9.6. Story 2 レプリカ

 ジウランの航海日誌 (14)

1 生き続ける闇との対話

 ディック・ド・ダラスとの会談を終え、ニューヨークでリンと別れてから、デズモンドが言った。
「さあて、もう一か所、行かなきゃなんねえ場所がある」
「東京に戻るんだね」
「ああ、そうだ。急ごうぜ、待ち合わせの時間に遅れちまう」
「待ち合わせ?」

 
 デズモンドとセキは東京に急行し、門前仲町の屋敷に戻った。
「帰ったぜ」
 もえがにこにこしながら出迎えに現れた。
「もう来てるわよ。偉い人を待たせるなんていいご身分ね」

 茶の間に向かうとその人物はアウラ、ヒナと縁側で談笑していた。
「よぉ、マリス。忙しい所済まなかったな。とは言っても呼び付けたのはリンだからな」
「今までアメリカにいたんでしょ?」
「『アメリカの王』と呼ばれる大物に会ってた。自分の地位さえ保証されるなら連邦でも新・帝国でも問題ないらしいぞ」
「それは当然だね」
「まあ、ゆっくりと座って話そうや」

 
「じゃあヨーロッパとアメリカは問題ないね」
「お前、出張所に寄らなかったのか?」
「うん、色んな人が挨拶に来るのがうっとおしくてね。完全なお忍びさ」
「そりゃ、お忍びじゃなくて密航だ――大陸の西はリンの弟子のチコが掌握してるし、東はコウの一味が統治してる。アメリカは言った通り、ド・ダラス次第さ。で、残ったのはこの国、お前も知っての通り、極めて特殊な島だ」
「『神の住む島』か。となると当然会うべき人物は――」
「お前との最終決戦を待ち望む男がいいな」
「わかった。でもその男は正体を現さないんじゃ」
「わしの友達にツテがあってな。今からそこに向かうぜ」

 
 デズモンド、マリス、セキの三人は新宿に向かった。
 シゲさんの店のドアをくぐると、ムーちゃんが不安そうな面持ちでカウンタに腰かけていた。
「もう、遅いじゃない」
「すまん、すまん。色々と飛び回っててな」
「バックレかと思ったわ」
「そんな事するもんかい。ああ、セキは知ってるな。こっちがマリスだ」
「ひぇーっ、本物ね。何だか緊張してきたわ」
「なあ、ムーちゃん。本当に大丈夫か?」
「任せてよ。今日は都内にいるのは確実だから」
「そうじゃねえよ。ムーちゃんの身の上さ」
「わかんないけど、あたしがあいつだったら最大の敵に会っとこうって思うわ。デズモンドの旦那だってそうでしょ?」
「ああ、まあなあ。じゃあ行くか」

 
 夕闇の迫る中、四人がタクシーで乗り付けたのは東京郊外の閑静な住宅街だった。小高い山の上に城壁のような塀に囲まれた屋敷が見えた。
「あそこが奴の家か?」
「さあ、何軒かあるアジトの一つじゃないの。あたしたち矢倉衆も色んな場所、転々としてるし」
「ふーん」

 
 街灯に照らされた屋敷の前には黒塗りの高級車が停まっていた。
「ふぅ、厄介な番犬を手懐けなきゃ。ちょっとここで待っててね」
 ムーちゃんはひょこひょこと車に近付いて運転席の窓ガラスをこんこんと叩いた。窓ガラスが降りて、ムーちゃんは中の人間と二言、三言会話をした。
 運転席のドアが開き、そこから男が降りた。デズモンドと同じくらいの体格のスーツを着た男だった。

「うひょー、強そうなのがいるじゃねえか」
 少し離れた物陰から様子を見ていたが、デズモンドが騒ぎ出しそうになったので、セキが慌ててその口を塞いだ。
 男は屋敷の中に向かって歩いたが、突然に立ち止まり、ムーちゃんの下に戻ってきた。
「貴様、誰を連れてきた?」
 男は目にも止まらぬ動きでムーちゃんの首筋を締め上げ、ムーちゃんは目を白黒させた。
「待て!」

 
 誰よりも早くデズモンドが二人の下に飛んでいった。
「……」
 男はムーちゃんを締め上げる手を緩め、突然の来訪客たちを一瞥した。
「貴様らが何者かなど興味はない。この場で殺す」
 男とデズモンドが睨み合い、セキとマリスは咳き込むムーちゃんを介抱した。

