9.5. Story 2 守護者

 ジウランの航海日誌 (13)

1 悪鬼の復活

 茶々とヴィゴーのシップがチオニの西の都のポートに到着すると、先に着いていたランドスライドが出迎えに現れた。
「やあ、茶々」
「ランドスライド。久しぶりだな」
「そうだねえ。チオニの戦い以来かな。ヴィゴーは初めましてだね」
「こんにちは」
「よぉし、ヴィゴー。よく挨拶できたな。このランドスライドって人はすごく強いんだぞ」
「父さんよりも?」
「そうだなあ。このおじちゃんは人の能力を使えなくしちゃうから、もしかするとオレよりも強いかもしれないな」
「茶々、冗談は止してくれよ。ぼくの能力はあくまでも精霊の助けを得た能力を使用不能にするだけだ。君のような規格外の力は止められないよ」
「って事はドノスもか?」
「……都の茶店でゆっくりと話そう。ヴィゴーも疲れたろう?」

 
 ポートを降りて東にまっすぐ伸びる都大路を歩きながら茶々が言った。
「何だよ、何も変わってないぞ。オレたちが破壊する前よりも栄えてらあ」
「しっ。茶々、あまり大声でそのような事を言わない方がいい。チオニの人の文月アレルギーは知ってるだろう。もしも君が魔王、茶々だと知れたら大変な騒ぎになる」
「気をつけるよ。しかしもう滅茶苦茶になってると思ったのによ」

 
 三人は一軒の茶店に入り、茶菓子を注文した。
「ぼくも昨日着いたばかりなので詳細の調査はこれからだが、最初に襲われたのは東の都。そして一昨日、南の都がドノスの手に落ちた」
「ちょっと待てよ。東の都っていえば……」
「そう。キザリタバンの私邸がある。可哀そうにあの男、又、地下に潜ったんじゃないかな」
「ふーん、都の間にあるスラムに逃げ込んだな」
「それも時間の問題だ。ドノスは徹底的にスラムも含めて弾圧するつもりらしい」
「急がねえとな。まずはキザリタバンに会ってと」
「茶々、会ってどうするつもりだ?」
「助けてやるに決まってんじゃねえか」

「どうしてだ。あの男は連邦の影の重鎮で散々、文月を排斥しようとした黒幕の人物じゃないか」
「さあ、どうしてかな。でも悪い奴じゃねえ。チオニを守る事に神経質なだけなんだ。実際にオレたちは破壊し尽したしな」
「……わかった。おそらく南と西の間のスラムだ。行ってみよう。ところでヴィゴー、君も戦闘に参加するのかい?」
「いや、こいつはもっと大仕事をしなくちゃならねえ」
「樹を植えに来たんだよ」
「確かにそれは大事な任務だな。だが茶々も私も戦闘に赴かねばならない。君一人であの大樹を扱えるのか?」
「そこまで考えてなかったなあ。どうにかなんだろ」
「全く君は――ではキザリタバンを探そう」

 
 スラムは都を追われ、逃げてきた人々でごった返していた。
「これではどこにいるのかわからないぞ」
「昔だったら『草』に命令して、すぐに居場所が知れたんだがなあ」
「ここはひとまず後回しだ。大樹の様子を確認しよう」

 
 都の中央部、王宮の傍にある大樹の周囲は静まり返っていた。
「これは……以前に見た時よりも酷いな」
「これだけ枯れてちゃ、いつ倒れたっておかしかねえや」
「……樹が泣いてる。急がなくちゃ」

「ヴィゴー、ランドスライドとオレは王宮でやらなきゃならねえ事がある。ここから先はお前一人だ。できるな?」
 ヴィゴーは黙って大きく頷いた。

「よーし。で、どうやって蘇らせるんだ?」
「この若苗を――」
 ヴィゴーはそう言って上を指差した。枯れているとは言え、まだ何本もの横枝が這い、葉が生い茂っていて、上の方はどうなっているのか予想もつかなかった。
「てっぺんまで登って植えるんだ」
「空からひょいと飛び降りる訳にはいかねえのか?」
「それができるならもう誰かがやってるでしょ」
「まあ、そうだな」
「父さん、早く行った方がいいよ」
「うるせ。言われねえでもわかってる。最初だけ見ててやるから、お前こそ早く登れ」

 
「そこで何をしている?」
 親子の会話は背後からの声で突然に遮られた。茶々は声の主を振り返り、目を丸くした。
「あんたを探してたんだぜ。キザリタバン」
「お主、文月の。『探している』とはどういう意味だ?」
「さっきスラムに行ったけど見当たらなかったんだよ。あんた、追い出されたんだろ?」

「あっという間だった。死んだはずのドノスが蘇り、その強大な力で東の都を襲った。私たちは何もできずに都を追われ、命からがらに逃げ出した」
「南の都も落ち、チオニは絶体絶命か」
「文月。私の質問に答えていないぞ。何をしに来た?」
「あんたを助けてやろうと思ってよ」
「この機に乗じて、私を亡き者にしようという訳ではないのか?」
「疑り深い野郎だ。いいか、ランドスライドとオレはこれからドノスを倒しに王宮に向かう。そしてもう一つ、この枯れた樹を復活させるんだよ」
「何だと。片方だけでも不可能に近いのに、両方同時にできるものか」
「まあな、ドノスは難しいかもしれねえが、樹の復活は確実だ。ここにいるヴィゴーが必ずやってくれる」

 キザリタバンは大樹の幹に手を触れてこちらをじっと見つめる少年に気付いた。
「文月。お主の子か?」
「ああ、『ニニエンドルの生まれ変わり』って呼ばれてる」
「あの少年が一人で樹を復活させようというのか?この星のあらゆる知恵をもってしても復活しなかったあの大樹を、あのような少年が……」
「おしゃべりは終わりだ。ヴィゴー、始めろ。最初だけは見ててやる」

 
 茶々に言われ、ヴィゴーは背中に若苗を背負ったまま、背伸びをして樹の瘤に手をかけた。そのまま体を持ち上げ、今度は足を手近な窪みに捻じ込んだ。
「よし、大丈夫そうだな。ゆっくりでいいからな――ん、キザリタバン。どうした。逃げないとドノスの追手に捕まるぜ」
「……私が責任を持って見届ける。お主たちは早く王宮へ」
「お、おう」

 

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