目次
1 Yの独白
この箱庭を初めて訪れたのはずいぶんと前の事だ。
不死の肉体を持つ自分に時間の経過は意味がない。『冷凍航法』を用いずに、ゆっくりとこの地を目指した。
最初に到着したのは《古の世界》と呼ばれる様々な種族が争う星だった。
その時分はそこの各種族の始祖の遺したと言われる強大な力を手に入れてしまえば簡単にこの箱庭を支配できると考えていた。
『空を翔る者』という種族がいた。『シャイアン』という巨大な鳥の神をこの世界に残したが、呼び出して使いこなすには確固たる血統を持つ者が契約を締結する必要があったため手が出せなかった。
『地に潜る者』という種族は『ミラナリウム』という世界の如何なる金属よりも固い鉱物を残したらしかったが、その存在自体が証明されていなかったので見送った。
『水に棲む者』という種族には『凍土の怒り』という剣と『大陸移動の秘法』という術が王家に受け継がれていた。
統率の取れない水に棲む者は格好の標的だった。貴族に成り済まし、要職に就き、『凍土の怒り』を手に入れ、血統からくる資質を必要とする『秘宝』の力を受け継いだ姫には覚めない眠りについてもらった。
だがここで問題が発生した。《古の世界》は短気な創造主の手によって滅亡させられたのだ。
手に入れた『凍土の怒り』の強化も兼ねて《巨大な星》へと移動したが、『氷の宮殿』で憎きサフィと対峙して敗れた。
大した傷ではなかった。死ぬ事のない身であったので休めば傷は癒える。
再び《巨大な星》へと戻ってきたサフィのシップに忍び込んで、《享楽の星》に渡り、復活の時を待った。
《享楽の星》ではArhatジュカに存在を知られた。ジュカからは他人の造った箱庭への無断侵入者を取り締まる『星間火庁』、通称Vanisherに連絡をすると警告されたが、簒奪の先例について研究を重ねてきた。
過去の例を紐解けば、パーケナイの庭やサンシオーニ銀河のように、完全な支配者となってしまえば、一切罪に問われる事はなくなり、消滅させられる事もないのだ。
発見される前に銀河覇王となれるか、時間との戦いのように映るが勝機は十分にあった。
Vanisherのいる『上の世界』からこの箱庭までは相当に距離があったが、プライドの高い彼らは依頼者であるこの世界の創造主の持つ空間を一瞬で移動する能力の使用を良しとしないはずだ。
必ずや『冷凍航法』を用いるだろうが、航法の技術的欠陥によってかなりの頻度で事故が起きていた。そのまま永遠の眠りにつくか、目覚めても記憶を失っていてくれれば、しめたものだった。
《享楽の星》で完全に体を癒し、《歌の星》に移り住んだ。
考えは大きく変わった。
強大な遺物を携え、自らの力で覇王への道を切り開くつもりだったが、それは間違いだった。
そんな苦労をせずともこの世界で覇王が誕生するための雰囲気が醸成され、覇王が誕生した時に、かの者を破りさえすればいいではないか。
自分は不死身だ。何度敗れた所で最後の一戦に勝利さえすればそれだけで覇王になれるのだ。
忌々しいデルギウスに星を追われたが、より快適な《青の星》を発見し、この場所こそが銀河覇王と最終決戦を行う地だと直感した。
ところが、あの
あの
男が現れた。ノカーノはまぎれもなくVanisherだった。
記憶を失っていたくせに、あやうく消滅させられそうになった。
一命を取り留めたが、日本という名の弓なりの島で千年もの長い眠りにつかねばならなくなった。
千年の眠りから覚めると景色は一変しており、地下世界で力を十分に蓄えた。
既にノカーノはいなくなっていたがその血を引く者がこの地にいるという話をある男から聞いた。
彼らがいつ力に目覚め、消滅にやって来るかもしれない、注意深く行動するようにした。
ノカーノの力を受け継いだのは文月という名だとある女から聞いた。
何と言う偶然だ!
文月と言うのは悲願であった距離を最小化する『転送装置』のプロジェクトで当て馬的に雇った男の家系だった。
その息子、文月凜太郎という青年は完全にノカーノの力を受け継いだ能力者だったが、その力はNine Lives発現に注がれるだけで、Vanisherの任務については無理解だったため、自身の身の上に危険が及ぶ事はなかった。
創造主アーナトスリを消滅させたという話を知った時には心底身震いしたが、幸運にも文月凜太郎は新たなる創造主の座へと登り詰めた。最早下の出来事には干渉しないはずだった。
文月凜太郎の子供たち、そのまた子供たち……ノカーノの能力を引き継いだ者は現れなかった。このまま観察を怠らず、無茶な対応さえしなければ、覇王出現の日まで安全だった。
そして待ちに待ったその日、ついに銀河覇王は誕生した。
覇王は予想通り、この星に縁ある者、しかも文月の姓を名乗る男だった。
だが恐れる事はない。長い歴史の中でノカーノ、文月凜太郎は聖なる力を有していたが、滅多に発現するものではない。文月の直系の子供たちにも力は宿っていないのだ。
間もなく銀河覇王はこの星に戻ってくる。ジウランという歴史学者の孫が一緒のようだが、結局あの男は何だったのだろう。
注意を払い、幾度か警告を与えたが、脅威となる点は見い出せなかった。
この最終決戦に当っては無視してよい存在かもしれない。
さあ、マリスよ。来るがよい。この元麻布聖堂に。
不死の者の恐怖に震えるがよい。