 睨み合ったままの二人の距離がじりじりと近付いたその時、屋敷の中の電気が突然に点いた。
「遠刈、下がれ」
 殺気をほとばしらせていた男が素直に従い、屋敷の中からもう一人の男が出てきた。
「私がお呼びした客人だ。無礼な真似をするな」
 浅黄色の着物を着た初老の男が非礼を詫びた。
「デズモンド・ピアナ。久しぶりだな……そちらは確か文月リンの」
「セキです」
「そうだったな。九人もいるとなかなか覚えられない。そしてそちらが――」
「あんたの最終決戦の相手、マリスだよ」
「ほぉ。銀河を統一する宣言を出したあのマリスか――ここで話すのも何だ。中に入りなさい」
 デズモンドたちは屋敷の中に案内された。遠刈の姿はいつの間にか見えなくなり、ムーちゃんはとっくに逃げ出していた。

 
「無粋な真似をして悪かったね」
 室内には初老の男の他にもう一人、細身の金縁眼鏡をかけた男が腰掛けていた。
「ありゃ、先客がいたか。何なら出直すぜ。もう一度あんな歓待されても困るが」
「この男は気にしないでいい。この辺りの治安を引き受けている者で、今雑談をしていた所だ」

 デズモンドは興味深そうにもう一人の男を観察し、やがて言った。
「――さしずめ警察署長って所か……専内さんって名前じゃないか?」
 名前を言われた男は一瞬ぎょっとした表情になったがすぐに答えた。
「名前をご存じとは。名誉な限りですな。どこで私の名を?」
「蒲田大吾が言ってたんだよ。あんたの事、『ノンキャリの星』だって――でも色々な事がわかったよ。あんたが異例の出世をした理由、そしてあの事件が事故扱いで片付けられた理由。距離こそあるけどこの場所はあの山中と同じ管轄だもんな」
「はて、事件とは何の事を言われてるのか」
「いいんだよ。今日はそんな事のために来たんじゃないんだ」
 そう言うとデズモンドは初老の男に改めて向き直った。

 
「で、何の用かね?」
「あんたの意見を聞きに来たんだ」とデズモンドが答えた。
「意見。どういう意味かな?」
「実はここに来る前、この星の総意を確認してきた。アジア、ヨーロッパはもとよりアメリカの王にも会ってきたんだ」
「それは凄い。だがこの日本の意見であれば私ではなく、別の然るべき人間がいる」
「いや、そんな奴らはどうせ村雲の息のかかった連中だし、その村雲だってあんたにはいちいちお伺いを立てている。あんたこそがこの日本の最高権力だよ」
「それは困った状況だね。私も君と同じように他所者だから、そんな立場にないのは理解できるだろう」
「あんたの大好きなこの東京がなくなっちまうかもしれないんだぜ。それでもいいのか」
「話してくれたまえ――

 
 ――ふむ。それは大変な事態だ。確かに地上の小僧共にこの話をすれば、蜂の巣を突いたような騒ぎになるだけで、結局何も解決策を出せんな」
「で、あんたの意見は?」
「君たちは自分の力を過小評価してはいないか。素晴らしい能力を持った戦士、優秀な科学者、それらを結集すればこのような危機など乗り切れる」
「それでもだめな場合には?」
「ペシミズムは良くないな。だがその場合には、『あちら』に犠牲になってもらうしかない」

「……なるほど。よくわかった。ところで、わしらは戦士になるんだろうが、優秀な科学者ってのは誰だ?」
「『ネオ』にいるではないか。私が目をかけた文月源蔵博士が」
「ふふふ、あんた、やっぱりすげえや。長い事生きてるだけはある」
「それは誉めているつもりかな。ようやくそこにいるマリス君を倒して自らの悲願を叶えようとしているのに創造主に邪魔をされてはたまらない、それだけの事だよ」
「へへへ、大した自信だ。まあ、あんたの言う通り、全力を尽くすしかねえな」
「頑張ってくれたまえ。食事も出さずにすまなかったが、君たちも忙しい身だ。あまり長居させるのも悪いと思ってな」
「わかったよ。とっとと退散するぜ。じゃあ次に会うのは――」
「最終決戦の日である事を願うよ」

 

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