9.9. Story 2 嵐の前

 Story 3 頂上決戦

1 変わらない景色

 マリスとジウランのシップは東京湾上にあるかつての連邦、現在は新・帝国の出張所に到着した。
 覇王の突然の来訪に係官たちは動揺したが、マリスは穏やかな笑顔で応えた。
 五分後には警備の総責任者にあたるチコがヨーロッパから駆け付けた。

「――覇王。何事ですか?」
「いや、大した事じゃないよ。でもこれから東京で一騒動起こす予定なんだ」
「なるほど。先日お戻りになられたデズモンドさんも同様の事を申しておりましたが、『詳しくは覇王に訊け』と。警察の蒲田さんに伝えて警備体制等の詳細を詰めます」
「ああ、だったらついでにデズモンドと『パンクス』の釉斎先生にも連絡入れておいてくれないか?」
「承知しました」

 
 マリスたちがカフェで待っていると珍客が到着した。
「よぉ、どうにか間に合ったな」
 現れたのはコメッティーノとくれないだった。
「どうしたの?」
「水牙の野郎。後になって言いやがるもんだからよ。慌てて後を追いかけてきたってもんよ」
「ああ、そう言えばコメッティーノとくれないは開都で探偵社を開業してるんだね」
 マリスが言うと、くれないがにこりと笑った。
「それにしてもジウラン。君のおかげだよ。危うくボクも兄妹も皆、存在しない世界になるとこだった。来られる人間は皆、ここに来ると思うよ」
「え、何のために?」
「応援に決まってるじゃないか。半分冷やかしかもしれないけどね」

 
 くれないの言葉から間もなく、カフェのヴィジョンに映し出されたのはむらさきの姿だった。
「マリス、ジウラン。元気ですか。まずは助けて頂いたお礼を言わなくては。どうもありがとう」
「いや、お礼だなんて」
「自分が存在しない世界だなんて想像もできません……ただこの世界が戻った事によって悲しい結末を迎えているケースも当然あるのでしょうね」
「あ、うん」
 ジウランの頭の中には蒲田の友人だという山坂の名前が浮かんだ。あっちの世界だったら剣道の道場主でちびっ子たちに囲まれていたのに、こちらではすでにこの世を去っている。
「そういった方たちの分まで生きないとね――あら、フォルメンテーラも話をしたいみたい」

 ヴィジョンにはすっかり成長したフォルメンテーラが映った。
「マリス、お久しぶり。ジウランは初めましてかしら」
「やあ、フォルメンテーラ。何か預言めいた事があるのかい?」
「ないわ。あなたたちが勝つんじゃないの。でも一つの別れが見える。誰かまではわからない」
 ジウランは心臓を締め付けられるような痛みを感じた。それに気付いたマリスが「大丈夫だよ」と言わんばかりにジウランの肩を軽く叩いた。

 
 次にヴィジョンに映ったのはロクとセカイだった。セカイの隣には見知らぬ男性が立っていた。
 ロクもむらさきと同じように礼を言い、セカイが続けた。
「メサイアも話がしたいって」
 メサイアと呼ばれた男性が静かに微笑んだ。
「やあ、マリス、ジウラン。もしも君たちが勝てなくても安心していい。私がその男をきれいさっぱり消滅させてあげるから」

「えっ、メサイア」
 ヴィジョンの向こうのセカイが驚きの声を上げた。
「答えが出たの?」
「情報が少ないんで苦労したけどね。彼を生かしておく事は正しくない」
 これを聞いたマリスは複雑な表情を見せた。
「君に消されないように私は立派な覇王になるよ」
「あははは、君なら心配ないよ。そもそもセカイがそれを許してくれないさ」

 
 ロクのヴィジョンが消え、カフェには一瞬だけ沈黙が訪れたが、茶々の来訪により破られた。
「よぉ、マリス。それにジウランか。お前らのおかげで消えなくて済んだって話じゃねえか」
「茶々。わざわざ来たのかい?」
「まあ、興味半分って奴よ。リチャードの代わりってのもある」
「リチャードか。色々な事が片付けば会う機会もあるんでしょうかね」
「どうかな。会ったところで共通の話題がある訳でもねえ」

「今からどうされるんですか?」
「とりあえずセキの家に行くけど、お前らも一緒にどうだ?」
「ご一緒しますよ――ジウランはどうする?」
「あ……僕はじいちゃんの所に」
「わかった。それじゃあ、又、ここで落ち合おう」
「急がなくていいの?」
「何千年も待ってたんだ。相手も逃げるどころか、早く来てほしいって思ってるはずさ。少しじらしてやろうよ」

 
 ジウランはマリスと別れ、一人、デズモンドの下に向かう事にした。
 出張所を出てヴィジョンを入れると、地下にいるようだった。
 爽やかな早朝の日の下、ジウランは新木場まで歩きながら一人で考えた。
 セキの家に行けばもえおばさんと顔を合わせないといけない。そうなれば美夜の話になるのは確実だったが、今はその気になれなかった。
 ただでさえ皆の足を引っ張る自分が戦いに集中せずに色恋沙汰に現を抜かすのはよくない。マリスと帰る道すがらで様々な人に会い、考えた末に導き出した結論だった。

