9.8. Story 1 父の最後の告白

 Story 2 狂騒の夏

1 一旦全てを破壊しないと新しいものは生まれない

「しかし」とコクが出席者を前にして言った。「ここまで大々的にやるつもりはなかったんだけどな」
「いいじゃないか」
 セキが二人の子供、アウラとヒナの手を引きながら答えた。
「家族で遠出なんて久しぶりでさ――ほーら、アウラ、ヒナ。あっちに見えるのが富士山だよ」
「えーっ、富士山はあんな形じゃないよ」
「うーんとね、あれは二千年くらい前の富士山なんだ。活火山だからそのうち噴火すればきれいな形になるんだよ」

 
 セキはもえ、アウラ、ヒナを連れて《ネオ・アース》に里帰り中だった。
 セキだけではなく、コウ、順天、ムータンの家族も一緒で、コクと麗泉こと麗子の結婚式に出席するためだった。
 コクと麗子の家の前の広大な農園で行われる結婚式には、源蔵、静江の夫婦、沙耶香、そしてデズモンドも参列していた。

 
「もっとこじんまりとするつもりだったのによ」
 コクが尚も未練がましく言うと麗子が言った。
「何、言ってるの。これだけの人に祝福してもらえるなんて幸せ者よ」
「まあな」
「麗子さん」とセキが言った。「他の兄妹も来ればもっと賑やかだったんだけどね」
「皆、忙しいんだから仕方ないわ。むらさきはヴィジョンを送ってくれるみたいだし……でもハクには来てほしかったな」
「あいつは中でも大変なんだ。真っ先に連邦からの離脱を決めて新・帝国に付く宣言しちまったしな」
 コクは言った。

 
「ねえ、年寄り組が呼んでるよ」
 セキは農園に並べられたテーブル席に源蔵たちと腰かけ、早くもほろ酔いになったデズモンドが手招きするのに気付いて言った。
「仕方ねえな……」
 麗子の手を取って行きかけたコクが立ち止まった。
「今、言ったばかりだってのに。あいつ、結局来やがったよ」

 
 遠くから家族連れがやってくるのが見えた。ハクがパブロの手を引き、マーガレットは最近生まれたばかりのネネを抱いていた。
「やあ、遅くなってすまない。ネネのR&A(耐性と適性)審査に手間取ってね」
「R&Aって、いつの時代の話だよ」
「仕方ないだろう。そう言えばパブロの時はどうだったっけ?」
「ぼくは別に――」
「まあ、いいよ。忙しいのにこんな遠くまで足を運んでもらって悪かったな」
「当たり前だ。何を差し置いても駆け付けるさ」
 コクは鼻の脇をぽりぽりと掻きながら照れ臭そうに笑い、ハク一家を労った。

 
「ハクたちも来たし、これで全員だね」
 一同がテーブルに着席した所でセキが声を上げた。
「おお、早く乾杯させてくれよ。美味そうなんだよ、この有機ワイン」
 デズモンドが負けずに大声を出すと、もえがたしなめた。
「もうさっきから飲んでるじゃない」

 
「僕たちもお祝いさせてもらっていいかな?」
 テーブルにいた一同は声のした方を振り向いた。
 声の主はリンと大都だった。
「おお、遅いじゃねえか。もう始める所だったぜ」
「だからデズモンドはさっきから始めてるって」

 
「コク、おめでとう」
「親父、久しぶりだな。紹介しておく。麗子だ」
「麗子です」
「うん。兄さんが早く良くなるといいね」
「おい、おい。親父も創造主ならどうにかしてくれてもいいだろ?」
「コク。無理言わないで」
 慌てて麗子がコクを制した。
「今までだってむらさきやもえに奇跡みたいな治療をしてもらって、これ以上何を望むと言うの」

「コク。何か願いを叶えるには別の何かを犠牲にしないといけない。もちろんその犠牲になる何かは君たちに直接関係ない人たちの場合が多い。でも創造主としてはそれをしちゃいけなかった……最近学んだ事なんだ」
「ふん。不自由なもんだな。だがわかったよ。俺は俺のやり方で麗子たちを幸せにするよ」
「そうだね。頑張って」

