目次
1 集まった者たち
《長老の星》は陽射しが強く、恒星からの光を遮るものも見当たらなかった。
どこまでも続く大平原、ヘキは申し訳程度に作られた空き地のような無人ポートでシップを降りて歩こうと決めた。
A9Lが超古代遺跡として存在していた頃にはこの星を何度か訪れた事があったが、ナインライブズの後に遺跡は消滅したのでもう来る事はないと思っていた。
砂埃の舞う平原の向こうに巨大な建物がゆらゆらと蜃気楼のように浮かんでいるのが見えた。
あの頃と同じならば蜃気楼の果てに巨人が暮らす集落があるはずだった。
突然にヘキは足を止めた。これまでには見た事のなかった奇妙な景色を視界の端に捉えたからだった。
平坦な荒野が広がるこの星には不自然な形で人工的に造られたであろう山ができていて、その麓から頂上に至るあちらこちらに砦が構築され、要塞のような様相を呈していた。
中でもヘキの目を引いたのは幾つもある砦から飛び出した大きな棒状の突起だった。布がかかっていたため姿を拝む事はできなかったが、大きさ、そして仰々しく布をかけられた様子は酷く不吉な何かを思い起こさせた。
あちらを目指した方がいいのだろうか、ヘキはためらった末、巨人の集落の方向に進んだ。
集落が見えた。ヘキはかすかな緊張感を抱きつつ、巨大サイズの門をくぐった。
驚いた事に待っていたのは長老のバーウーゴル本人だった。
バーウーゴルはこの集落には似つかわしくない、派手なバンダナを頭に巻き、巨大な葉巻を咥えた別の巨人と話し込んでいた。
「娘、来たか。お前がこの馬鹿げた騒ぎに終止符を打ってくれると新しい創造主とやらが言っていたぞ」
「ずいぶんと期待されたものね」
「いい加減にして欲しいのだがな。我らは他者とは触れ合わず、心静かに暮らしたいだけなのにそれが叶わない。新しい創造主になった所で状況は変わらんというのか」
「言わせてもらうけど、あなたたち、この世界で何を成し遂げたっていうの。以前の世界で嫌な思いをしたからって九回目の世界では傍観者を決め込んで何もしない。そんなんだったらワンデライだってあなたたちをこの世界に連れてきた意味がないわ」
「……」
「姉ちゃんの言う通りだぜ」
黙りこくるバーウーゴルに代わって派手なバンダナの男が口を開いた。
「一体いつまで引きこもってんだって話だよな。大昔から何も進歩がねえじゃねえか」
「あの、あなたは?」
ヘキが尋ねると男は大笑いをした。
「ああ、わりぃわりぃ。おれの名前はトイサルってんだ」
「えっ、トイサルってまさか《古の世界》の?」
「おれの事、知ってんのか。新しい創造主って、あれ、あんたの親父だろ。無理矢理呼び付けられたんだ、まったく」
「……って、生き返ったの。わざわざこのために」
「知らねえよ。あんたの親父に聞いてくれ。まあ、バーウーゴルとは昔からの知り合いだから久々に話ができて良かったけどな」
「お前ひとりでは荷が重いと新しい創造主は感じたのか、他にも味方を呼んでいる」
バーウーゴルがそう言うと、一人の巨人が肩に小さな男性を乗せて集落の奥から姿を現した。
「この男はバンバという。知っとるか?」
「ええ、エテルの用心棒でしょ。あなたは現存する人よね」
「バンバもあんたを知ってるよ。リンの子供のナインライブズだろ」
「まあ、そういう事ね」
デニムのオーバーオールを着た巨人は肩に乗せた小さな男性を地上に降ろした。
「この人は?」
「《霧の星》の『胸穿族』、ノータといいます」
「ちょっと待ってよ。デズモンドの相棒じゃない?」
「よぉく勉強してるね。さすがはナインライブズだ」
「大変。デズモンドに知らせなきゃ……でもトイサルまでいるなんて知ったら、あいつ、きっと頭おかしくなっちゃうわ」
「ヘキ。今はそんな事をしてる暇はないよ。まずは戦いに集中しなきゃ。来る途中に見たでしょ、『不吉の砦』を。あそこに立て籠る奴らを退治しなきゃならないんだ。でもぼくは戦いじゃあ役には立たないんで後ろに隠れているからね」
「わかったわ。じゃあノータは参謀であたしとトイサル、バンバで戦えばいいのね。バーウーゴルは?」
「年寄りをこき使うものではない。ここで留守番だ」
「じゃあ実質三人ね」
「娘よ。慌てるでない。お前が言ったではないか。この世界で存在感を示さず隠れるように生きてきた『認められなかった者』が今こそ意義を示す時なのだ。古き友、ン・ガリが戦士を寄越してくれる手筈になっておる」
「ン・ガリって、《幻惑の星》のワンガミラでしょ。彼らこそが『強き者』、倒すべき相手なんじゃないの?」
「――お前は何か勘違いしているようだ。強き者や弱き者、守る者というのは種族を表しているのではない。その心があるかないかで決まるのだ」
「そうなの、ノータ?」
「バーウーゴルの言う通りみたいだね。どうやらぼくらが大きな勘違いをしていたか、或いは……」
「創造主が定義を変えた?」
「そう。でもいずれにせよ、ワンガミラは味方になってくれるらしい」
ノータの説明が合図になったかのように二人のワンガミラが集落の入り口に姿を現した。
一人はヘキの知らない槍を携えたワンガミラでもう一人は見覚えがあった。
「……あなた、チオニの王宮で戦ったヘッティンゲンよね。もう一人の方は面識ないけど」
「面白いものだな。かつての敵同士がこうして共闘する世の中とは」
ヘッティンゲンが言い、もう一人のワンガミラも口を開いた。
「私はフラナガン。君の兄弟とは手合わせした事がある」
「これで大分戦える陣容になったわ」
「いや、もう一人とっておきのが来るはずだ」
ヘッティンゲンが言った。
「私に似たこの銀河で最強の戦士だ」
――ヘキは自分の耳を疑った。
まさか、まさか
その男がゆっくりと姿を現した。
白い袷の着物を着た男は静かに言った。
「ケイジと申す」
「あの――」
ヘキが口を開く前にトイサルの大声が響き渡った。
「強そうな面子じゃねえか。これなら大暴れできそうだな」
「ヘキ、何か言いかけたようじゃが」
バーウーゴルに促され、ヘキが口を開いた。
「……あたしたちの戦う相手は誰?」
「砦に行けばわかる」