目次
1 それを見届けなければならぬ過酷な運命
悩めるチコ
《青の星》は銀河連邦には正式加盟していなかったが、連邦の出先機関があり、自衛のための連邦軍も編成されていた。
その司令官、チコは頭を痛めていた。
すでに初老の域に達したチコだったが、リン譲りの武芸の腕は誰にも引けを取らなかった。
控え目な性格で人望も厚く、複雑な状況下で司令官を務めるのに適任だった。
その彼が暮らす《青の星》の現状はこうだった。
最も大きな大陸の西側には国家の形は残っていたものの、それぞれが緩やかな形で連邦管轄下に属していた。
魔が蘇った後も継続して開催されるサッカーの世界大会の時だけ、国家はその姿を顕わにし、人々は熱狂し、互いを罵り合い、時には乱闘騒ぎを起こした。
その熱狂は世界チャンピオンと《ネオ・アース》のナンバー1チームとの間で行われる『星間カップ』の時に最高潮に達し、人々は「ネオを殺せ」と口々に叫びながら街に出て、もはや暴動の一歩手前まで達する事もあった。
一方、高い山脈を挟んだ大陸の東側ではほとんどの国家は消滅し、順天を頂点とした蘇った将軍と養大人、そしてテムジンが広大な範囲を管理していた。
その東側にぽつんとある島、リンの生まれ故郷である日本は極めて特異な存在だった。表向きは連邦管轄下にあったが、実際には国家の形態が存続しており、連邦もそれを黙認していた。
リンの故郷という事に起因するのか、ディエムの消えた現在では『神の住む島』と呼ばれていた。
そこから遠く海を渡った南北に別れた大陸は更に特殊だった。魔が蘇った時に奇跡的に体制崩壊を食い止めたディック・ド・ダラス大統領は混乱に乗じて南北両方の全権を握り、今では「王」を名乗っていた。
何もかもが不安定だった。連邦の旗の下に一応の平和を実現させているが、この星に関係の深いマリスが新・帝国設立を宣言したからといって、今度はそちらに尻尾を振っていいのだろうか。
こんな時、リンがいれば何と言うだろう。リン、リンがいてくれれば――
考え込むチコは背後に一人の人物が立った気配に気付かなかった。
行動の理由
デズモンドはビーチ・チェアに寝そべりながら大きく伸びをした。
傍らのチェアではセキがすやすやと寝息を立てていた。
「おう、セキ。起きろや」
「……ん、ああ、あんまり気持ちいいんで寝ちゃったよ」
「いいのか。大の大人がこんな所で油売ってて」
「だって市邨の目付役っていっても仕事がある訳じゃないし、連邦の仕事は今――ねえ」
「まあ、そりゃそうだな」
会話が途切れ、二人は再びチェアに寝そべったが、突然にセキが飛び起きた。
「ねえ、デズモンド。言ってたよね、スランプだって。そこから脱したいなら本人に訊いてみれば?」
「いきなり何だ、お前は――」
デズモンドも何かに気付いたらしく、飛び起きて周囲を見回した。
海岸線の向こうから一人の男がやってくるのが見えた。
「おい、冗談だろ」
「やあ、セキ。ここにいたんだ。デズモンド、久しぶりだね」
リンはセキたちの座るビーチ・チェアの傍まで来ると声をかけた。
「おお、新しい創造主じゃねえか。忙しいだろうに大丈夫か?」
「おかげ様で――セキは驚いてないね」
「うん。コウや茶々が色々言ってたから、そろそろ僕の番かなって思ってた」
「ははは、お前たち兄妹は本当に――」
「おい」
デズモンドが会話に割って入った。
「何だよ。『セキの番』とか。わしにはちっともわからんぞ」
「ああ、ごめん。実は最近子供たちに会ってるんだ。コウ、むらさき、くれない、ヘキ、茶々。で、今日はセキに会いに来た」
「父さん、デズモンドも父さんに聞きたい事があるみたいだよ」
「そうなんだ。じゃあそっちを先にしようか」
――なるほど。どうして僕が『上の世界』に行ったかを知りたいんだね。デズモンドは《叡智の星》にいた時にサフィから何か言われなかった?」
「いや、あいつは『彼には別の大事な使命がある』としか言わなかった。こちらの動きが創造主にばれるのが嫌だったのかな」
「『ばれる』。そうかもねえ」
「まあ、いいや。で、理由を教えてくれよ」
「もちろんさ。君にはこの銀河の歴史を綴るという大切な役目があるからね――
【リンの話:ガイディング・ライト】
