だが今は耐えろ。ワンクラール王があのような状態では、水に棲む者の領地を奪いに来たと思われて要らぬ反発を招くだけだ。いくらブッソンでもあの多種族からなる民を抑えきれない」
「はい、今、その時期ではないのは承知しております」

 
「ところでレイキールはどうだ。会ったのだろう」
「はい。まっすぐな少年。ご自分がこうと思えば、それが敵であろうが味方であろうが関係ないようです」
「うむ。私の見立てと大体同じだな。自分にも厳しいが他者にも容赦ない、あの苛烈さは父親の優柔不断な部分を反面教師にして出来上がったのだろう。今はお前を尊敬しているようだが、一度でもその信頼が崩れた時の反応が恐い」
「……その通りだと思います」
「レイキールの苛烈さの唯一の例外は姉だと聞いている。腹違いの美しい姉を思いやる心はもはや恋にも似ているだろう」
「私とて彼の立場であれば同じ想いを抱きます」
「尚更、慎重に物事を運ばねばならんな。然るべき時が来れば、空を翔る者を挙げて応援する。だがそれまでは私とお前の胸の内にしまっておくのだ。プトラゲーニョにも話すでないぞ」
「わかりました」
「では行くがよい――その前にしばしの別れを惜しむのであろうが」
 リーバルンが出ていき、アーゴは玉座で満足そうな笑みを浮かべた。

 
 ナラシャナが体の異変に気付いたのは最近だった。
「ねえ、ポワンス」
「何です、お嬢様」
「私、どうやらリーバルン様の子供を授かったらしいの」
「えっ……何ですって。私の聞き間違いじゃありませんよね。リーバルン様はご存じなんですか?」
「いえ、まだですわ」
「それはいけません。良い事は早くお知らせしないと」
「ええ、でも、最近お忙しそうなので」
「それとこれとは別ですよ。ああ、こうしちゃいられませんね」

 話をしていたポワンスにローミエから呼び出しがあった。ポワンスは出ていき、およそ一時間後に浮かない表情をして戻った。
「……お嬢様、落ち着いてお聞き下さい」
「まあ、どうしたの?」
「私、たった今を持ちましてお嬢様の乳母の職を退く事となりました」
「……そんな、どうして?」
「さあ、私にもわかりません。ローミエ様に理由などお聞きできる訳ありません」
「それで、どうなってしまうの?」
「新しく二人の女性が交代でお嬢様のお世話をなさるようです。私はブッソン様付きになりますが――実際には閑職に追いやられたという事です」
「私、母上に申し上げてきますわ」
「お嬢様、いけません。これはきっとヤッカーム様の差し金。おそらくは邪魔な私を遠ざけて――」
「それでしたら、尚の事」
「今はワンクラール王のご体調も含め、皆、何かと気の立っている時期でございます。ここは素直に従っておく方が得策かと存じます――お嬢様のお体の方は、私が世話を焼かせて頂きますのでご心配なきよう。ブッソン様はお嬢様のお味方ですし、問題ありませんよ」
「……私、新しい侍女の方たちとうまくやっていけるかしら?」
「お嬢様、ご自身の魅力を過小評価なさってはいけません。たとえヤッカーム様の息のかかった者でも、お嬢様のお優しい心根に触れれば、必ずや味方になって下さるはずです」
「……大丈夫かしら……」
「私も侍女を味方に引き込むよう努力いたします。それよりも今はご自分のお体を第一に。何よりもこの件は一切、外に漏らしてはいけません。それから清廉の泉に行かれるのは当分控えて頂かないと。いえ、他の場所も止めておきましょう。これは事実上の軟禁状態だというのを理解して下さいな」
「そうなりますわね――リーバルン様にすぐにでもご報告したかったのに」
「少しの辛抱ですよ。すぐに会えるようになります――では私は仕事の引き継ぎを行いますので」

 その日、リーバルンはしばしの別れを告げるため清廉の泉を訪れたが、ナラシャナは来ていなかった。リーバルンはホーケンスのトイサルに後を頼み、調査の旅に赴いた。

 

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