 公園は開園前だったので近くのビルから地下に降りた。
 デズモンドは広間のソファで大いびきをかいて寝ていたが、ジウランが来ると目を覚ました。
「どうやら無事に戻ったな」
「別に戦いがある訳じゃないしね。無事だよ」
「少しは戦う顔付きになったみてえだな」
「大した力にはなれないけど」
「そう言うな。美味しい所は残しとくからよ」
「で、いつ乗り込むの?」
「そうだなあ。大吾たちからの連絡待ちだが、明日にでも」
「明日って。今はいつ?」
「確か6月だったかな。わしもよくわからなくなってるよ」

 
 マリスは茶々、くれないと一緒に門前仲町に向かった。
「あら、マリス、茶々、くれないも。ジウランは?」
 応対に出たもえが言った。
「デズモンドの所に行きました」
「まあ、そう――ねえ、皆、お待ちかねよ」

 広い和室にはハク、マーガレット、コク、麗子、コウ、順天、セキが揃っていた。
「どうしたんです。ハクは忙しいでしょうに」
 マリスが尋ねるとハクは笑った。
「いや、コクの結婚式でこちらに来て、そのついでにね」
「ああ、そういう事になるんですね」
「どうしたんだよ」とコクが訊いた。
「いえ、最近、時系列が色々と乱れてしまって、今がいつなのかがよくわからなかったんです」

 この人たちはもう一つの世界に自分たちがいなかった事は覚えているが、正しい世界を取り戻すために何があったかまではわかっていないんだ、マリスがぼんやり考えているとコクが話を続けた。
「でよ、ハクと俺が1970年に戻ってガキの頃の親父に会った話をしてたんだ」
「不思議な勝負だったな」とハクが言った。「誰かと戦う訳でもなく、淡々と推移を見守った。ただ歴史通り、源蔵お祖父さんがいなくなった理由だけははっきりした」
「僕の方も」とセキが言った。「変な勝負だったよ。『ネオ』を元の軌道に戻すんだからね。マリスも前半参加してたよね」
「奇妙さなら」とコウが言った。「おれのが一番だろ。何しろリチャードの鎧がそのまんま過去に飛んで暗黒魔王を生み出したって話だ」
「ボクのも似てたけどね」とくれないが言った。「でも爆発が起こって大失敗だった」
「そういう意味なら」と茶々。「オレやロクのは生々しいな。あのキザリタバンが文月に対して感謝の言葉を述べたんだぜ。ロクのに至っては連邦を虫の息状態に追い込んだってもっぱらの話だ」
「こうしてみると」と再びハク。「皆、一筋縄ではいかない体験をしているな。マリス、君のはどんなだったんだい。私たちがいない世界というのは?」

 
「……一口では言い表せないですね。非常に長い時間をかけた勝負だったような気がします。先ほど『時系列が乱れた』と発言しましたが、それもこの並行世界での体験があるからだと思います。元の世界に戻ってみれば、コクが結婚式を挙げて、そのままハクと二人で参加した七つ目の勝負が終わった所ですからね」
「なるほど。ではこういう事かな。一つ目のコウの勝負はこの世界の過去に干渉する事によって未来が決定された。四つ目の茶々、五つ目のセキ、六つ目のロクの勝負は現実世界で起こり、影響を及ぼしている。七つ目の私たちの勝負は、可能性だけだがやはり、過去に干渉して未来に影響を及ぼそうとしている。二つ目のくれないと八つ目のマリスは完全に並行世界での出来事、だと分類できる」
「ハクは分析が好きだなあ。そんなのわかったってどうにもならねえだろ。相手は創造主だぜ」
「ああ、コウの言う通り、何もならない。だが今後マリスを盛り立てていく上で、現在、何が起こっているかを正しく知るのは必要だろ?」
「確かにな。過去も未来も異なる空間も一緒くたにして、色々かき回されてよ。マリスの言葉じゃないけど時系列がずたずたにされてるよな。創造主だけじゃなくてダディまでぐるになって何かを企んでる可能性はある」

「あの」とマリスが口を開いた。「そういう意味では三つ目の、ヘキの勝負はどうなったんですか?」
「それが」とくれないが言った。「連絡が取れないんだ。《鉱山の星》でパパに会ったらしいんだけど、その後の足取りが掴めてない」
「噂では」とセキ。「ケイジに会ったんじゃないかって話だけど」
「ケイジが……大都さんも戻ったし、ありえない話じゃないですね」
「まあな」とコク。「創造主エニクもそれらしい事言ってたから、親父がやらかしたんじゃねえか」
「という事は、ケイジは今、この世界に?」
「わからねえよ。いずれにせよ親父も創造主も胡散臭いって事さ」

 

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