僕が最初にナインライブズを出現させた時、ああ、その時もうデズモンドはいなかったね、何が起こったか理解できなかった。
マザーの言葉を聞いている内に意識が遠のいていき、代わりにナインライブズが外に出たんだけど、実はマザーは別のメッセージも送ってくれてた。
「今はまだその時期じゃない。真の姿を見せるには時期尚早だよ。言ってる意味がわかるね」
僕は外に出ていこうとするナインライブズを押さえつけながら必死に考えた。マザーの言葉の意味する所がぼんやりとだけわかったんで、ああいう中途半端な風体のナインライブズが出現したんだ――
「リン」
デズモンドが口を挟んだ。
「いきなり話の腰を折ってすまんな。そりゃあ、具体的にどんな事だったんだい?」
「一つには僕の体力が限界に近かった事、そんな状態で真のナインライブズを出現させても、A9Lにあっという間に倒されるだろうって事なんじゃないかな」
「『じゃないかな』って、何だよそりゃ」
「ぼんやりとしかわからなかったって言ったろ。話を進めるよ――
その一件の後、僕はマザーに呼び出された。その場にはマザーだけでなく、マックスウェルもいた。
「あれ、どうしたの。すごいメンバーだね」
「ジノーラとリチャードにも来るように言ってあるんだよ」
車椅子のマザーが言った。
「じゃあ始めようかね。時間なんか気にする連中じゃないけどね」
マザーは僕の体から出たナインライブズはまがい物だと断言した。
「でも僕にはもう一度出現させる力は残ってない」
「その通りさ。あんたがやる必要はない」
「どういう意味?」
「あんたの子供に託すのさ」
「僕の子供に。それは荷が重すぎない?」
「何のために六人も女房がいるんだい。一人に託せなんて言ってないよ」
「あっ、そうか」
「そうさね。キリのいい数字で九人子供を作りな。能力の伝承についてはあたしがうまくやるから」
「その九人が力を合せれば?」
「力を合せるだけじゃ足りないよ。真の力に目覚めないとね。真のナインライブズはこの銀河を一段上に引き上げる存在。聖と邪、力と智、善と悪、天と人と王、全てを備えた物でないといけないのさ」
「えーっ、九人も子供を育てるの大変だな」
「……育てるのはあんたじゃない。あんたには他にやるべき事があるからね」
「えっ、じゃあ子供たちを覚醒に導くには?」
「リチャードにやってもらうよ。子供たちのガイディング・ライト、つまり『道を指し示す者』だね」
「マザーは?」
「そうだねえ。あたしやマックスウェル、それにジノーラは『見守る者』かね。直接、手出しすると色々と問題があるんだよ」
「リチャード一人で九人も。大丈夫かな」
「まあ、時々に応じて様々な人間が子供たちのガイディング・ライトになってくれるよ。心配しなさんな」
「で、僕がやるべき事って?」
「それは――ああ、ちょうどジノーラが来たから聞いてみようかね」
上質なジャケットに身を包んだジノーラがにこにこしてマザーの家の庭先に立っていた。
「遅かったかな」
「ちょうどだよ。ねえ、ジノーラ。二十年と踏んどけばいいかい」
「いきなりですな――実際はもう少し早いかもしれませんが、こればかりは何とも言いようがありません」
「そうだね。子供たちの資質、創造主の気変わり、確実な事は言えないね」
「ねえ、マザー。何の話?」
「いいかい、リン。これからあんたは子作りに励む。九人の子供を授かるには……最低でも三年はかかるかね。子供たちと別れるのは辛いだろうけど、一番下の子が五歳になる頃くらいには出発してほしいんだよ」
「出発?」
「創造主のいる『上の世界』に向かうのさ」
「えっ、何で?」
「考えてもごらん。真のナインライブズが出現した後、何が起こるか。創造主はこの銀河は不要と判断するかもしれないじゃないか。それを食い止めるために向かうんだよ」
「うん……でもそんな事、ジノーラの前で言って大丈夫?」
「大丈夫さ。ねえ、ジノーラ」
「もちろんです。何でしたらそのまま新たな創造主になってもらっても構いません」
「えーっ、冗談言わないでよ」
「本気ですよ。『上の世界』にも色々と問題がありましてね」
――僕は計画を実行に移した。
最初は《青の星》で沙耶香との間に子供を設けた。双子だったのは幸運だった。