 
 大都は源蔵と静江のいるテーブルに移って昔話に花を咲かせ始め、リンはハク一家の下に向かった。
「やあ、ハク」
「父さん。《虚栄の星》でのアーナトスリの一件以来だね。あの時はそれどころじゃなかったけど、改めて家族を紹介するよ。妻のマーガレット」
「よろしく。ハクがいつも世話になっているね」
「よろしく」
「そして息子のパブロ」
「……君がパブロか。ずっと会いたかったんだ。こんにちは」
「こんにちは」
「そして娘のネネ。もっともまだ挨拶もできないけど」
「ネネちゃん、おじいちゃんですよぉ」
 マーガレットに抱かれ、すやすや眠るネネをリンはおどけた顔で覗き込んだ。

「父さん、コクと私に話があるんだろう?」
「ああ、でもコクは今日の主役だからね。お開きになってからでいいよ」
「他の兄妹はもうすでに参戦したって聞いたけど」
「うん、最初がコウとむらさきで龍の王国に行ってもらった。次はくれないで《古の世界》、ヘキが『守る者』、茶々は聖なる樹、セキは『ネオ』の衝突、ロクはこの間のGCU危機」
「残るは私たち二人か。どんな舞台だろうね」
「まあ、不思議な設定としか言いようがないんだ」

 
 コクの結婚式が終わり、大人たちは源蔵の家で飲み直し、子供たちはセキの引率の下、『ステーション』にサッカーの試合を観に出かけた。
 リン、ハク、コクの三人は農場の柵に並んで腰掛け、美しい満天の星を眺めた。
「で、親父。話ってのは例の勝負の事だろ?」
 コクが尋ねるとリンは頷いた。
「うん。今、三勝三敗だからこの勝負はとっても大事だ。ここで一気に二つ勝ち越さないと、もう勝ち目はない」
「それで勝負の内容は?」

 
「――舞台は西暦1970年の《青の星》、そこである少年を守る事」
「ある少年?」
「具体的に言えば、八歳の僕だ」

「やはりそれか」とハクが言った。
「ん、やはりとはどういう意味だい?」
「以前、魔が蘇るちょっと前に西浦さんが一枚の写真を見せてくれたんだ。どんな写真だったか覚えてるかい?」
「何だっけ?」
「そこには子供だった父さんとそれを尾行する私達の姿が写っていた。場所は万博会場だったよ」
「よく覚えていたね」

「なあ、親父。その頃、誰かに狙われてたのか?」とコクが尋ねた。
「その年は大阪で万国博覧会があったんだけどその前後の記憶が曖昧なんだ。でも一つだけ確かなのは僕の父さん、文月源蔵が失踪したのはその年だった」
「父さん、過去に干渉しろと言う事かい。下手をすれば滅茶苦茶になるよ」
「ハク、彼ら創造主はそういった不整合についてはひどく無頓着だ。全て誤差の範囲だと考えている。だからもしも僕を守りきれなくて、僕が死ぬような事になっても、或いは変な形で過去を捻じ曲げたとしても、彼らは気にしちゃいない」
「リチャードの一件か。コウから聞いたがよくわからなかったな」

 
「これまでの勝負について私なりに分析してみたんだ」
 とハクが髪を掻き上げながら言った。
「最初の三戦は並行世界での出来事で片づけられる。結果がどうあれ、今のこの世界には何も影響を与えていない。だがその後の三戦は明確に今の世界に影響を及ぼした。ユグドラジルが蘇り、《青の星》と『ネオ』の衝突の危機があり、GCU本位制は崩壊した。よって次の勝負も影響あると考えるのが自然だろう?」
「さすがはハク。見事な分析だね。でも一つだけ間違いがあるよ。実は三戦目で僕はやってはいけない事をやって、もう今の世界を変えてしまっている」
「えっ、それは?」
「本筋と関係ないからいいよ。とにかくこの戦いと次の戦いで全てが収まる……それはあらかじめ決められていた事かもしれないけれど」

