6.1. Story 4 闇が遣わし者たち

 Story 5 理解の限界

1 蘇生

 

刑事の勘

 日が暮れてもサービスエリアは混乱していた。警察、自衛隊、消防署にマスコミのヘリコプターまでもがひっきりなしに発着し、車を失った人々を落ち着かせようと躍起になる者もいれば、大声で騒ぎ立てて興奮を煽り立てる者もいた。
 リンは車に戻ってから、テニスウエアに着替えを済ませ、何食わぬ顔をして道を行く術を失った人々の群れに加わった。

 
 話はその日の昼前まで遡る。
 警視庁特殊事象班の班員、蒲田大吾の頭の中には、沙耶香の部屋の灰になった紙に書かれた『文月』の二文字がずっと引っかかっていた。
 文月は旧暦の7月を意味するがこの場合は苗字だろう。文月、どこかで聞いた言葉の響きだった。そうだ、山坂の剣道の稽古だ――

 
 蒲田は現場近くの交番で電話を借り、警察学校で同期だった山坂哲郎を呼び出した。
「山坂、文月って名、いや姓か、心当たりあるよな?」
「文月凛太郎かな。お前にも話しただろう。OBの紹介で道場に来た青年で、ケイジ流という自己流の流派だった。大した強さではなかったがおれは稽古で負けた」
「都大会で優勝したお前がか」
「信じてもらえないかもしれないが、確かに一瞬、気配を完璧に消し去ったんだ。ぎょっとした隙に打ち込まれた」
「家がどこにあるか知ってるか?」
「ああ、どうしても手合せしたくなったので電話した。そうしたら『もう稽古には行かない』と言ってな。何だこいつは、と思ったよ。納得がいかなかったおれはあいつの家まで押しかけた――」
「山坂、詳しい話はまた後で聞く。今は住所を知りたい、どこだ?」
「何かやらかしたのか。確か、家は江東区のS町だったかな」

 
 中央高速でガインが暴れ出した同じ頃、蒲田は車でリンの家に到着した。一階の喫茶店、『都鳥』に客はおらず、静江が一人でカウンターの中にいた。
「リンちゃんならテニスの合宿で出かけましたよ」
 蒲田の質問に静江はにこやかに答えた。
「そうですか。出直しますのでどちらに何泊の予定か教えて頂けませんか?」
「山中湖と言ってましたけど帰りは……すぐ帰ってくるんじゃないかしら」
「何か理由でも?」
「いいえ、ただの勘です」

 
 蒲田は静江に礼を言い『都鳥』を後にした。
 空振りか――昨夜、あんな大事件に関係した男が翌日、山中湖でテニスというのは普通の感覚ではない。そもそも事件自体が普通の人間の仕業とは考えにくかったが――

 車に戻ると無線が鳴り続けていた。
「ああ、西浦さん、お疲れ様です――えっ、中央高速で車が炎上中、でも事件じゃなくて事故ですよね……百台以上の車が破壊されて……西浦さん、D坂SAって山中湖に行く途中でしたよね」
 無線を切った蒲田はリンの帰りを待つため、再び『都鳥』に戻った。

 

深夜の帰京

 サービスエリアでは道路が破壊されたために帰れなくなった人々を自衛隊のヘリで東京や名古屋に送る作業が始まった。県警は現場にいた「体格のいい男」と「Tシャツの若者」に事情を聞こうと二人を探し回っていた。

 一人の警察官がリンに尋ねた。
「Tシャツの若者ですか……わかりませんね」
 ポロシャツにジャージ、キャップを目深にかぶったリンが答えた。去っていく警官を見送りながらリンはため息をついた。
「こんな事情、どう話したってわかってもらえないよ」

 
 別の捜査員たちが高速道路の下の谷底に倒れているガインを発見した。警戒をしながら接近するのに集中するあまり、もう一人、別の男が音もなく背後に立ったのには気が付かなかった。
 男はガインを包囲しながらゆっくりと近づく六人の捜査員たちの前方に回ると恭しく一礼をした。驚いた捜査員たちが棒立ちになったのを見逃さず、着ていたコートのような服の前をはだけると、体中から鋭い無数の棘のような突起が槍のように二メートル近く飛び出して捜査員たちの体を貫いた。
 棘はするすると体に戻った。捜査員たちが声を発する間もなく倒れたのを確認してから男はガインに声をかけた。

「ざまあねえな」
 うつ伏せに倒れていたガインは声をかけられると、ごろりと仰向けになり、黙ったまま夜空を見上げた。
「へへ、おれはもっと簡単にやるぜ。今みてえに一方的に殺しちまえばいいんだ」
 コートを着た男は不気味な笑いを浮かべながら言った。
「勝手にしろ」
 ガインはゆっくり立ち上がり、男を残して去っていった。

 

先頭に戻る