そして《花の星》に行ってジュネとの間にヘキを、《エテルの都》でニナとの間にロク、アダンとの間にコウ、《巨大な星》に来ていた沙耶香との間にセキ、ミミィとの間にむらさき、葵との間に茶々、そして同じく《巨大な星》に来たジュネとの間にくれないができた。
これで一安心だ、僕は沙耶香と小さいセキを連れて《青の星》に戻った。
それからは定期的に子供たちの様子を見て回る事に努めた。
そしてくれないが三歳になったのを見計らって、出発の準備を始めた――
「なあ」
再びデズモンドが話を遮った。
「この星の『蘇る魔』の一件、あれもお前の計画通りか?」
「ん、どういう意味?」
「お前が息子たちをロロの下に誘導したから、あれが起こったんじゃないのか?」
「いや、僕が行動を起こさなくてもロロは遅かれ早かれ石の力を全て解放したと思うよ」
「必然だったって訳か?」
「人間はさ、手に余る能力を手に入れたら試してみたくなる。そうやってこの星では何度も戦争や争いが起こってきた。ロロは石の力を試したくてうずうずしてたんだよ」
「そんなに長い間、あの黒い石はこの星に留まってたのか?」
「デズモンドらしくないね。僕の先祖のローチェがどうやって『死者の国』から蘇ったと思う?」
「――そうか。その時代から石はあったんだ」
「ノカーノが藪小路を追い詰めた時に石は見つからなかったから、きっとジュカがどこか別の場所に隠したんだと思う。その後の行方もわからなかったけど、焼野原となった、とても多くの人の命が奪われた場所でロロが石を発見し、持ち帰った」
「何度聞いても腹の立つ話だぜ。わしはそん時にこの国にいたんだ。誰もがド・ダラスの親父みたいにいい奴って訳じゃなかったんだな」
「セキだけでなくデズモンドもハーミットと顔見知りなんだね。これは好都合だ」
「ん、どういう意味だ?」
「実はね。ここに来る前にチコに会ってきた」
「チコって、連邦軍の司令官か?」
「うん、国と呼べなくなった地域の治安を一手に引き受けてる。もちろん他に文官はいるけど、軍事に関してはこの星の総責任者さ」
「何を話したんだ?」
「この星の総意を知りたかったんだ。でもまだこの星には国らしきものが幾つか残ってる。『アメリカの王』、ディック・ド・ダラスの支配する南北アメリカが最も強大な国だから、彼の意見を聞きたいんだ」
「勝手に行きゃいいじゃねえか」
「それじゃあ面白くない――ねえ、どうかな。話の続きをしながら三人でアメリカに向かうってのは?」
「楽しそうじゃねえか。行こうぜ、セキ。どうせ暇だろ」
ハーミット再び
十分後にはニューヨークのタイムズ・スクエアにいた。
「『アメリカの王』はひどく用心深いらしくてね。普通の方法じゃまず会ってくれない。僕やセキがケイジの弟子だったのを知れば、ますます無理だ。かといって事を荒立てるのも良くない」
「父さん、それでハーミットを頼るんだね?」
「そう。とても親思いの息子らしいから、そちら経由で会わせてもらうのがいいと思う」
「でもよ、セキはハーミットの居場所を覚えてんのか?」
「そこなんだよね。ずいぶん昔の事だし、フリオとマリオからすごろくみたいに案内してもらっただけだから」
「その二人は今は何してんだ?」
「二人ともボクシングの世界チャンピオンになったけど、突然自分たちが他所の星の人間だってのをカミングアウトして引退、今は『ネオ』の連邦軍にいるよ」
「ふーん、じゃあ、どうすればハーミットに辿り着ける?」
「一つ可能性があるけど、やってみる?」
「何もないよりはましだ」
「それよりさ」とリンが言った。「先に腹ごしらえしようよ。まだ話も途中だし」
「――さてと、どこまで話したっけ?」
繁華街のビルにある日本料理屋でリンが再び話し出した。
【リンの話:『上の世界』を目指して】
くれないが三歳になり、九人の子が揃ったのを確認してから僕は準備に取り掛かった。
でも『上の世界』なんてどうやって行けばいいんだろうか。
僕はこの世界の物知りたちを訪ねて回った。
マザーは「自分で何とかしな」としか言わなかったから、他の人たち、《念の星》と《武の星》の長老、《巨大な星》の張先生、《長老の星》のバーウーゴル、《幻惑の星》のン・ガリ、《霧の星》の『胸穿族』、各地の精霊たち、チオニのユグドラジル、エテル、《戦の星》のエクシロンの魂、『パンクス』の釉斎先生、始宙摩の人たち、この銀河のあらゆる叡智と言える人たちと会話をしたけど、具体的な答えは得られなかった。