「親父。また訳のわからねえ事言い出しやがって。セキだって、ロクだって、必死にやったじゃねえか。それが全部、その何だ、予定調和だってのか?」
「いや、ごめん。僕の考え過ぎだ。ただ最初の勝負の時から説明の付けられない違和感があるんだ。リチャードが龍と闘い、その鎧が過去に飛んで、暗黒魔王を生み出した。彼らはそれをわかっていて、それを実現するためにああいう勝負を仕掛けたんじゃないかって事」
「父さん、それを言い出したら、父さんがナインライブズの時に創造主を追い出した時点から予定調和になってしまうよ」
「そうなんだよ。結局、僕らは誰かの掌の上で遊んでいるだけ、もしかしたらエニクたちも同じ状況なのかもしれないってね」
「親父、それはあれだ、創造主の職業病ってやつだ。自分が操ってるつもりが、本当は誰かに操られてるんじゃないかってな――上等じゃねえか。俺たちみたいな被創造物は操られるだけの存在なんだから、糸がからむまで操られてやるよ」
「コクの言う通りだ――じゃあ明日になれば1970年の東京にいるはずだから。子供の僕をよろしく頼むよ」
 そう言って一旦立ち上がったリンだったが、再び二人の息子の間に腰を下ろした。

 
「そうだ。僕に訊きたい事があるよね?」
「ああ、たんまりとな」

 

【リンの回想:道を示す者】

 僕は当然、君たち二人の優秀さがわかってた。でもいずれは壁にぶち当たる、その時にエリートの君たちが乗り越えられるのか心配だった。
 そして君たちの実の弟、最も凡庸だと思っていたセキが最初に覚醒した。君たちの焦りは相当なものだったろうね。
 君たちが《巨大な星》に行った時に、僕はある人に頼み事をしたんだ――

 

「ドワイト、ジノーラだな?」
「その通り――

 

 コクはジノーラに導かれるまま、悪の道を邁進した。でも優秀な君の事だ、途中で自分の役割に気付いたはずだ――

 

「まあな。チオニの時には理解していた……だが俺のせいで『草』の組織を壊滅させたのだけは悔やんでも悔やみきれねえ」
「葵が言ってたように『裏の世界に生きる者がその大義を失えば、後は滅びるのみ』なんだよ。それに荊や葎たち、優秀な若者は生き残った」
「そんなもんかねえ」
「そうさ――

 

 ハクについては、ジノーラに頼んでマーガレットの協力をもらった。フォローの花屋で働く事も、爆発事故が起こる事も、全部ジノーラが仕組んだ。でも二人の間に本当の愛情が芽生えるとまでは予想してなかった――

 

「――親父はわかってねえよな。ハクはそれまで女に対して免疫がなかったんだぜ。イチコロよ。まあ、マーガレットがその純粋さにやられたのは驚きだけどよ」
「コク。あまり言わないでくれ。あの頃の自分を思い出すと恥ずかしくなる」
「茶化してる訳じゃねえ。尊敬してんだよ。純な気持ちは大事だなあって。今じゃあ、パブロみたいな天才児にまで恵まれたじゃねえの」

「パブロか」
 リンがいきなり呟き、ハクとコクは言葉を止めた。
「親父?」
「父さん、パブロがどうかしたかい?」
「いや、初対面だったけど面白い子だなって」
「確かにあの子は違う。ヒナもセカイもヴィゴーもフォルメンテーラも変わってるけど、そういうのとは違う……父親なのに上手く表現できないな」
「いいんだよ。彼には彼の人生がある」
「父さん、実は心配なんだ。今まで一度も我儘を言った事のないパブロが『どうしても弟か妹が欲しい』ってごね続けて、それで娘のネネが生まれた。ネネがいれば自分はいなくても両親が淋しがらない、パブロはこのままどこかに行ってしまうんじゃないかって」
「――その時になればわかるよ」
「その日はそう遠くないんだね?」

「なあ、ハク。親父が言いたいのは『いずれ子供は親離れする』っていう至極真っ当な意味じゃねえか?」
「うん、そういう事にしとこう――ごめんよ、ハク。嘘をつくのが下手なんだ」
「いいんだよ、父さん。うっすらと覚悟はしている。父さんはリチャードの件も知ってるんだろう?」
「知ってるよ」
「おい、何だよ」とコクが口を開いた。「リチャードの件ってのは」
「リチャードが龍との戦いで行方不明になった時に介抱したのがパブロだったんだ。前日にパブロの帰りが遅かったんで、次の日、私は後を付けた。そうしたら海岸でリチャードと話し込んでいた。もちろん、そこに飛び出していくような真似はしなかったけどね」
「おい、予想以上だぞ。パブロは何者だ?」
「――もうすぐわかるよ。じゃあ明日からよろしく頼むよ」

 

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