あ、さっきのロロの石の件はその巡礼の旅の途中で知ったんだ。
不思議な男だったな、釉斎先生の所にいた――
「リン、そいつは黒眼鏡をかけてなかったか?」
デズモンドがいきなり割り込んだ。
「うん、そうだよ」
「あの野郎。わしの不在をいい事に」
「彼がロロの計画を教えてくれたんだ。この星を魔に支配させるのは嫌だったみたい。でも相手がアンビスなんで表立っては動けないから僕に言ってきたんだろうね」
「わからねえもんだ。アンビスなんてろくでもない奴らなのに、上層部はこの星が大好きときてらあ」
「ふふふ、自分の物だと思ってるんじゃない。とにかく僕は黒眼鏡の男のヒントに従ってロロを探した。そして見つけたのがエリア51だった」
「それで写真にメッセージを添えて子供たちに伝えたと。手が込んでんな」
「まあね。本当はロロの企みを未然に防げれば一番だったんだろうけど、心のどこかでもう一度この星に大きな変化が必要だと思ってたのも否定できない。だからああいう回りくどい方法にした。『見つけられなければ魔が蘇る』、結局は発見したけど石の力は解放されちゃった――
――実は銀河の様々な人たちと話をして気付いた事があった。
それはサフィの意識のネットワークが驚くくらい銀河中に拡がっていた事。
これはどうしても伝説の《智の星団》に行かなくちゃって思った。
サフィなら『上の世界』への行き方も知ってる、そう考えたんだけど思わぬ先客がいた。
「わしか?」
「そうだよ。生まれてくる時代を間違えた英雄。デズモンド・ピアナ」
「けっ、あん時、わしは帰れなくなっただけだ。持ち上げんなよ」
「ははは、そうだね」
――僕は九人の子供たちのためにできる限りの準備はした。
例えばロロの所在を写真に残したのも子供たちをそこに導くためだった。
ヘキがケイジに対してあんな気持ちを抱いたのは計算外だったけど、A9Lへの抵抗力を養うという意味では予定通りだった。
コウについては僕が向かおうとしてる『上の世界』に先に着くとは予想してなかった。順天と知り合って天の龍の戦士となる所までは計算通りだったんだけど。
むらさきは……マックスウェルとの約束もあったし、それに従った。
茶々についても『魔王の鎧』を飲み込んだのは予想外だった。大樹の守護者となってくれればいいな、くらいしか思ってなかったから。
くれないは末っ子だけど一番しっかり者だから、その実務能力を生かしてほしかった。これはほぼ予定通りだったかな。
で、セキ、君が一番やりにくかった。よく言えばまっさらなキャンバス、悪く言えば何の取り柄もない君にこそ、兄妹の中で真っ先に覚醒して欲しかった。
僕はそのために敵の懐に飛び込んだ。それは君をケイジの弟子にする事。もっともその時点ではケイジはまだ己の存在理由を思い出してなかったけど。
リチャードに導かれ、ケイジの弟子になった君は驚異のスピードで覚醒した。もえという縁浅からざる女性のおかげもあったけど、人の為に戦う戦士は最初に覚醒し、他の兄妹への刺激となったんだ――
「父さん、話が聞けて良かったよ」
セキが口を開いた。
「でも一つだけわからない事がある。今の僕の役割、この星に居続けて何をすべきなんだろう?」
「本当はわかってるくせに尋ねる、質問じゃなくて確認だね。君はデズモンドと共に最後の戦いを見届けないといけない。ある意味、最も過酷かもしれないね」
「うーん、別に。デズモンドのやる事はめちゃくちゃで楽しいし。だって敵の一味と仲良くなって毎晩飲んでるんだよ。特に最終決戦って緊張感はないなあ」
「ははは、君たちらしいなあ――さて、僕の話はそろそろ終わりだよ。長い旅を経て、銀河が消滅するギリギリのタイミングで『上の世界』に到着した僕は、創造主たちを追い出し、今に至ってる」
「よくわかった。で、何故、ド・ダラスに会わなきゃならないんだ?」
「目的は二つ。この星の総意が知りたいんだ。将来に渡っての総意と今迫りつつある危機に対する総意」
「将来に渡っての方はマリスの新・帝国絡みだろうが、迫りつつあるって方は何だ?」
「そろそろ出かけようか。セキ、案内を頼むよ」
「あ、うん。その前にこの店の稲荷寿司、テイクアウトしてもいい?」